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第一部

3.順調に幼馴染ルートへ

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 前世での中学時代、宮坂葵は学校のマドンナであった。
 整った外見に大和撫子のようなおしとやかな性格をしていた。クラスの中心になる、というタイプではなかったが誰もが彼女を意識していた。
 小学校も共にしていたのだが、その頃は子供らしく遊び回ることに夢中で女というものに興味なんて持っていなかった。ようやく色気づいた頃には俺みたいなファンが多く、そんな彼女に接することができなかったのだ。
 中学を卒業してからの彼女がどうなったかは知らない。面倒だと思って同窓会にも出なかったから知りようがないのは当然だ。逆行転生するとわかっていればちゃんと情報収集したというのに。
 まああれだけ美人だったのだ。きっと良い人を見つけて幸せな家庭でも築いたのだろう。
 だが、今度は俺が宮坂葵と幸せな家庭を築いてみせる! 前世とは違う結末を迎え幸せになるのだ。
 そのために小学校に入学したらすぐにアタックしようと思っていたのだが。

「まさかこんなに早く会えるとは……」
「俊成くんどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」

 きょとんとする葵ちゃんに首を振る。よくよく見てみれば中学時代のマドンナだった宮坂葵とどことなく似ている。やっぱり本人なのだろう。
 今日も今日とて俺は公園で葵ちゃんと遊んでいた。
 葵ちゃんは運動するよりもおままごとのような女の子らしい遊びをするのが好きのようだ。俺は役者気分でおままごとを堪能していた。

「パパ、はいあーん」
「もぐもぐ。葵の作ったご飯は美味しいなぁ」

 葵ちゃんは泥団子を作って俺の口元に持ってくる。口を動かして食べるフリをする。さすがに三歳児でも泥団子を口の中に入れないという常識はできている。
 おままごとをする時は俺がパパ役。葵ちゃんがママ役で彼女が持っているお人形さんは娘役になっていた。ちなみに配役やストーリーを考えるのは葵ちゃんの役割だ。
 前世での自分が三歳児の頃だったらおままごとなんて、と嫌がっていただろう。なんだかんだで鬼ごっこやドッヂボールのような体を動かす遊びの方が好きだったから。
 でも今の自分なら微笑ましい気持ちで遊んでいられる。子供の笑顔とはなんて心が温まるものなのだろうか。
 それに、葵ちゃんが俺が幼馴染にしたい子ナンバーワンであるあの宮坂葵というのなら気合も入るというものだ。しっかりと好感度を上げて結婚ルートに乗っかるのだ。
 そんな風に考えながら公園通いを続けていた。葵ちゃんの母親からも娘の友達の俊成くん、と認識されるようになった。将来お義母さんと呼ぶ予定の相手だ。こちらの好感度アップもかかせない。
 葵ちゃん相手には仲の良い、それでいて頼りがいのある男として振る舞う。お義母さんには聞き分けのある良い子として接するようにした。
 宮坂親子の俺に対する好感度が上がっていくのがわかる。こうしてみると子供としての生活も悪くないものだと思った。
 そんなある日、唐突に俺の度胸が試される事件が起こった。
 いつものように葵ちゃんがいる公園にやって来た。子供の声で騒がしいのはいつものこと。だからその光景を目にするまで気づかなかったのだ。

「やめて! やめてよ!」

 葵ちゃんが泣いていた。
 四人の男の子が葵ちゃんを取り囲んでいた。男の子の一人はお人形さんを持っている。それは葵ちゃんのものだった。

「ヘイ! パスパース」
「ほーらこっちだー」

 葵ちゃんが泣きながらもお人形さんを取り戻そうとする。だけど男の子はお人形さんを放ると他の男の子へと渡してしまう。お人形さんを追いかけて葵ちゃんが次の男の子へと向かう。それが何回も続いていた。
 明らかにいじめ現場だった。
 葵ちゃん一人に相手は四人。しかもちょっとだけ背が高い。おそらく年上なのだろう。
 今日に限って大人の姿はなかった。俺も葵ちゃんもそれなりに公園という場所に慣れたと判断されたためか親はついて来ていなかった。
 他の子供達もこのいじめに気づいてはいるようだが、遠巻きに見ているだけだった。そりゃそうだ。この時間帯の公園であの四人組は一番の年長者。子供の中で逆らえる者なんていやしない。
 なぜこんなことになってしまったのか。かわいい娘にちょっかいをかけたいお年頃というやつなのか。
 ちょっとした悪戯ならかわいいものだと笑ってやれるが、これは明らかにやり過ぎだ。子供は無邪気な分、やっていいことと悪いことの判断がつきにくいものなのだろう。
 大人がいれば簡単に収められる現場。でも今はいない。
 だから俺が動いた。

