召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十六章 王都の演者

おさけ

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 目の前に広がるのは、巨大な一室だった。
 元の世界でいえばドーム球場くらいの大きさ。数十本もの巨大な柱に支えられた一室。
 床は入り口からまっすぐ遙か先まで、赤い絨毯が敷かれ、天井からは沢山の巨大な旗が吊り下げられていた。
 視線の先、突き当たりは階段状になっていて、その先には巨大な椅子……王座が見える。
 すでに多くの人が集まっていて、絨毯の道を挟みこむように、整列していた。
 先ほどのパレードで見た騎士団の姿もある。
 数多くの人が、一糸乱れぬ様子で整列している姿だけで、相当な威圧感があった。
 左右、遠くに見える沢山の窓から差し込む光に、真っ赤な絨毯が照らされる。
 静かで、厳かな空間。それがヨラン王国……国王へ謁見する場所だった。
 そんな神秘的にも感じる部屋に敷かれた赤い絨毯の道を、トロラベリアと兵士に誘導されるように進む。
 しばらく進むと背後で音がした。
 チラリと後ろをみると、途方もなく巨大な扉が、ゆっくりと閉まっていく様子が目に映る。
 予想外だ。
 こんなに多くの人に囲まれて謁見するのか。
 とても幅が広く赤い絨毯を進むのは、オレ達だけ。
 ノア、その後にオレ、さらに後にカガミを始め同僚達。同僚達の後には獣人達3人が続く。

『コツ……コツ……』

 静まり帰った空間で、オレ達の足音がひどく目立って聞こえた。
 そして、絨毯の色が変わる部分まで進み。練習通り、オレ達は跪く。
 絨毯の敷かれた階段がその先には続く、10段は軽く超える……20段? いや30段はあるかな。さらに先に巨大で黄金に飾られた玉座があった。
 遠くから見えた巨大な椅子だ。
 王が静かに片肘をついて座っている。
 パッと見、王は痩せた男だった。
 だが、細かく観察する間も無く、オレ達は跪く。

「偉大なる王よ。世界にて並ぶことなきヨランの王よ。ここにギリアの民ノアサリーナを連れてまいりました。是非とも、一時、栄光の時をお与え下さい」

 俯いたオレに、トロラベリアの声が聞こえた。
 リハーサルどおりだったら「許す」と王が言うから、そこで頭を上げるんだったよな。
 練習した内容を思い出し、王の言葉を待つ。

「許す」

 予定通り、王の言葉があり顔をあげる。
 初めて見る大国ヨランの国王。
 痩せて手は震え、灰色の長髪はボサボサ、宝石があしらわれキラキラと輝く王冠はすぐにもズレ落ちそう……それが、王様の第一印象だ。
 そして、その目はうつろで、モノクルという名前だったかと思うが、片目だけのメガネをしていた。

「げふぅ」

 そして、オレが王様の姿を見ている最中、小さいが静かな部屋では隠しようのない、ゲップをした。
 酔っ払い。
 そんなキーワードが頭をよぎる。
 どう見ても酔っ払いだろ、あれ。
 考え出すと、そうとしか思えない。よく見ると、王の足下には口の細い壺が落ちていて、赤い液体がこぼれていた。
 さらに王からやや離れて横には見たことのある人。
 あれ? プリネイシアじゃないか。
 ギリアにやってきた服職人。職人仲間に忘れ去られ、置き去りにされてしまったお婆さん。彼女が杖を持ってすまし顔で王の横に立っていた。
 さらに、王座に続く階段の途中には、サルバホーフ公爵の姿もある。彼の向かい側にもローブ姿の男が立っている。そして、オレ達の両サイドには、無表情で整列する豪華な鎧を着込んだ騎士に、立派なローブを着た魔法使い達。
 あの王様の態度……誰も、何も言わないのか。

