召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第三章 魔法仕掛けの豪邸と、その住人

かんげいかい

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  ヘイネルさんの魔法で真っ白く塗られた町並みに、ぽつんと橙色のテントが浮き上がっている。
 この光景の中でいち早く動き出した者がいた。奴隷商人のザーマだ。彼女は広場から立ち去るように走っていく。その先には、遅れて広場についたカガミとサムソンがいた。
 サムソンがカガミの前に飛び出すように動いた。次の瞬間、茶色く巨大な手が空中に浮かびあがりザーマを握りしめるように取り押さえる。

「なんかよくわからんけど、取り押さえてみた。大丈夫か?」

 そそくさと兵士にザーマの身柄を引き渡したサムソンと合流する。カガミも一緒だ。

「いきなり大きな手が出現したけど、あれ何スか?」
「俺のオリジナル魔法だ。ゴーレムに手を付けろって言われたとき用に考えたんだ。前みたいなことあっても大丈夫なように、練習もしたしな。それにしても、戻ってみると、町が真っ白でテント倒壊してるんで驚いたよ」
「リーダがね。リーダがやったんだよ!」

 ノアが笑顔でサムソンとカガミに駆け寄る。その言い方だと、全部オレがやったようではないか。オレがやらかしたのはテントを倒したことだけだ。
 皆と盛り上がっていると、両手を縛られて兵士に連行されたザーマがオレ達のそばを通った。

「お前は……どうして、テン……がァ」
「黙れ!」

 彼女は、すれ違いざまにオレを睨み何かを言おうとしたが、兵士に腹を殴られ苦しそうにうずくまる。
 どうしてと言われても、先に手をだしたのはザーマだ。文句を言われる筋合いはない。

「何がいいたいのか分かりませんが、私がノアサリーナお嬢様や同僚に害を与える者を排除するのは当たり前ではありませんか。貴女は、我々に危害を加えようとした、だから始末しただけです」

 うずくまる奴隷商人ザーマを見下ろし、言っておきたい事だけは言った。本当に後始末は大変だ。
 もっとも、やらかしたのはザーマを殴ったミズキと、テントを倒したオレなんだけど。
 もっと言いたいことは沢山あったはずだが、なんだかどうでも良くなった。
 オレとザーマの下らないやり取りが一段落した時、ヘイネルさんが馬にのって近づいてきた。

「ヘイネル様。ありがとうございました。では、これから城へ向かいましょうか?」
「不要だ。私は、これから別件の仕事ができた。君達は帰ってもよろしい」

 ヘイネルさんは馬上で、それだけいうと振り返りもせず城の方へと走り去っていった。
 あらためて無罪放免を言われたので、堂々と帰ることにする。

「どうするっスか? 予定通り買い物して帰るっスか?」
「獣人の……トッキー君達は平気? 辛いなら買い物は明日にしようと思います」
「いえ! チッキーも大丈夫って言っています。あと少しだけしたら歩かせます。おいら達は平気です」

 とても恐縮したように獣人トッキーが震える声で返事する。

「いやぁ。俺達の誰も病人歩かせるまねしないって」
「そうそう。サムソンのいう通り。寝てなさい。でも、ちょっとだけ買い物させてね」

 そのまま軽く買い物をして帰宅する……つもりだったが、獣人の兄弟は有能でテキパキと望む物を買いそろえてくれた。建物の修繕に必要な物に、当面の食料だ。
 おかげで歩いて帰っても日が沈む前には家に帰れそうな時間に町を出ることができた。
 病気の獣人チッキーだけがロバの荷台に寝て帰る。残りは歩きだ。
 道中は、奴隷市場での出来事が話題の中心だった。
 ヘイネルさんを連れてくることができたのは、エレク少年の手助けがあったからだそうだ。城の近くで偶然出会って、事情を伝えるとヘイネルさんに取り次いでくれたらしい。
 彼にはお礼を言わなきゃな。近々、数学を習いに来るはずだったから、そのときにでもお礼を言おう。

「あーやっと見えてきた」

 ミズキがうれしそうな声を上げる。オレ達の屋敷が見えてきた。今日は、歩きだったので余計に遠く感じた。それもあって帰宅の喜びもひとしおだ。
 ふと見ると、獣人も歩き疲れたのか俯いて歩いていた。今日は、ゆっくりしてもらおう。

「せっかくなんで歓迎会をしたいと思うんです。思いません?」
「カガミに賛成!」
「そうだな。せっかくの新入社員だから、歓迎会を開こう」

 不思議そうな顔で皆に見られた。歓迎会に賛成だから、特におかしな点は無いはずだが……まぁいいか。

「でも、カガミ氏。歓迎会って何するのさ?」
「シチュー作ろうかと思うんです。病人でも美味しくたべられるでしょう?」

 そのまま、そそくさと台所へと向かう。カガミが料理をしている間に、獣人の部屋を整えたり、買ってきた物を倉庫にしまったりして時間を潰した。
 3人一緒にいたいというリクエストがあったので、一階の一室を使って貰うことにした。ずいぶん恐縮されてしまったが、部屋は余っているのでどうってことはない。

