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第一部

2.公園デビュー

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 順調にベイビー時代を過ごした。この辺の時期は記憶がなくてもよかったんじゃないだろうか。正直きつかったとだけ言っておく。
 なんとか歩けるようになって食事も一人でできるようになった。両親がとても喜んでくれたけど、俺自身ものすごく嬉しかった。不自由から解き放たれて泣いてしまったくらいだ。子供は涙もろくていけない。
 そんなわけで三歳になってようやく公園デビューした。
 公園デビューって何歳くらいからが適正なんだろうか。今のところ辿り着いたばかりの公園を眺めている範囲では年下も年上もいるようだった。
 平日の昼間という時間帯というのもあり、小学生の姿すら見えない。前世基準になるけど公園で遊ぶ子供って段々と減ってしまうんだよな。やはり家でゲームとかパソコンで遊んでいるからなのだろうか? 現時点ではどちらもそれほど発展していない。もちろんスマホなんて便利アイテムなんてものも存在していない。ソシャゲ? とかいうのを若い社員がやっていたようだが俺にはよくわからんかった。
 外でしっかりと体を動かして遊ぶ。それは子供の成長にとって重要な意味合いを持つはずだ。
 よく遊び、よく食べ、よく寝る。子供の成長にとって基本だろう。できるなら前世よりも体を大きくしておきたいものだ。

「えっと……」

 とはいえどうしたものか。
 無邪気に走り回る子供達。遊具で楽しそうにしている子供達。砂場で何か作っているのか没頭している様子の子供達。
 この中に、どうやって入っていけばいいのだろうか?
 あれ? 自分が子供の頃ってどうやって友達作りしていたっけか。うーむ、思い出せない。記憶は彼方だ。
 ワイワイと騒がしい公園でぽつんと一人。どうすればいいのかわからなくて背後にいるであろう母親に目を向ける。

「どうもこんにちはー。あら、かわいいお子さんですね」
「うふふ、ありがとう。あなたもお子さんと来たのかしら?」
「ええ、大きくなってきたのでお外で遊ばせようと思いまして」

 おほほほほ。そんな奥さまの会話が聞こえてきた。
 母は母ですでにママ友を作ろうと行動していた。ここで助けを求めるのははばかられる。精神的に無理だ。
 子供の無邪気さなら勢いのまま「いーれーてー」と言えるのだろうが。大人の心がそれを邪魔してくる。だからといって話しかけなければ始まらない。
 これでも営業だってしたことがあるのだ。子供に話しかけるくらいやってみせる。営業部はすぐに異動させられたけども。
 深呼吸して、走り回る子供に目を向けた。

「あの」

 わーきゃー!

「えっと」

 わーきゃー!

「き、君達っ」

 わーきゃー!

「……」

 俺は公園の端っこに移動した。
 これはあくまで戦略的撤退である。休憩も必要だしな。うん、俺は休憩がしたかったんだよ。あー疲れた疲れた。
 大人は井戸端会議に夢中だ。子供はそれぞれの遊びに夢中だ。だから誰も俺のことに気づかない。
 ふぅ、端っこの木陰で一息つく。平日なのにそこそこ人がいるものだ。
 ここならぐるりと全体を見渡せる。そうして見ていると、俺と同じく端っこにいる子供を見つけた。
 仲間に入れてもらえなかったのか、仲間に入れてもらう勇気がなかったのか。どちらにしても俺にとってはチャンスだった。
 まずは一人友達を作ろう。そうすれば友達の輪が広がっていくかもしれない。
 やはり遊ぶのなら友達が必要だからね。遊んで成長して、その中からかわいい幼馴染を作るのだ。
 前世を振り返ってみれば幼馴染にしたい候補はいる。けれどその候補は早くても小学生にならないと出会うことすらできない。
 だからこそ今のうちに子供と接することに慣れておきたいのだ。できれば小学生になる前に女の子とおしゃべりできるようになっておきたいものだ。
 そうは言っても相手は子供。まあなんとかなるだろう。
 端っこでしゃがみ込んでいる子供に近づいていく。背中の中ほどまで伸ばしている黒髪にワンピース。後ろ姿からでも女の子というのがわかる。
 このぐらいの時期の子って男の子か女の子かわからない子もいるからね。これくらいわかりやすく女の子アピールしてくれるとありがたい。