「ぎゃっ!?」

 ちょうどお人形さんをパスされた男の子の背後からドロップキックをお見舞いしてやった。その男の子は顔面から地面へダイブして倒れた。そして泣いた。

「何やってんだコラー!」

 我ながらなんてソプラノボイス。三歳児の怒鳴り声なんて怖くないな。

「な、なんだよお前……」

 それでもいじめていた男の子達をひるませるには充分だったようで。葵ちゃんをいじめていた動きが止まった。登場が派手だったから意図せず威嚇になったようだ。
 子供のケンカに頭を突っ込むことくらい怖くなんかない。しかし相手の人数は多く、年齢も一歳か二歳は上だろう。この時期の成長はバカにならんからな。
 相手は全員自分よりも目線が上だ。前世で一応のケンカ経験があるとはいえ、真っ向勝負をすれば勝ち目はないだろう。
 だが、ここで退くわけにはいかない。幼馴染を助けずして幼馴染として胸を張れるはずがないからだ。

「お前等……これ以上俺の葵ちゃんを傷つけようって言うならな」

 静まり返った公園で、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
 ビシッ、といじめっ子達に人差し指を突きつける。

「お前等の親に言いつけてやるからな!」

 子供にとってこれは効果抜群だ。まだまだ親とは絶対的な存在。悪いことをしたらちゃんと怒られてきた子達なら抗いようのない魔法の言葉だ。
 思った通り、いじめっ子達はたじろいだ。

「くっ……おい行くぞ」
「くそっ、憶えてろよ!」

 なんて三下なセリフ。おじさん君達の将来が不安になっちゃうよ。
 いじめっ子達は去って行った。自分でやっておいてなんだけど泣いている子が心配になった。大したケガはしてないとは思うんだけど、さすがにあんな小さい子供を蹴るだなんてちょっと罪悪感。
 それでも葵ちゃんを放っておくよりは全然いい。俺は地面に落ちてしまったお人形さんを拾うと軽くはたいて汚れを落とす。

「葵ちゃん大丈夫? はいこれ」

 涙でぐちゃぐちゃになっている葵ちゃんの目からさらに涙が出てきた。え、あれ?

「うええええん!」

 泣きながら彼女は俺にしがみついてきた。すごく怖かったのだろう。しわになるくらい服を掴まれて、葵ちゃんの怖かったという感情が伝わってくるようだった。
 そんな彼女の頭を優しく撫でる。背中もポンポンと叩いてあげる。泣き止むまでずっとそうしていた。


  ※ ※ ※


「今日は本当にありがとうね。さあ食べて食べて」
「あ、いえ、お構いなく」

 葵ちゃんが泣きやんでから、俺は彼女を家へと送り届けた。あんなことがあってそのまま公園で遊ぶわけにもいかなかったのだ。
 葵ちゃんを家に送り届けると彼女の母親に出迎えられた。そこでまたいじめられたことを思い出しでもしたのか、葵ちゃんが大泣きした。
 彼女はつっかえながらもことのあらましを話した。ちゃんと俺がいじめっ子を撃退したことも話してくれた。
 聞き終わると葵ちゃんのお母さんは俺に感謝を述べた。それだけじゃ気が済まないということでお菓子とジュースを御馳走してくれるという状況となったわけである。

「それにしても俊成くんは本当にしっかりしているわね」
「いえいえそんな」

 娘を助けたというのもあって葵ちゃんのお母さんの俺を見る目がキラキラしている。隣にいる葵ちゃんの目もキラキラしていた。涙はもう溜まっていない。

「俊成くんがいれば葵も安心できるわね」
「うんっ」

 それは俺に葵ちゃんをくれるということですかお義母さん!
 おっと、自制しろよ俺。がっつく男は嫌われる。
 尻のあたりがムズムズしながら宮坂親子の会話に耳を傾ける。お菓子もちゃんと食べておく。子供がこういうのを残すのは却って失礼にあたるだろうからね。

「それにしても公園も危ないのね。そうだわ。お人形さん遊びをするんだったらお家ですればいいのよ」

 名案だと言わんばかりに葵ちゃんのお母さんが手を叩いた。
 それってつまり……この家に来ていいってことなのか?

「あの、お家にお邪魔してもいいってことですか?」
「もちろんよ。俊成くんなら歓迎だわ」

 俺への信頼か。宮坂家へ上がらせてもらえるようになった!
 やった! やったぞ! これはもう幼馴染ルートに入ったと言っても過言じゃないんじゃないだろうか! 親公認ってことだろ。
 興奮を顔に出さないようにして、俺は「じゃあまた遊びに来ます」と紳士的に言った。
 幼馴染とは親からも認められてこそだからね。この時点でかなりリードしたと言っていいだろう。
 このまま順調にいけばいずれ葵ちゃんから「将来お嫁さんにしてね」という言葉をいただけるのも近いはず。ぐふふ、未来が明るいぞ。
 結婚という夢に向かってまっしぐら。将来が楽しみになってきた。
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