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39.体育祭当日、重低音ボイスが響き渡る

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 体育祭当日。賑やかな空気が心を浮つかせる。

「郷田くん、もうすぐ放送係の仕事ですよ」
「おう。行ってくるぜ黒羽」

 当日も実行委員の仕事があった。荷物運びだけじゃなく放送係もさせるとは、郷田晃生も使われるようになったものである。

「よう郷田。今日はお互いがんばろうな」
「おはよう郷田くん。晴れて良かったね」
「ご、郷田先輩……本日はお日柄も良く……じゃなくて! 今日もよろしくお願いします!」

 準備期間で一緒に仕事をしてきたからか、実行委員の人たちと仲良くなれたと思う。こうやって声をかけられる程度には恐れられなくなったのだろう。この関係の変化がちょっぴり嬉しいもんだ。
 あいさつを返しながら、放送機器が設置されたテントへと向かう。これを運ぶのも大変だったなぁ。
 一つ深呼吸をしてから放送席に着く。とくに緊張はしていない。こういった肝っ玉もチートボディの恩恵だった。

「では最初の種目、百メートル走が始まりますので選手は入場口に集合してください」

 マイクに口を寄せて、落ち着いた口調で声を発した。重低音ボイスがスピーカーを通してグラウンドに響き渡る。
 すごんだ時の声はものすごく怖いのだが、普通に話せば割とイケボである。郷田晃生の時からすごむことが多く、口数も少ないのでそのことに気づいている奴はあまりいないだろう。

「うわぁ、すごく良い声……」
「え、誰? 今の声って誰なの?」
「こんなに色気のある声……絶対にイケメンだよ~」

 まさか郷田晃生がこういう仕事をすると思いもしないのか、あちらこちらで女子がきゃいきゃいと騒ぎ出す。それをわかっている実行委員の仲間が腹を抱えて笑いを堪えていた。肩をぽんぽんと叩いてくれる先輩もいた。
 体育祭実行委員に選ばれる前は、絶対にこういう扱いはされなかった。俺にならこれくらい気安くしても大丈夫だと思ってくれたのだろう。本当に仲良くなれたものだ。

「さあ始まりました! この百メートル走でどの組が優勝への勢いを引き寄せるのか? 第一走者の気合いは充分。みんな良い面構えだ。みんな応援の準備はできているか? 今、第一走者が……スタートしました!」

 ちょっと調子に乗って実況っぽいことをやってしまう。周りに仲間がいると思うと、こんなにも楽しくなってしまうものなんだな。充実した気持ちで仕事ができた。
 百メートル走が終わり、玉入れ、綱引きと種目が進んでいく。懐かしいなぁ、という気持ちとともに実況をした。
 俺の分の放送の仕事を終えて、自分のクラスが集まっている場所に戻る。良い汗かいたぜ。

「お帰り晃生くん。カッコ良かったわよ」
「晃生の実況マジでウケたよー。けっこう向いてんじゃない?」

 日葵と羽彩が笑顔で出迎えてくれた。羽彩はいつものサイドテールだが、日葵はピンク髪をポニーテールにしていた。体操服と合わさって新鮮さが増しましだ。
 だが、声をかけてくれたのは彼女たちだけではなかった。

「お疲れ様です郷田くん。準備からこの当日まで、本当に大活躍ですね」

 黒羽が労いの言葉をかけてくれる。俺も「ありがとう」と返した。
 この体育祭で一番仲良くなれたのは彼女だった。同じ実行委員として働いてきて、お互いに仲間意識が芽生えているのだろう。俺もかなり話しやすく感じている。

「黒羽もプログラム作成とかがんばってただろ」
「いえ、あたしは郷田くんほどいろいろやっていたわけではないので……」
「何言ってんだ。各種目の段取りを考えてくれていただろ。そのおかげでこうやってスムーズに進行しているんだ。黒羽が大活躍したって証拠だろ」
「郷田くん……」

 眼鏡の奥の瞳が俺を捉える。彼女の大きな目に吸い込まれそうになった。

「ありがとうございます。うん、そう言ってもらえるのは嬉しいものですね」

 緑髪がふわりとなびく。可愛らしい笑顔にドキリとさせられてしまった。……さすがはヒロインの一人だな。

「さっきの放送って郷田くんだったの?」
「びっくりしたよ。なんかいつもとイメージが違ったよな」
「俺も思った。カラオケが上手そうな声だよな」

 何人かのクラスメイトが話しかけてくる。少し前だと考えられなかった光景だ。
 羽彩は俺と同じ不良仲間だったし、日葵は誰にでも分け隔てなく接することのできる優等生だ。この二人が俺に話しかけても、それは例外というか特別なことで、今まで他のクラスメイトが俺に近づくことはなかった。
 体育祭特有の連帯感もあるのだろう。でも、それ以上に黒羽の存在が大きいのではないかと思う。
 大人しい黒羽が郷田晃生と仲良くしている。それが安心感に繋がり、郷田晃生に対する恐れを薄れさせたのかもしれなかった。
 ……実行委員に立候補して良かった。黒羽と一緒に仕事をできて、本当に良かった。

「ふふっ、良かったわね晃生くん」
「青春できてんじゃん晃生ー」

 クラスメイトに囲まれる俺を、微笑ましそうに見守ってくれている女子が二人。温かい眼差しが気恥ずかしくて、俺はクラスメイトの対応に集中したのであった。
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