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第三章 魔法仕掛けの豪邸と、その住人
じゅうじん
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目の前にいる奴隷商人の顔が苦々しい顔に変わる。
「売れ残りの獣人……ザマスか」
小声で呟いたのが聞こえた。
後ろを振り向き、奴隷商人の視線の先を見る。
檻には3人の人間が入っていた。小太りの男と、あと二人は茶色い熊のような頭をした生き物がそこにいた。獣人らしい。うち一人が檻の中で小太りの男ともみ合いになっている。
奴隷商人は、ツカツカとオレの横をすり抜けて檻の前にいくと、胸元から短い鞭をとり出して暴れていた獣人に向ける。
「それを押さえるザマス」
すぐさま近くにいた黒い服を羽織った男が、檻の中にはいり獣人の一人を取り押さえる。そのまま掴みあげた頭を檻にゴツンとぶつけ、うめき声がした。
「飯をもって入ったら急に、騒ぎまして……」
「困ったものザマス。一緒でいなくては嫌だと駄々をこねるのですよ。奴隷になったのだから売り買いは自由というのに、こんなに暴れて……気持ちはわかるザマスよ。でも、買い手が一人だけというなら、それはバラバラに売られる運命ザマス」
もみ合っていた男の言い訳もほどほどに、奴隷商人は面倒くさそうに、そしてオレ達に説明するように言葉を続ける。話す言葉に同情するかのような内容もあるが、その態度から、本心ではないことが見て取れる。
兄妹なのだろう、買い手が一人だけを買うから兄妹が離されることになって抵抗したようだ。どちらの言い分もわかるので、やるせない。
「どうなっちゃうの?」
「うーん。今の騒ぎで買い手もあきらめてしまったザマスから……。もうしばらくは一緒かしら。でも、同じことを繰り返さないように……声を奪う罰を与えるザマス」
ノアの質問に、奴隷商人は笑顔で怖い答えを返す。声を奪う罰ということは声がでなくなるということか、そんなことが出来るのか。思った以上に奴隷に対する主人の権限は大きいと感じた。
「あの、おいら達、農村出身で、庭仕事も、家の修繕もできます。ずっと小さい頃から何度もしてます……だから、あの」
おずおずと獣人の一人がそうオレ達に話しかけてきた。
オレ達の探している奴隷に自分たちが相応しいと言いたいのだろう。その代わり、二人一緒に買い取ってほしいということか。
「いいじゃん。かわいーし。二人まとめて面倒みちゃおうよ」
「庭仕事も、家の補修もできるならいいんじゃないか。ミズキ氏も気に入ったようだしさ」
「ミズキは、見た目だけで決めてると思うんです。そう思いません?」
カガミに話を振られ、考える。先ほどのお立ち台でみた面々の誰でもいいと思ったし、逆に誰を選んでいいのかわからなかった。決め手に欠けていた。
それにお立ち台に並んだ奴隷を見たときに、人間関係も考える必要があることに気がついた。
見た目だけでも仲間が好感もつならいいのかもしれない。
「ノアは、どう思う?」
「私は……バラバラは嫌だなって……」
ノアも理由は違えど前向きなようだ。特にカガミも反対というわけでもない。仲間に迎え入れるのはこの2人にしよう。
「彼らを購入するとしたら、いくらになりますか?」
「一人金貨4枚、二人で7枚にしとくザマスよ」
資金的にも問題ないか。それなら購入しようと申し入れる。
奴隷商人は、満面の笑みで了承した。
「それでは善は急げと言いますザマス。支度させますので、しばしお待ちを。ところで、お嬢様は奴隷の買い受けの儀式をなされたことがおありで?」
奴隷商人の質問に対し、ノアは首をふって否定する。奴隷の主人は、罰を与えたり健康状態を知ることができるらしいので、確かに魔法的な儀式は必要なのだと言われて気がついた。
「お嬢様は、儀式を行ったことがないそうです」
「そうザマスか。それでは、少し練習した方がいいザマスね」
「練習ですか?」
「奴隷の所有者を変える儀式は、些細なことで失敗するザマス。上手くいかないと、数日は再契約できないので練習しておいた方がお互いのためザマスよ。ついでに、奴隷の扱い方が書かれた冊子はいかが?」
奴隷を解放するときや罰を与えるときにも、儀式が必要らしい。そういった取り扱いに関する説明書きを冊子にまとめたものだそうだ。
銀貨4枚。知識が得られるなら安いものだと、購入する。