「ねえ君一人? よかったら俺と遊ばないか」

 なんだか軟派な男になった気分。相手はたぶん俺とそう歳が変わらない子供なんだけどね。

「今日はいいお天気ね。お散歩日和だわ」

 うん、そのレスポンスはおかしい。
 なぜか噛み合っていないぞ。しかもこっちを振り向こうとすらしないし。
 もしかして無視されてる? でも誰に話しかけているんだろうか。見たところこの子一人だけしか見当たらないけど。

「お洋服かわいいわ。え? あおいもかわいいって? えへへ、ありがとう」
「……」

 この歳(推定三歳)でやばいことに。スピリチュアルな何かに語りかけるとか将来が心配で堪らなくなっちゃうじゃないか。
 女の子は俺に気づいていないようなので前方に回り込ませてもらう。すると女の子が何に話しかけているのかわかった。
 かわいらしいお人形さんを持っていた。女の子のお人形さんのようで、ドレスのような服を着ている。女子が好きそうだなと思った。
 なるほど。さっきまでのはこのお人形さんに話しかけていたようだ。霊的な何かでなくてよかった。
 このくらいの女の子はお人形さんが好きなのだろうな。おままごととかしているしね。
 目の前に回り込んだというのに女の子はお人形さんに話しかけるのに夢中のようだ。全然俺に気づいていない。
 せっかくなので女の子の顔を確認させてもらうことにした。

「おお」

 思わず声が漏れてしまった。
 期待以上にかわいらしい顔立ちをしていた。目はパッチリと大きく鼻筋が通っている。これくらいの年頃の子どもは男女どちらもかわいらしいものだが、それを差し引いてもこの子は将来美人になるだろうと予感させてくれた。
 まさかこんなところでここまでの美幼女に出会うとは。正直びっくりだ。
 小学生になってから確実に美少女になるであろうあの子にアタックするつもりだったのだが。うむ、この子もなかなか期待できるのではないだろうか。
 頬が緩んでしまう。おっと、これじゃあロリコンみたいではないか。今は俺も子供なので不審者にはならないはずだ。
 膝を折って女の子と同じ目線になる。彼女の視線はやや下方、お人形さんに釘付けだ。
 ここまで接近して未だに気づいた様子がないとは。なんだか簡単に誘拐されそうで心配になる。
 しばし女の子を眺める。他の子供達の賑やかな声が遠くに聞こえる。
 じーっと見つめていると、不意に女の子が顔を上げた。

「こんにちは」
「ッ!?」

 ニッコリと笑いながらあいさつをすると女の子の体がビクリと跳ねた。驚かせてしまったようだ。
 女の子は驚きに目を見開いている。大きな目がさらに大きくなった。なんか瞳がキラキラしてる。

「う、うぅ……」

 キラキラしてるかと思ったのは涙を溜めていたからだった。え、泣くの?
 これには俺も焦る。小さな女の子を泣かせるのはどんな理由があろうとも悪だ。

「あ、怪しい者じゃないよ! 泣かないで。ね?」

 涙を零させまいとあやしてみる。その甲斐あって女の子は目に溜めた涙を引っ込めてくれた。

「あの……あの……」

 泣かせずに済んだけれど、女の子は下を向いて言葉に詰まってしまったようだった。おそらく引っ込み思案なのだろう。まあ一人だけ端っこでお人形さん遊びをしていたから察していたけれど。
 まずは友達になるために自己紹介だ。それは大人も子供も関係ないはずだ。

「俺の名前は高木俊成っていうんだ。よかったら君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「……葵」

 ぽつりと、女の子は自分の名前を口にした。
 フルネームじゃないのか。これって下の名前だよね。いいのかないきなり下の名前で呼んじゃっても。
 自分と同い年くらいであろう女の子にドギマギしちゃっている元おっさんがいた。というか俺だった。
 ええい! 何をしているんだ自分。動揺するな。これくらいスマートに振る舞えなくてどうする!
 深呼吸をして覚悟を決めた。

「じゃあ葵ちゃんって呼んでもいいかな? 葵ちゃん、俺と友達になってください」
「え?」

 想いをストレートにぶつけた。
 戸惑う様子が見て取れる。だけどここで退くわけにはいかない。押せ押せでいくのだ!

