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1. 推しの兄の婚約者‥‥?
事件の真相
しおりを挟む茂みに入った時点で、アルバートはついて来たりしなかった。そりゃあそうだ。
どこに行っても出会うが、決して彼がオズをストーキングしている訳ではなく、二人が行く場所に何故かお互いが居ると言うだけだったのだ。
ならばオズが動き続ければ遭遇率は減るし、ヒューバートが行かなそうな所に行けば彼は来ない筈。例えば茂みの中とか。
(貴族のご令息は余程の事がなければ茂みに突っ込んだりはしないからな。)
オズは自身も貴族の令息であることは忘れてほくそ笑んだ。そのまま茂みの中を這い、草と枝と葉ばかりの世界を移動する。
(けど‥‥俺自身、転生してからこんなに自然に触れるのは久しぶりだ。)
オズも一応貴族である為、幼い頃に兄と森を探検はしたが虫取りなんかはしていないし、必ず見張りの大人が数人いた。自然に触れるというより自然を愛でるという感じで、こんな泥と草まみれの中に突っ込むことなんて出来なかったのだ。
(これは案外悪くないな。寧ろ楽しくなって来たぞ。)
楽しくなって来て、オズはそのまま辺りを這い回る。父が見たら卒倒待ったなしだろう。
大分楽しんで腕が疲れて来た頃、オズは今日の任務の存在を思い出した。
(やばい、今日はヒューバートの冤罪を晴らす為に来たんだった!アルバート毒殺未遂事件っていつ頃起こるんだ?書いてなかったから分からない!)
流石にまだ事件は起きていないだろうと願いながら、オズは茂みを抜ける為ひたすら直進した。どこまで潜って来たのか、端にはなかなか辿りつかない。
ズボッ!と茂みから飛び出す。やっとだ、と思いごろりと一回転して顔を上げると、そこには目を見開いたヒューバートが座っていた。
「え!?」
声を上げたのはオズだ。ヒューバートはただ呆然とオズを見ている。
そこはホール1の庭でもホール2の庭でもなく、オブライエン邸の庭ではあるが人が居ない静かな場所だった。オズとヒューバートの二人きり。
草原に座り星を眺めていたらしい彼は、草と葉っぱまみれになったオズをしっかり見つめたまま、「っふ‥‥!」と吹き出した。
彼の笑顔はまるで大輪の華が綻ぶようで、オズはその顔に見惚れてしまった。
「あはは!君って、案外やんちゃなんだな。」
「なっ‥‥!?」
オズは顔に熱が昇っていくのが分かった。今まで作り上げて来た天使のイメージが、ヒューバートの中では崩れていった事だろう。
はらりと、一枚の葉がオズの頭から舞い落ちた。
ヒューバートは懐からハンカチを取り出すと、オズの頭に付いていた葉や土を払ってくれる。
「さっき挨拶した時、君は儚く美し過ぎて別世界の人間のように感じていた。それが、茂みから飛び出してくるだなんて。」
ヒューバートはまた「ふふっ。」と笑い出す。オズは頬を膨らませた。
「何だよ。似合わないって言いたいのか?」
「違うよ!僕は君の珍しい一面が知れて嬉しいんだ。こんなこと、他の人は誰も知らないだろうからね。」
「そう‥‥?」
ヒューバートの言葉は暖かく、聞き心地が良い。自然と素の口調になってしまった。慌てて外面用の口調に直す。オズは何となく彼の隣に腰掛けた。
「本日の主役は、どうしてこんなところにいるの?」
オズが星を見上げながら問い掛けると、ヒューバートは考える様に顎へ手を添えた。
「どうして、と言われると‥‥。何となく、急にここに来たくなって来ただけなんだ。」
「何となく‥‥。」
(やはり、運命の力か‥‥?)