そのやりとりの間にも、獣人の奴隷は檻から出され、小さな箒で体をはたかれるなど身支度をしている。本人の意思とは関係なしにクルクルと人の手によって整えられている姿は、商品の梱包を思い起こさせた。
「儀式といってもただの魔法ザマス。そこのテーブルに置かれた石盤に、魔法陣が描かれているザマス」
奴隷商人が指し示した先にあるテーブルに、真っ白く薄い石版が置かれていた。その白く光沢のある表面に黒い線で魔法陣が描かれている。
「立派な石ですね」
「えぇ、これでも金貨3枚はする立派な商売道具ザマス。では最初に、奴隷の買い主は、魔法陣のうえにお金を置くザマス。こんな風に……と」
奴隷商人は腰の袋から銅貨を1枚取り出して魔法陣の上に置く。
「お金は誰が出してもいいのですか?」
「今は練習だから私が出したザマス、実際はここに金貨を7枚置いてもらうザマスよ。それから、買い主も魔法陣に触れて、詠唱するザマス。魔法陣のそばに書かれた言葉を言うザマスよ」
ノアは恐る恐るといった感じで魔法陣に手をふれて呪文を唱える。
「あぁっと、くれぐれも魔力をながさねーようにな。おいら銅貨一枚で売られたくないんでな」
ハーフリングの男が軽い調子でいった言葉も耳に入っていないように、ノアはゆっくりと小声で詠唱し、やりきった顔でオレを見た。
「そうザマス。上手くいきました。お嬢様はセンスがあるザマスね。それで、次に売り主であるあたくしが、奴隷に触れながら魔法陣にも触れて詠唱するザマス」
ニコリとノアに向けて微笑んだ後、ハーフリングの男の耳を摘まみつつ、もう一方の手を魔法陣に触れて手早く詠唱した。
「このようにやり取りするザマス。売られる奴隷が緊張することもあって、普通の魔法より難しいザマスね。でも、お嬢様はとてもお上手なので大丈夫そう。安心して儀式ができるザマス」
「えへへ」
奴隷商人の賞賛にノアはとても照れていた。俯いてニコニコとしている。
「すまねぇな、もう少しだけ時間かかりそうだ」
「そうザマスか……どうでしょう? 今度は、お嬢様が売り主で、あたくしが買い主で練習しましょう。せっかくの時間ですもの。練習しませんか?」
もう少し時間がかかるらしい。せっかくのチャンスだし練習するのは問題ない。どうして時間がかかっているのかと、獣人の方をみると、二人のうち一方が抵抗しているように見えた。しきりに、テントの片隅をみて何かを訴えている。ただし、パクパクと口が動くだけで声は出ていない。いつの間にか声を奪う罰を受けていたようだ。
それにしても不思議だ。二人一緒に買うという契約になった以上、あの獣人にとって理想的な流れのはずで、抵抗する必要はないはずだ。
「あの獣人の様子がおかしい」
「私も先ほどから、そう思っていました。ロンロ、テントの向こうに何があるのか見てきてもらいたいと思うんです」
「いいわぁん。見てくるわねぇ」
他のやつらも気になっていたようで、ロンロにお願いして見てきてもらうことにした。
小声で話をしていると、ノアに袖を引っ張られた。
「もう1回練習していい?」
「そうですね、せっかく時間があるわけですし、もう一回、今度もゆっくり落ち着いて練習しましょう」
ノアはもう一回練習したいようだ。時間を稼ぐ必要もあるので、了承し笑顔でうなずいた。
先ほどとは逆なので、ノアが売り主となる。奴隷商人は銅貨を1枚おき手早く詠唱した。売られる奴隷はミズキが立候補したようだ、わざとらしい演技をして儀式に参加している。どうやら、別れたくないと泣く泣く売られる設定らしい。
儀式の途中で、獣人達の用意も終わったようだ。抵抗していた獣人は手が鎖で縛られている。
「いやぁ、あのさ、暴れるんでしょうが無くだよ。勘弁してくれ。おいらもこんなことしたくなかったんだけどさ」
ニヤニヤと笑いながらハーフリングの男は弁解した。
言っている意味は分かったが、獣人は買い取った後ですぐに自由にしてやりたいと思った。
その少しだけ儀式から目を離した時だった。
「はぁ!?」
ミズキの声が響いた。
「私、魔力流してない……失敗してない……、あのミズキおねーちゃん……あの」
「いえいえいえ」
何が起こったのか、うろたえるノアにツカツカと奴隷商人は歩み寄り、そして、しゃがみ込んでノアの小さな手を取り、銅貨一枚を置いた。
「うれしいザマス。ありがとうザマス。そこの女奴隷が銅貨1枚で手に入るなんて。でも、良いザマスよね? だって、呪い子に、そんな奴隷はもったいないザマスから」
