召還社畜と魔法の豪邸

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第十七章 立ちはだかる現実

さんかんび

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 げ!
 テストゥネル様だ。

「テストゥネル様?」

 ノアが、大きな声を上げる。
 クローヴィスはなんとなく嫌そうに後ろにいる母親を、チラリと見た。
 そりゃ嫌だろうな。
 遊びに母親同伴だなんて。
 テストゥネル様は、そんな様子は、気にもしない様子でノアに微笑む。

「久しいな、ノアサリーナ」
「えぇ。お久しぶりでございます」

 ノアはスカートの裾を小さく摘まみ、頭を下げた。
 オレも澄ました顔で、ノアに続いてテストゥネル様に向かい頭を下げた。
 視界の端に、他の皆も同じように頭を下げているのが見える。
 クローヴィスはなんだか居心地が悪そうだ。

「良い、今日はこの子の母親として、参っただけ。楽にしてよい」

 恐縮するオレ達に気を使ってか、テストゥネル様は少し手を上げると、そう言った。
 無礼講ってやつでいいのだろう。
 それからノアとクローヴィスをほっぽって、オレの方に歩いてくる。

「タイマーネタか。随分と珍しいものを持っておるな」
「はい」

 さすがテストゥネル様だ、これが何なのかは分かったのだろう。

「だが、よく使えたものよの」
「えっ、ここに使い方が書いてありますよ。手を置いて呟け、ラルトリッシに囁き、冠の先に柱はあらず、右手は体を、左手は剣を、戒めと罰を命じと。それから、爪先は敵から離すことなく右肩から腕をなでよって」
「ラルトリッシ……神の処刑人? クローヴィス!」
「なんでしょうか、母上」

 ノアと話をしていたクローヴィスを手招きし、オレが見ていた文章を指差す。

「其方には何と読める?」

 言われて、クローヴィスが暫くタイマーネタに浮き上がる文章を眺める。

「知らない文字です。母上」
「そうか。そうであったな」

 あっ、そうか。
 これは、普段使わない文字だからな。
 何でも読めるオレ達と違って、他の人は読めないのか。

「ではこれに書くがよい」

 どこからともなく、テストゥネル様は真っ白い板と、先が黒く濡れた筆を取り出す。

「えっと」

 クローヴィスは筆を手に取り、まるで絵を描くように、いったりきたりと筆を動かし、文字を書き写す。

「最初の一文だけで良い」
「はい、母上」

 しばらくして、文字を書き写し終える。
 それを見た時に不思議なことに気がついた。
 へルエトロスに伝え?
 オレがラルトリッシに囁きと見えた文字が、クローヴィスには違う文字に見えていた。

「やはりそうか」
「見る人によって、文字が違って見えるの?」

 ノアが興味深そうに、クローヴィスの手元をのぞき込み首を傾げる。

「ノアサリーナ、其方もやってみるがいい」
「はい」

 クローヴィスと同じように、白い板と筆をノアも受け取り、チマチマと字を書く。
 ノアが書いた文字も、やはり誰とも違った。

「マクタレイオに囁き」
「弓兵小隊長の呼び名よな」
「へぇ」
「なにやってんの?」

 ミズキとチッキーも近くによってくる。プレインも少し遅れて近づいていた。

「これこれ」

 魔導弓タイマーネタの文字を指さす。

「使用法が書いてあるやつ?」
「そうそう。見る人によって文字が違うみたいなんだ」
「ラルトリッシに囁きって書いてあるやつ?」

 ミズキはオレと同じでラルトリッシに囁きと読めるのか。

「チッキーは?」
「読めないでち……」
「あのね。私もなの」

 そう言って、ノアは手に持っていた。白い板をチッキーへと渡す。
 チッキーもノアに習って文字を書くが、その文字も誰とも違う。

「コルホマイオに伝え……か」
「呼び名で何かかわるんだろうか?」
「試してみればよかろ?」

 テストゥネル様が事も無げに言った言葉を聞いて、試してみることにした。
 まずは、クローヴィスが書いた言葉。

「ヘルエトロスに伝え……」

 声を出した途端、小さな魔法の矢が発射された。
 あれ?
 3回試したが、小さな魔法の矢が発生されただけだ。
 いつもと違って、声に出した直後。腕を動かす暇も無い。
 次はノアの書いたやつだ。

「マクタレイオに囁き……」

 いつもと一緒だ。腕を動かさないと発射しないようだ。
 腕を動かすと、大きな魔法の矢が発射された。
 思い切り腕を振ってみたが、光の柱が立つようなものではなく、矢の本数が5本に増えただけだ。

「言葉によって、効果が違うみたいっスね」

 プレインの言葉に頷く。

「さて、最後はチッキーの書いたやつだな。えっと、コルホマイオに伝え……」

 キーワードを口にした瞬間、辺りが光に包まれる。

『キィィィ……』

 甲高い音が辺りに響き渡る。
 光はしばらく続き、音が鳴り止んだ時にはタイマーネタは消え失せていた。
 円形に深い穴が開いている。

「何だこれ?」
「自爆したようじゃな」
「自爆?」

 テストゥネル様が穴の縁までトコトコと歩を進め、下を眺める。

「こんなことだろうと思うた」
「こんなこと……って?」
「言葉によって効果が変わる。敵が手にしたら自爆するように仕込んでもある。妾が結界によりタイマーネタを封印せねば、ここにいた全員が死んでおったな」