オズが頭を悩ませていると、ヒューバートがオズの方へ顔を向けた。
「君の方こそ、どうしてあんな事になっていたんだ?」
「‥‥まあ、ちょっとした探検だよ。あれは転んだからなったんだ、事故だよ。」
(まさか貴方を避ける為に茂みに突っ込みました、とは言えない。)
あとシンプルに自分から嬉々として茂みに突っ込んだとは思われたくなくて、事故を強調した。
「ここはかなりパーティー会場から離れているけどな。迷った訳ではないのか。」
「いや、決して迷っては‥‥。」
そこまで言って、オズはアルバート毒殺未遂事件のことを思い出す。
「っ忘れてた!お‥僕、早く会場に戻らないと行けないんだった!」
「そうなのか。」
突然声のボリュームを上げて立ち上がったオズを、ヒューバート少し驚いて見上げる。薄いラベンダー色の瞳が綺麗だ。
「だから早く!僕を会場まで連れて行って!」
「やっぱり迷っているじゃないか。ふふっ‥‥まあ良いよ。僕も丁度庭園に呼ばれているんだ。」
迷ってはいない。時間をかければちゃんと元いた場所へは帰れるが、ここはヒューバートを頼った方が早く着けるだろうと思っただけだ。
そう言い訳をしながら、オズはヒューバートの隣を歩き始めた。
結局、屋敷に入って中から戻るより外からホール前の庭へ行く方が早いということで、オズはまた茂みを歩くこととなった。だが今回は隠れる必要がないので、地面は這っていない。それだけで汚れ度合いは大分違った。
ヒューバートは器用にでこぼこ道を歩いていて、オズは彼を真似して歩く。
そうして少し歩き、パーティーが行われている庭の外れの方にある一つのテーブルが見えて来た時、そのテーブルのところにヒューバートと同じ髪と瞳の色の少年——アルバートがいるのが見えた。
「ア‥‥んぐ!?」
アルバート、と呼ぼうと開いたヒューバートの口を、オズはパッと塞いだ。何をするんだと目で訴えかけてくるが、口を塞ぐ右手は離さない。オズは左手の人差し指を口元に当て、「しーっ。」と静かにしろのジェスチャーをした。
するとヒューバートの抵抗が止んだので手を離し、彼が口を開く前に「ちょっと黙ってて。」と牽制する。彼は黙った。
オズは、庭はよく見えるけれど茂みからは出ない様に、慎重にギリギリまで手前に移動する。ヒューバートも後をついて来た。
オズは正面に視線を向ける。そこには八歳の推しが‥‥!髪がふわふわ。瞳がキラキラ。
(グッ‥‥!可愛いっ、可愛すぎる、もっと近くで愛でたい‥‥じゃなかった、周りを警戒しないと。怪しい奴は居ないか?)
そう辺りを見回し始めた時、アルバートに、四人で固まった少年の集団が近寄って来た。
(あいつ‥‥!)
四人の中の中心人物らしき奴は、時々話に聞く悪ガキだった。なんだかしょっちゅう悪いことをしていて皆んな手を焼いているけれど、彼が公爵家———爵位は高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵である———の人間である為に、誰も彼を止められないんだとか。
(まさか、この事件はあいつが‥‥?)
ヒューバートも勿論彼らの悪い噂を知っているので、弟に奴らが近づくのを見てそわそわしだした。
その集団のリーダー、ジャスパー・カーティスが、一人アルバートに声をかける。ジャスパーは茶髪に、色素のとても薄い赤色の瞳だ。
「お前がアルバートだな?」
突然声を掛けられたアルバートは、少し不思議そうにしながらも返事をする。
「はい。そうです。」
(推しの生声ー!!声変わりしてない可愛い!敬語ちゃんと使えてる偉い!っじゃねえよ!冤罪を晴らすんだよ!)
何とか正気を保ちつつ、オズは懐から手のひらサイズの水晶玉を取り出す。
それを見たヒューバートが「それどこから‥‥。」と小声で喋り始めなのでまた口を塞いだ。今度は直ぐに離す。
オズの家、チャールトン家の人間は魔力が高い方だ。この水晶はアントニーに頼んで協力してもらって作った。これは決まった呪文を唱えるとその時水晶に映った映像を記録し始め、また決まった呪文を唱えると記録を止める。
つまり、現場の様子を録画して証拠を押さえようという作戦だ。
オズは小声で呪文を唱える。隣でヒューバートが興味深そうに見ているが無視した。
唱え終わると水晶玉が少しだけ光を持ち始める。
(良かった、成功だ。)
オズは水晶を乗せた手を問題のテーブルの方へ向けた。
ジャスパーとアルバートの会話は続く。
「その果実水、凄く美味いんだ。飲んでみると良いよ。」
「え、はい‥‥分かりました。ありがとうございます。」
ジャスパーは既にテーブルに置いてあった未使用のカップの一つを指差し言った。そのテーブルは庭の端にあるにもかかわらず沢山の果実水が乗っていたのだ。
言いたいことは言ったのか、ジャスパーは去っていく。アルバートはそのカップを手に取った。
(でも、あの果実水はあの四人が来る前からあのテーブルに乗っていた。どういうことだ?)