ノアに銅貨をゆっくりと握らせて奴隷商人は残忍な笑顔を満面に浮かべていた。
何が起こったか詳細は分からないが、嵌められたと一瞬で理解した。
「売れ残りの獣人……ザマスか」
小声で呟いたのが聞こえた。
後ろを振り向き、奴隷商人の視線の先を見る。
檻には3人の人間が入っていた。小太りの男と、あと二人は茶色い熊のような頭をした生き物がそこにいた。獣人らしい。うち一人が檻の中で小太りの男ともみ合いになっている。
奴隷商人は、ツカツカとオレの横をすり抜けて檻の前にいくと、胸元から短い鞭をとり出して暴れていた獣人に向ける。
「それを押さえるザマス」
すぐさま近くにいた黒い服を羽織った男が、檻の中にはいり獣人の一人を取り押さえる。そのまま掴みあげた頭を檻にゴツンとぶつけ、うめき声がした。
「飯をもって入ったら急に、騒ぎまして……」
「困ったものザマス。一緒でいなくては嫌だと駄々をこねるのですよ。奴隷になったのだから売り買いは自由というのに、こんなに暴れて……気持ちはわかるザマスよ。でも、買い手が一人だけというなら、それはバラバラに売られる運命ザマス」
もみ合っていた男の言い訳もほどほどに、奴隷商人は面倒くさそうに、そしてオレ達に説明するように言葉を続ける。話す言葉に同情するかのような内容もあるが、その態度から、本心ではないことが見て取れる。
兄妹なのだろう、買い手が一人だけを買うから兄妹が離されることになって抵抗したようだ。どちらの言い分もわかるので、やるせない。
「どうなっちゃうの?」
「うーん。今の騒ぎで買い手もあきらめてしまったザマスから……。もうしばらくは一緒かしら。でも、同じことを繰り返さないように……声を奪う罰を与えるザマス」
ノアの質問に、奴隷商人は笑顔で怖い答えを返す。声を奪う罰ということは声がでなくなるということか、そんなことが出来るのか。思った以上に奴隷に対する主人の権限は大きいと感じた。
「あの、おいら達、農村出身で、庭仕事も、家の修繕もできます。ずっと小さい頃から何度もしてます……だから、あの」
おずおずと獣人の一人がそうオレ達に話しかけてきた。
オレ達の探している奴隷に自分たちが相応しいと言いたいのだろう。その代わり、二人一緒に買い取ってほしいということか。
「いいじゃん。かわいーし。二人まとめて面倒みちゃおうよ」
「庭仕事も、家の補修もできるならいいんじゃないか。ミズキ氏も気に入ったようだしさ」
「ミズキは、見た目だけで決めてると思うんです。そう思いません?」
カガミに話を振られ、考える。先ほどのお立ち台でみた面々の誰でもいいと思ったし、逆に誰を選んでいいのかわからなかった。決め手に欠けていた。
それにお立ち台に並んだ奴隷を見たときに、人間関係も考える必要があることに気がついた。
見た目だけでも仲間が好感もつならいいのかもしれない。
「ノアは、どう思う?」
「私は……バラバラは嫌だなって……」
ノアも理由は違えど前向きなようだ。特にカガミも反対というわけでもない。仲間に迎え入れるのはこの2人にしよう。
「彼らを購入するとしたら、いくらになりますか?」
「一人金貨4枚、二人で7枚にしとくザマスよ」
資金的にも問題ないか。それなら購入しようと申し入れる。
奴隷商人は、満面の笑みで了承した。
「それでは善は急げと言いますザマス。支度させますので、しばしお待ちを。ところで、お嬢様は奴隷の買い受けの儀式をなされたことがおありで?」
奴隷商人の質問に対し、ノアは首をふって否定する。奴隷の主人は、罰を与えたり健康状態を知ることができるらしいので、確かに魔法的な儀式は必要なのだと言われて気がついた。
「お嬢様は、儀式を行ったことがないそうです」
「そうザマスか。それでは、少し練習した方がいいザマスね」
「練習ですか?」
「奴隷の所有者を変える儀式は、些細なことで失敗するザマス。上手くいかないと、数日は再契約できないので練習しておいた方がお互いのためザマスよ。ついでに、奴隷の扱い方が書かれた冊子はいかが?」
奴隷を解放するときや罰を与えるときにも、儀式が必要らしい。そういった取り扱いに関する説明書きを冊子にまとめたものだそうだ。
銀貨4枚。知識が得られるなら安いものだと、購入する。
そのやりとりの間にも、獣人の奴隷は檻から出され、小さな箒で体をはたかれるなど身支度をしている。本人の意思とは関係なしにクルクルと人の手によって整えられている姿は、商品の梱包を思い起こさせた。