「できたよー」
「案外早かったな……って、ミズキが出来上がってるの間違いじゃないのか?」
「あっははー」

 ジョッキ片手で赤ら顔のミズキをみて思わず突っ込んでしまった。まったく、今日の騒動の責任くらい感じて欲しいものだ。

「今日くらいいいじゃないっスか。ミズキ先輩もあの騒動ですっごく不安だったん……グボッ」

 言い終わらないうちにプレインがお腹を殴られていた。そっか、あいつも不安だったのか。それならしょうがない。笑いながら器用に呻くプレインが立ち直るのを待ってから、一緒に居間へと向かう。
 準備はすでに出来ていた。テーブルにパンとグラプゥ、それにシチューの入った鍋が置いてあった。この屋敷で食べた料理のなかで一番豪勢な食事が用意されていた。

「すごいね。カガミが一人でつくったのか?」
「いいえ。ミズキと二人で作りました。グラプゥは焼いてみました」
「バルカンの言っていたとおりのレシピでね」

 焼かれたグラプゥはバターの香ばしい香りもあってすごく美味しそうだ。
 病人だった獣人チッキーはまだまだ辛そうだ。エリクサーは病気を治しはするけれど衰弱した体を一気には回復しないらしい。
 獣人以外が席に着いた。

「トッキー君達も、座るっスよ」

 プレインが椅子を引いて獣人達を手招きする。

「あの、おいら達、余り物でいいです」

 トッキーの返答に、残りの獣人二人も頷く。

「マジか……。遠慮しすぎだ。すわって食おう」
「そうそう。今日の主役が、余り物でいいと言われるとオレが困る」

 サムソンとオレが進めてようやく席に着いた。とても恐縮している。オレが座ることを進めたときの態度から、どうにも恐れられている気がした。
 皆が席についた。自己紹介もそこそこに、ようやく歓迎会という名前の夕食が始まった。
 久しぶりに食べるシチューは格別だ。火を操るサラマンダーがいるおかげで料理の幅がぐんと増したのが実感できる。

「今日のハイライトは、ノアちゃんがヘイネルさんを呼び止めたとこっスよね」
「そうだな。あれが無ければ、スムーズに解決できなかったもんな」

 あの時、ヘイネルさんを呼び止めなければ、お城で事情を聞かれていただろう。もしそうなれば、テントは片付けられて、オレの苦し紛れの仮説も立証できなかった可能性が高い。
 あの場所で、ヘイネルさんと会話できたからこそ、上手くいったわけだ。

「あのね、リーダの真似したんだよ」
「真似?」
「困ったときは、笑顔になって、周りをみて、何が出来るか考えるの」

 奴隷商人ザーマにミズキが奪われたって騒ぎのときに、オレが言ったことを参考にしたのか。

「それでヘイネルさんを笑顔で呼び止めたの?」
「だって、すごく辛そうだったから……なんとかしなきゃって」

 皆の視線が獣人達に集まる。
 そこで初めて獣人達が、俯いて静かだったこと、あまり食べていないことに気がつく。

「うぅ……」

 そして獣人チッキーが泣いていた。
 まだ病み上がりで辛いのだろうか。他の二人も、それで気が気でなくて食が進んでいないのだろうか。
 ひょっとしてオレ達だけが歓迎会などと盛り上がっていたのかと感じて、チクリと心が痛む。

「辛い? 辛いのなら、私達に遠慮しなくて休んでてもいいのよ」
「……ちがうです。お兄ちゃんたちと一緒に美味しいご飯たべられてうれちくて」
「おいら達、まだ何もしてないのに。立派なお薬もらって、こんな御馳走いただいてるです」

 どうやら、感極まって泣いたようだ。無理矢理振り回して辛くなったわけでないことが分かってホッとする。
 声を奪う罰を受けた獣人ピッキーも頷いていた。帰る途中で調べた結果、明日の朝には、この子にかけられた罰の効果も消えて話せるようになっているはずだ。奴隷の所有者が変わったら罰の効果が消えると思っていたが、そういうものでもないらしい。

「新入社員なんてさ、そんなものだよ。これから頑張ってくれればいいさ」
「シンニュシャイン?」
「ここは会社じゃないだろ……」
「仕事を思い出すっスね」
「そうそう。新しい仲間にカンパーイ!」
「乾杯! トッキー君たちも、遠慮しないで沢山食べてね。それで明日からよろしくね」

 そういえばそうだ。ここは会社ではない。毎日が日曜日のワンダーランドだ。
 気を取り直して、食事を楽しむ。

「そういえば、先輩って、テントに細工がしてあるってどうやって気がついたんスか?」
「あぁ。オレの持っている名刺って元請け会社の名刺だろ。実態は違うのにな」
「そうっスね」
「だから首にするのも異動も、周りが思っているのとは違う会社が権限もっていることになるだろ」
「なるほど、それがテントの中でも、領主様が権限をもっていると周りは思ってたけど、違ったって話につながるんスね。限りなくグレーに近いブラックな会社でしたけど、何が幸いするか分かんないっスね」
「そうだな……今後は、こんな知識が役に立たないよう祈ってるよ」

 気を取り直して、グラプゥを一切れ口に入れる。
 焼いたグラプゥには、バターがたっぷりかけられていた。焼かれたバターが香ばしい。
 それは焼かれてしんなりとしたグラプゥによく合っていた。
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