アルバートはグビッと大きな一口でその果実水を飲む。
「ん!本当だ、凄く美味しい‥‥。」
一瞬ヒヤッとしたが、アルバートは嬉しそうな顔でそう言った。困惑しながらも、オズは水晶玉を向け続ける。
すると、ジャスパーが戻って来て四人に戻った集団はアルバートのいるテーブルから離れ、丁度オズ達が隠れている茂みのところへ寄って固まって話し始めた。
「なあ、本当にやるのか?」
「当たり前だろ。前々から、ここのヒューバートは気に食わなかったんだ。」
「ここいらで懲らしめてやらないとな!」
ジャスパー以外の三人がそう話す。よく見ると、全員伯爵以上の爵位の持ち主だった。自分の名前が出て雲行きが怪しくなっているので、ヒューバートが立ちあがろうと動く。
オズは咄嗟に彼の胸倉を掴んでそれを抑えた。ヒューバートを睨みつけ、小さくどすの利いた声で説得する。
「大人しくしていろ。俺が何とかする。」
一人称が変わっていたし口調が素の状態に戻っており、そのギャップに驚いてヒューバートは止まった。一方それに気が付いていないオズは四人しか見ていない。
三人は未だ醜い会話を続けている。ジャスパーはまだ黙っていた。
「男爵家の人間のくせに‥‥。」
「で、どう懲らしめるんだ。」
「馬鹿、お前聞いていなかったのかよ。」
三人の声の後、ジャスパーが口を開き、指でアルバートがいるところの近くにある木を指差す。
「あの木の実を使う。しっかり加熱すれば食えるし美味い実なのでよく屋敷の庭園などに植えられているが、生だと人体には毒だ。」
ごくりと、オズは唾を飲み込む。
(成程な。風魔法か何かを使って木の実を落とし、あのカップまで運ぶと。簡単だろうなあ、爵位が高い人間ほど魔力は高いからなあ。)
爵位が高い人間程魔力も高いし、運動神経も高い人間が多いし、美しい容姿の人間が多い。理由は歴史を考えればよく分かる。
昔から、戦いなどで国の為に功績を上げた者が高い位を授かった。功績を上げる人間はやっぱり魔力が高い人間なので、爵位が高い人間は魔力が高い者ばかりになる。
すると爵位の高い人間は美しい人を伴侶に求める。もっと魔力の強い人を伴侶に求める。そんなことの繰り返しで、爵位の高い人間ほど優秀で美しい、という考え方になる。
爵位の高い家系では、魔力が高くなければ、美しくなければと言われ、結果こういう事件に繋がるのだ。
オブライエン家は男爵家。爵位の順位は一番低い。なのにヒューバートは余りにも美しく、この瞳の色素の薄さからして魔力も高いのだろう。彼はアルバートよりも若干瞳の色素が薄いし、よく見ればジャスパーよりも薄い様だ。
言ってみれば、優秀過ぎて高爵位の人間に目を付けられたのだ。
因みにチャールトン家も子爵家で二番目に爵位が低いのだが、チャールトン家は昔から魔力が高く、遺伝だということは周知の事実なのだ。対してオブライエン家はそれ程魔力が高くない家系だったので、ヒューバートは生まれた瞬間、瞳を確認されてお祭り騒ぎになるくらい珍しい魔力の高さだった。
勿論オブライエン家の中ではアルバートの魔力も高い方なのだが、ヒューバートは別格過ぎた。
ヒューバートは家格的に珍しい才能の塊でずっと褒められて育ち、誰から見ても美しい。そんな存在は日々家族からプレッシャーを掛けられ、きつい教育を受けさせられる高爵位の人間には嫌な風に映ることもあるだろう。ヒューバートは色々な人間の目を惹きつける。良い意味でも、悪い意味でも。
(知らぬところで恨みを買ったか‥‥。)
「でも、そんなことしたら流石に重い罰を受けさせられるぜ。」
「馬鹿野郎、それをヒューバートの野郎になすりつけるから懲らしめになるんだろうが。」
取り巻きの会話を聞いてジャスパーはニヤリと口の端を上げる。
「ヒューバートはどんどん優秀になっていく幼い弟が嫌になり咄嗟に木の実で毒を盛った。奴は重い罰を受け、周囲からの期待や羨望は全て蔑みに変わる。」
ジャスパーは残酷なシナリオを淡々と語る。オズの背を冷や汗が流れた。
「あの木の実一つなら意識を失うだけで次期に目は覚める。目覚めた弟は、そんな兄をどう思うだろうなあ。」
ブチンと、オズワルドの中の何かの糸が切れた。だが取り敢えず証拠は押さえなければならないので、一旦堪える。ヒューバートは横で言葉を失っていた。
「ヒューバートは事前にこの場所に呼び出してある。そろそろ来る頃だろう。俺達はあいつが毒を盛るところを見たと言えば良い。」
そういえば、ヒューバートはさっき〝丁度庭園に呼ばれている〟と言っていた。オズはちらりと彼を見る。ヒューバートの顔は真っ青だった。
「あいつも抵抗するだろうし、事件に違和感を持つ者も出てくるだろうが、公爵家に圧を掛けられたら誰も逆らえまい。」
(そうか。そうだったのか‥‥。)
これが『アルバート毒殺未遂事件』の真相だった。
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