「初めてお目にかかります。ギリアの領民ノアサリーナでございます」

 周囲から見つめられる中、ノアの挨拶が始まり、予定通りのセリフが続く。

「白の中の白、始まりにして、無垢な月。かような美しき時に、偉大な……」
「はぁ?」

 だが、ノアが挨拶をしている途中で、王様がいきなり声をあげた。
 よく見ると、いつの間にか王様の側に黒い鎧を着た人が跪いていて、何かを報告した様子だった。

「如何なされましたか?」

 王様の言葉に反応して、サルバホーフ公爵が声をかける。

「ノアサリーナが、望んだ褒美……モッティナが死んだそうだ。用意した一匹だけではない、およそ王都で手に入るモッティナは全部が全部、死んだそうだ」
「なんと……」
「はっ。呪い子が望むから、死んだのだろう。呪いとは怖い。怖いものだ……なぁ。ヒャハハ」

 何が楽しいのだか。王様が、楽しそうに笑う。
 死んだ責任をノアに押しつけて、胸くそ悪い。

「では、モッティナは、日を改めて……」
「サルバーァホーフ! お前! 王に! 褒美は用意できませんでしたと、頭を下げろというのか?」
「そういうわけではありません。死んでしまったとなれば、仕方の無い事かと」
「はん! つまらぬ。あぁ……そうだ! 良い事を思いついたぞ! 代わりにアレをくれてやろう」
「アレとは?」
「カーバンクルだ! カーバンクルを持ってこい!」

 王が言ったモッティナの代わりにカーバンクルを渡すという言葉。
 その言葉に、辺りがざわめく。
 カーバンクル?
 ゲームで出てきたな。額に宝石がある奴だっけかな。

「恐れながら王よ。いかに褒美となるモッティナが死んだからと言って、たかだか脚本の褒美に、国宝であるカーバンクルを渡すというのは……」

 辺りがざわめく中、サルバホーフ公爵の向かいに立っていた人が、王様に一段近づき、声をかけた。
 カーバンクルって国宝なのか。
 確かに、買おうと思えば手に入りそうなモッティナの代わりとして、国宝というのは口を挟みたくなるよな。
 本当に……王様、悪酔いしすぎだろ。
 今の言動なんかも、酔っ払いのソレだ。

「では、カルサード。お前に、やろうか? カーァバンクルゥを!」
「いえ。滅相もありません」
「んん? どうした? 国宝だぞ。国宝。ヒャハハハハ」

 そこまで王様は言うと、早足で近寄ってきた黒い鎧姿から何かを受け取り、ノアの足下へと投げ落とした。

『ゴクリ』

 静かな部屋に何かを飲み込む音が響く。
 ノアの足下に落ちた黒い塊に目を奪われていたので、よく見ていなかった。
 音のした方……王座を見ると、王様は立ち上がり、地面に落ちた壺を拾い上げ、中の物をゴクゴクと飲んでいる姿が見えた。
 困惑し動けないでいるノアを放置して、王様はグルリと辺りを見回す。

「持ち主が次から次へと不審な死を迎える……呪われたカーバンクル。誰か望む者はあるか!」

 そして、片手に持った壺を振り回し、王様は辺りを見回し叫んだ。
 だが、誰も何も言わない。
 反応が無いことを確認するかのように、王様はもう一度、周りを見回した後、言葉を続ける。

「呪われたカーバンクル! ウィーックッ……そこが呪い子にふさわしいではないか! 呪い子に、呪いの品。薄汚く呪われた者同士、お似合いであろう!」

 先ほど飲んだ酒を、口から垂らし、そう王様は言った。
 何を言っても無駄といった感じだ。
 オレの受けた印象と同じ印象を持ったのか、カルサードと呼ばれていた人も苦笑し、一歩引いた。
 当の王様は、満足したのかドスンと王座に再び腰掛け、ポイと手に持った壺を投げ落とす。
 ゴロゴロと音をたて、僅かに残った酒をまき散らしながら、壺は階段を落ちていった。
 それにしても、この王様、やりたい放題だ。
 態度が悪い、嫌な感じしか受けない。

「……どうするぅ?」

 ロンロがオレの元に飛んでくる。
 どうするも何もオレ達は予定通りだ。

「とりあえずは、練習どおりに……と、ノアに伝えて」
「了解ぃ」

 そう言うと、ロンロはノアの元へと飛んでいく。
 コクリと頷いたノアは、不穏な空気の中、練習通りの挨拶を進めた。
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