「儀式といってもただの魔法ザマス。そこのテーブルに置かれた石盤に、魔法陣が描かれているザマス」
奴隷商人が指し示した先にあるテーブルに、真っ白く薄い石版が置かれていた。その白く光沢のある表面に黒い線で魔法陣が描かれている。
「立派な石ですね」
「えぇ、これでも金貨3枚はする立派な商売道具ザマス。では最初に、奴隷の買い主は、魔法陣のうえにお金を置くザマス。こんな風に……と」
奴隷商人は腰の袋から銅貨を1枚取り出して魔法陣の上に置く。
「お金は誰が出してもいいのですか?」
「今は練習だから私が出したザマス、実際はここに金貨を7枚置いてもらうザマスよ。それから、買い主も魔法陣に触れて、詠唱するザマス。魔法陣のそばに書かれた言葉を言うザマスよ」
ノアは恐る恐るといった感じで魔法陣に手をふれて呪文を唱える。
「あぁっと、くれぐれも魔力をながさねーようにな。おいら銅貨一枚で売られたくないんでな」
ハーフリングの男が軽い調子でいった言葉も耳に入っていないように、ノアはゆっくりと小声で詠唱し、やりきった顔でオレを見た。
「そうザマス。上手くいきました。お嬢様はセンスがあるザマスね。それで、次に売り主であるあたくしが、奴隷に触れながら魔法陣にも触れて詠唱するザマス」
ニコリとノアに向けて微笑んだ後、ハーフリングの男の耳を摘まみつつ、もう一方の手を魔法陣に触れて手早く詠唱した。
「このようにやり取りするザマス。売られる奴隷が緊張することもあって、普通の魔法より難しいザマスね。でも、お嬢様はとてもお上手なので大丈夫そう。安心して儀式ができるザマス」
「えへへ」
奴隷商人の賞賛にノアはとても照れていた。俯いてニコニコとしている。
「すまねぇな、もう少しだけ時間かかりそうだ」
「そうザマスか……どうでしょう? 今度は、お嬢様が売り主で、あたくしが買い主で練習しましょう。せっかくの時間ですもの。練習しませんか?」
もう少し時間がかかるらしい。せっかくのチャンスだし練習するのは問題ない。どうして時間がかかっているのかと、獣人の方をみると、二人のうち一方が抵抗しているように見えた。しきりに、テントの片隅をみて何かを訴えている。ただし、パクパクと口が動くだけで声は出ていない。いつの間にか声を奪う罰を受けていたようだ。
それにしても不思議だ。二人一緒に買うという契約になった以上、あの獣人にとって理想的な流れのはずで、抵抗する必要はないはずだ。
「あの獣人の様子がおかしい」
「私も先ほどから、そう思っていました。ロンロ、テントの向こうに何があるのか見てきてもらいたいと思うんです」
「いいわぁん。見てくるわねぇ」
他のやつらも気になっていたようで、ロンロにお願いして見てきてもらうことにした。
小声で話をしていると、ノアに袖を引っ張られた。
「もう1回練習していい?」
「そうですね、せっかく時間があるわけですし、もう一回、今度もゆっくり落ち着いて練習しましょう」
ノアはもう一回練習したいようだ。時間を稼ぐ必要もあるので、了承し笑顔でうなずいた。
先ほどとは逆なので、ノアが売り主となる。奴隷商人は銅貨を1枚おき手早く詠唱した。売られる奴隷はミズキが立候補したようだ、わざとらしい演技をして儀式に参加している。どうやら、別れたくないと泣く泣く売られる設定らしい。
儀式の途中で、獣人達の用意も終わったようだ。抵抗していた獣人は手が鎖で縛られている。
「いやぁ、あのさ、暴れるんでしょうが無くだよ。勘弁してくれ。おいらもこんなことしたくなかったんだけどさ」
ニヤニヤと笑いながらハーフリングの男は弁解した。
言っている意味は分かったが、獣人は買い取った後ですぐに自由にしてやりたいと思った。
その少しだけ儀式から目を離した時だった。
「はぁ!?」
ミズキの声が響いた。
「私、魔力流してない……失敗してない……、あのミズキおねーちゃん……あの」
「いえいえいえ」
何が起こったのか、うろたえるノアにツカツカと奴隷商人は歩み寄り、そして、しゃがみ込んでノアの小さな手を取り、銅貨一枚を置いた。
「うれしいザマス。ありがとうザマス。そこの女奴隷が銅貨1枚で手に入るなんて。でも、良いザマスよね? だって、呪い子に、そんな奴隷はもったいないザマスから」
ノアに銅貨をゆっくりと握らせて奴隷商人は残忍な笑顔を満面に浮かべていた。
何が起こったか詳細は分からないが、嵌められたと一瞬で理解した。
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