「葵ちゃんと遊べるなら俺なんでもやるよ。おままごとでもどんと来い! パパ役でもいいぞ」

 俺の言葉にしばしぽかんとしていた葵ちゃん。外したか? と心配になっていると彼女は笑顔の花を咲かせた。

「本当? 葵のおともだちになってくれるの?」
「もちろん」

 力強く頷いた。葵ちゃんはえへへと笑う。かわいいな。

「じゃあじゃあ、おままごとしたい」
「いいよ」

 俺と葵ちゃんはおままごとをして遊んだ。なんだか爺さんが孫を相手にする気持ちがわかった気がする。いや、前世でも孫どころか子供もできたことがないんだけどね。
 夕暮れになるまでおままごとで遊んだ。さすがに日が暮れてくると子供達も家に帰っていく。騒がしかった公園は段々と静かになっていった。

「俊成ちゃーん。そろそろ帰るわよ」

 それは俺も同様だ。母がこちらに向かって声をかける。

「俊成くん……、帰っちゃうの?」

 葵ちゃんがまた目に涙を溜めてしまった。こんな目をされてしまうと焦ってしまうな。彼女を泣かせまいと安堵させるように微笑む。

「うん。今日はもう帰らなきゃいけないけど、また遊ぼうよ」
「本当に? また会える?」
「もちろんだよ。また明日にでもこの公園に来るよ」
「約束よ」

 葵ちゃんはなんていじらしかわいいんだろうか。彼女には悪いがほっこりさせられた。

「葵ー?」
「あっ、お母さん!」

 葵ちゃんを呼ぶ女性の声がしたかと思えば、当の葵ちゃんは嬉しそうにその女性の元へと走って行った。どことなく葵ちゃんに顔立ちが似ている女性だ。いや逆か。どうやら母親らしい。
 やはりまだまだ親が恋しいのだろう。微笑ましい気持ちで見ていると、葵ちゃんの母親が俺に気づいた。

「あら、もしかして葵と遊んでくれていたのかしら。ありがとうね。えっと……」
「あ、私は……、俺は高木俊成です。葵ちゃんとは今日友達になってもらいました」

 危ない危ない。目上の人相手だとかしこまった言い方になりそうになるな。今のもけっこう硬かったかもしれないけれど。まだ三歳なんだから無邪気にならねば。

「自己紹介ができるなんて偉いのね俊成くん。よかったらこれからも葵と仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんです」

 はきはきと答える。こういうのはしっかりと受け答えができる方が親御さんの印象が良いからね。

「こちらこそうちの俊成と仲良くしてやってください」
「俊成くんのお母さんですか? いえいえ、こちらこそ」

 こちらこそこちらこそ、謙虚な譲り合いのような応酬が少しだけ続いた。

「バイバイ俊成くん」
「うん、またね葵ちゃん」

 親同士のあいさつも終わったところで帰ることとなった。葵ちゃんが小さく手を振るので俺も同じように手を振った。
 顔がほころんでしまうほどのかわいさだ。今日公園に来てよかったな。

「お友達ができてよかったわね」
「うん」

 帰り道、母と手を繋ぎながら会話をする。

宮坂みやさかさんか……。仲良くできそうな人で安心したわ」

 ……ん?
 母の何気ない言葉に引っ掛かりを憶えてしまう。手を繋いでいたからか俺の様子に母が気づいた。

「どうしたの?」
「宮坂さんって?」
「ああ、葵ちゃんの名字よ。あー……名字っていうのはね、上の名前みたいなものよ。うちは家族みんな高木でしょ。それと同じように葵ちゃんの家族はみんな宮坂っていう名字なのよ」

 母の説明に俺は呆然としたまま頷く。体はなんとか動いてくれたものの、頭は彼女のことで占められていた。
 宮坂みやさかあおい。その名前は知っていた。むしろ転生してからすぐに思い出した名前でもある。
 彼女は前世の俺と出会っている。彼女とは小中学校を共にしており、とくに中学時代はかなりの美少女に成長していて有名だったのだ。
 そう、宮坂葵は俺が幼馴染にしたい子の筆頭候補なのだ。
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