 そう事もなげに言った。

「母上?」

 大きく目を見開き、クローヴィスがテストゥネル様の顔をまじまじと見上げる。
 ふと見ると、テストゥネル様の右目が人の目ではなく、まるでトカゲのような目の形になっていた。

「何、妾の龍神としての力を使わねば、結界を維持できなかったのでな。右目だけ龍神たる姿に変えただけよ。すぐ元に戻す」

 そう言って笑う。
 つまり、キーワードを間違えてたら、あんな風になっていたと。
 それに、タイマーネタを失ってしまった。
 あの火力は今後も必要になる。
 対策は、後で考えよう。
 それから後は平和なものだった。
 屋敷の庭でキャッチボールをやって、それからエルフ馬である茶釜に乗って遊ぶ。
 食後は、カードゲームをする。
 カードゲームを遊ぶ中で、クローヴィスが暗算で、点数計算をしているのを見て、テストゥネル様がひどく驚いていたのが面白かった。
 カップを手に取り、口をポカンと開けたまま、ずっとクローヴィスを見ていた。

「そうだ」

 そんな時、ノアが声をあげた。

「どうしたの、ノア?」
「クローヴィスとね、ミランダをやっつける作戦を考えてもいい?」

 突然、そんなことを言い出した。

「かまわんよ。外でがんばって対策をたてておいで」

 ちらりとテストゥネル様を見ると、笑って頷いき了承した。

「テストゥネル様も、いいと言っているし、がんばってね」
「うん!」

 2人とハロルドがトコトコと出ていくのを見送った後、再びテストゥネル様がカップに口をつけて、口を開く。

「妾の知ってるミランダとは随分と異なるようであるな」
「そうなのですか?」
「うむ。妾が最後にミランダを見た時、あの娘は、辺り構わず、当たり散らすように危害を加える、そんな娘であった」
「全然印象が違いますね」
「お前達の知ってるミランダであれば、ほっといても大丈夫だろう」

 そう、結論付けた。
 そっか、前評判とオレ達が受けた印象が違うのは、ミランダ自身が変わったという理由だったのか。

「あの別人ということは?」
「はてな、おそらくありえんだろうよ。あれほど強大な魔力持った娘が、そう何人もいることはあり得ぬ」

 さすがテストゥネル様だ。
 オレ達の心を読んで、どんな人物なのかを知ったのだろう。
 ミランダは安心か。
 そういえばそうだった、忘れかけていた。
 あのお茶畑にかかった費用だ。
 きっちり請求せねば。

「ところでございますですが、テストゥネル様」
「お茶畑は、妾ではない。知らぬ」

 オレが質問をする前にピシャリと拒絶される。

「えぇ」

 知らぬって……もしかして、逃げるつもり……。

「しらばっくれて逃げるわけなかろうが」

 さっきから心を読んで、先手、先手と打ちやがる。

「其方は、相変わらず失礼な者よな。少しはノアサリーナを見習えばよいものを」
「申し訳ありません。うちのリーダが」
「よいよ。あれはジタリアじゃ」
「ジタリア?」
「妾と一緒におったであろう?」

 あの短髪の女の人か。
 いや、でも、部下の失態は上司の責任。
 ちらりとオレをみて、笑いながらテストゥネル様は口を開く。

「帰ったら、ジタリアには言っておこう」

 そしてそう言った。

「では、ミランダの居場所を教えていただけませんか?」
「ミランダの居場所? ん? クク……ハハハ。本当に其方は、とんでもないことを考えるものよな」
「家賃請求がですか?」

 屋敷を使っていたのだ、当然の権利だと思う。

「ああ、世界中から恐れられる氷の女王。そのミランダに対し家賃を払えとはな。ミランダはどこにいるか、それは妾にもわからん」

 あれ?
 意外だな。テストゥネル様だったら、わかるのかと思っていた。
 なんたって龍神だし。

「前のハロルドのようには?」
「あの娘は、自分自身を凍らせておる」
「凍る?」
「心も気配も、ほとんどないようなものだ。ゆえに妾としても居場所を、察するのが難しい。大体の場所がわからねば、探せぬ」

 すごいな。ミランダ。
 でも、困ったな、どうしたものか。
 途方にくれていると、テストゥネル様はオレ達の顔を、1人1人見た後に小さく息を吐いた。

「妾が考えていた以上に活躍しておるようよな」
「活躍?」
「神に近い力を持つ黒の滴を廃したのだろう?」
「えぇ」
「それに加えて、ノアサリーナの願いを着実に叶えておる。結果、お前達に絡みつく命約の茨も随分と減ったようだ」
「命約の茨が減った?」
「自らを、看破でみるがよいよ」

 テストゥネル様がそう言った途端、視界に文字が浮かび上がる。
 看破を使ったときと同じだ。
 いろいろな物の、名前や値段などがチラチラと見える。
 意識して見ることで、半透明の板に、よりくっきりとした文字が浮かぶはずだ。
 自分の手のひらを凝視する。
 名前や、年齢……そして、自らの身分である命約奴隷の文字。
 そして、命約数。
 命約奴隷は、所有者と命をかけた特殊な制約魔法で結ばれた奴隷。
 大事なのは、命約数。
 命約数はその交わした約束の数。
 ノアとオレ達が知らないうちに結んだ契約。
 それがあるうちは、オレ達はこの世界に留まっていられる。
 だけど、尽きてしまえば、望む望まないにかかわらず元の世界へと帰還する。
 ノアを置いて、帰還する。
 その残りの命約数が、31。
 初めて見たときには120あった命約数が31。
 31。
 オレの手のひらに、予想外の数字が浮き上がっていた。
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