召還社畜と魔法の豪邸

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第二十四章 怒れる奴隷、東の大帝国を揺るがす

閑話 聖女を殺す運命の道

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 それは、ある達が完全なる世界と呼ぶ空間。
 格子状に並んだ黒いタイルの上で、1人の人物が目を覚ました。
 銀色の髪、銀色の目、死者を思わせる青い唇。
 リーダ達が見れば、まるでスーツ姿だなと感想をもらすであろう服を着た男。
 彼は、パチリと目を見開き、側に立つもう1人の男を見つめた。

「ようやくお目覚めかね。剣聖殿」

 見つめられた男は、ニコリと笑い、言葉を返した。

「セ・ス殿下」
「剣聖ク・トとまで呼ばれた貴方が、剣の勝負で負けるとは思いませんでした」

 そう言うと、王弟セ・ス殿下と呼ばれた男は、目を覚ました男の手をとり、立ち上がらせた。
 鼻先まで覆い隠す、長く綺麗な水色の髪をしたセ・スの声は、酷く無機質だが、その口元は笑みを浮かべている。

「これは……これは、王弟セ・ス殿下には、お恥ずかしいところを見られてしまいました。ずいぶんと、久しぶりにあちらへと赴いた故、体が動きませんでした。イ・ア様に合わせる顔がございません」
「ハハハ。動かねば錆び付くのは剣聖をもってしても同じか。だが……心配はしなくても良い。姉上……王妃イ・アは既に殺されてしまった」

 淡々と話す王弟セ・スとは対象的に、剣聖と呼ばれた人物……ク・トは、目を見開き天を仰ぎ膝をついた。

「死……王妃様が……逝去」
「敬愛する王の真似をして、眠りにつくなどという事をしなければよかった。私がいれば、姉上は死ななくても済むんだかもしれない」

 ポロポロと涙を流し膝をついたにク・トに背を向け、王弟セ・スは、何もない真っ暗な空間が広がる虚空を見上げ声をあげる。

「では、セ・ス殿下も王妃様の最期は看取れずに?」

 そこでくるりと振り向き、ク・トを見下ろした王弟セ・スは悲しそうに微笑んだ。

「看取れなかった。だが信じられない気持ちもある。不完全なる世界においては、姉上は絶対的な無敵の体を持ち、そして完全なる、この世界では、神の力を身に宿す存在だったのに」

 よろよろ立ち上がったク・トは、微笑む王弟セ・スに対し、小さく頷く。
 剣聖と呼ばれたク・トにとっても、王妃イ・アは無敵の存在だった。
 黒の滴としての体は、近づく事も、触れる事もなく国ですら滅ぼし、その体には何者も触れることができないはずだった。
 そして本体のある完全なる世界においては、既に人を超え、神の地位まで上り詰めた存在だった。
 だからこそ、ク・トにとって、王妃イ・アが死ぬということは、想像すらし得ない事だった。

「神としての力を持つ王妃イ・ア様を……あらゆる現象を支配できるこの地において、殺害した……ですか」
「それ故に、今後の対応も考えなくてはならない」
「恐れながら……王妃様を害した者、無策で挑むわけにはいかないかと。セ・ス殿下には策がおありで?」
「あぁ。考えている事はある」

 そう言った王弟セ・スは、静かにク・トから距離をとるように歩き出した。
 ややあって、ピタリと止まったセ・スは手のひらを地面にかざすように動かす。

『ヒュン』

 小さな風切り音が響き、格子状に小さく光る地面の一角が、音も無くせり上がった。
 静かにせり上がった地面の一部は、王弟セ・スの腰辺りで動きをとめ、真っ白い、大理石で作られたテーブルに姿を変えた。
 その後、一冊の真っ白い本が、テーブルの上に出現した。

「これは?」
「敬愛する王は、かって言われた。もし、血塗られた聖女が、意図しない行動をした場合は、運命を使い殺せと」
「運命を……使う、で……ございますか」
「あぁ、あれは、運命によって生かされている、故に運命以外で殺す事を選択したくはない。本来であれば、姉上と私、合議の上で、こちらの方法を採るべきであるが、姉上無き今、私が1人で決断した」

 そう言って王弟セ・スは、静かに本の表紙を撫でた。
 すると、パラパラパラとひとりでに、ページがめくれ、真っ白いページが姿を見せる。
 セ・スは真っ白いページを見て、トントンと叩きながら言葉を続ける。

「第6魔王を動かした場合、この本に記載された流れに世界の運命は変わる。この本にある運命の流れで行くと、血塗られた聖女は、帝国に見切りをつける。そして、帝国を見捨てた彼女は、次にヨラン王国へ協力を求める。ヨラン王国の王は、その求めに応じて莫大な黄金を彼女に渡す。だが、それは、聖女一行に対し、毒となった。黄金に目が眩んだ聖女の部下は、仲間割れし、ひとり、またひとりと彼女の前から姿を消す。そして、とうとう最後、血塗られた聖女は孤独の中、絶望し、自ら命を絶つ」
「自ら……」
「そういう筋書きだ」
「それが、運命でございますか」
「かって王はおっしゃった。全ての道、全ての運命を見たと。今回、ノアサリーナは、帝国を見限り、石の靴を持ち立ち去った。これは、この本に記された運命と同じ行動だ。ノアサリーナだけでは無い。第6魔王を動かして以降、この本の運命通りに、あらゆる事象、世の国々は動いている」
「続く運命の先には、ノアサリーナの死が待っている……と」
「その通りだよ、ク・ト。この本の通りに。つまり運命からは逃れられない。次に起こるのは、ヨラン王国で金品を受け取り、そして、その事象をキッカケとして、彼女から人が離れるという運命だ」

 そう言って、王弟セ・スは人差し指でことさら強く真っ白いページを叩いた。
 すると、その指先から広がるように、真っ白いページは黒く色を変えて、真っ黒になった後、本は姿を消した。

「では、我らは、それを眺めるだけ……でしょうか?」
「一旦は……だ。とりあえず、ノアサリーナへの対処はこれに留める。だが、剣聖殿には、他にやってもらいたいことがある」
「別に、何か問題が?」
「ああ、姉上が討たれたことを知った、ケ・ヒとジ・マの2人が、ノアサリーナを滅ぼそうと動いている」
「そうですか」
「我らが捨てた理想郷の試作品……どれかは分からないが、あれらを持ち出すようだ」
「遺棄した土地を? 王の許しもなく、不完全な世界を破滅させる気なのですか? 2人は……」
「2人の憎悪は、あの世界を持っても償えないという事だろう。私としても、不完全な世界がどうなろうと知ったことではない。どうせ王が正してくれるのだから」
「それでも、放置はしておけない……と」
「放置……いや違う、大事なのは2人の安全だよ。なにせ相手は、姉上を討つ手段を持つ者達だ。返り討ちに遭う可能性もある。王の復活を前に、これ以上、我ら統一王朝の者が欠ける事、それに悲しむことを、敬愛する王が望むはずはない」
「はい」
「済まない。お前も、ノアサリーナに直接手を下したいだろうが……」
「いえ。私の思いや、絶望など、貴方に比べれば小さい事です」

 静かに淡々と言う王弟セ・スを見つめたク・トは静かに頷いた。
 その顔には涙の跡が残り、目は燃えるように赤かった。
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