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本編 第二部(シオン・エンド編)
110. 潔い別れ
しおりを挟むゆっくりとミルクリゾットを食べ終えると、タルボとレフが顔を出した。
シオンとの話の前に、彼らにラファルエルをトイレに隠れさせた後のことを説明する。
「……ということで、なぜか鳥が集まりました」
「ほう。鳥ですか。動物を呼び寄せると、雷よりも力を使うのでしょうかねえ?」
「こういったことはよくあるんですか?」
「いえ、そもそもオメガ様が危険にさらされることが滅多とございません。〈楽園〉では、情緒の安定や教育面から、ペットを飼うことを推奨してはおりますが」
レフは顎をなでながら、そう答える。
「ああ、アカシアのオウムみたいな?」
「そうです。動物に好かれやすいのは、使徒様だからだろうとは推測されていましたが、まさか野生の鳥でも味方にできるとは……。奇跡にはまだまだ分からないことが多いようですね」
レフは報告書にまとめたいと言い、僕に許可を求める。僕はもちろん了承した。タルボは窓辺に近づいて、外を眺める。
「ははあ。それで、この間から、そこに鳥が集まっているんですね」
「え?」
ベッドからは、外の景色がよく見えない。
僕がベッドを降りようとすると、シオンが僕を腕に抱えた。
「こうすると見やすいかと思います」
「あ、ありがとうございます」
少し照れてしまうが、どうやら純粋な親切のようだ。顔を赤くする僕に、タルボとレフが生温かい視線を向ける。
それはともかく視界が上がり、外の様子が見えた。
庭の木々に、数羽の鳥がとまっている。驚くのは、種類がさまざまということだ。白い小鳥が飛び立ち、僕の目の前にやって来た。
「ああ、この前の。怪我はないんだね、良かった」
「ピイ!」
すいっと羽ばたいて、小鳥は僕の肩にとまる。シオンが驚きと感心を混ぜてつぶやく。
「すっかりなついておりますね」
「騒がしくしないし、庭に悪さもしないので放っていて良かった」
タルボが胸をなでおろし、他の鳥を気にする。
「あのー、まさかあれが全部こちらに来るなんてことは……?」
鳥達がいっせいに羽ばたいて、空に飛び立つ。タルボだけではなく、僕もビクッとした。全部やってこられると、さすがに怖い。身構えたのは数秒で、鳥達は空中で大きな弧をえがいて飛ぶと、話し合いでもしたかのように、ほうぼうに飛び立っていった。
「どうやらディル様の無事を確認したかったのかもしれませんな」
「ピイ!」
レフの言葉を肯定するかのように、白い小鳥が鳴いた。
「君は帰らなくていいの?」
「ピ!」
小鳥は僕に身をすり寄せる。
「離れる気がないようですね。押しかけペットとは」
「レフ、この子に怪我がないか調べてあげて。タルボ、後でお世話してあげて」
「かしこまりました。さあ、おいで。小さいの」
レフが呼びと、小鳥はレフの腕に飛び移る。
「言葉が分かっているようですね。これは賢い。では、我々は失礼します。ディル様、フェルナンド卿をお入れしてよろしいですか?」
タルボは部屋を辞そうとして、思い出した様子で振り返る。
「ええ」
「レイブン卿がお傍にいるようですから、私は離れますね。くれぐれもよろしくお願いします」
「承知しております、タルボ殿」
シオンが丁寧に返すと、タルボはにこりと微笑んで、レフとともに部屋を出て行った。扉が閉まると、シオンがふうと息を吐く。
「あの過保護な方が、まさか傍を離れるとは」
「僕も驚きましたが、タルボはそこまで野暮ではありませんよ。それより、食後に話すと約束しましたのに、ずれて申し訳ありません」
「いえ、フェルナンド卿も心配しておられましたから。その後、ゆっくり話しましょう」
シオンは僕をベッドに降ろす。壊れ物を扱うみたいに丁寧なので、僕はそわそわとした気持ちになる。
(夜も共にした仲だというのに、どうして今更こんなに恥ずかしいんでしょうか……)
以前からも好感はあったが、むずがゆい感じがある。
シオンが背中側にクッションを置いてくれたので、ゆっくりともたれることができた。
少しして、ネルヴィスがやって来た。
「失礼します。ああ、まったく、空気が甘ったるいですねえ」
ひそかに緊張している僕に対し、ネルヴィスはいつも通りひょうひょうとして、皮肉を口にする。
「ディル様、体調はいかがですか」
「僕自身は問題ありませんが、レフには休むように言われています」
「三日も寝込んだのですから当然ですよ。ふふ。レイブン卿にはお預けでしょうねえ」
にやりと意地悪く笑い、ネルヴィスはシオンをちらりと見る。シオンは爽やかにほほ笑んだ。
「選んでいただけただけでも、身に余る栄誉です。待つ時間もまた甘美ですよ」
「嫌味が通じないなんて、腹立たしい男だ」
直接的に文句を言い、ネルヴィスはじと目をする。
「あの……ネルには申し訳ないとは思うんですが……」
僕が謝ろうとすると、ネルヴィスが僕の口にちょんと指先を当てて、僕の発言を止める。
「どうか、それ以上はおっしゃいませんように。私はあなたを愛していますが、だからこそ、あなたの幸せを願っているのです。ディル様が塔から落ちた時、レイブン卿はなんの躊躇もなく後を追いかけ、あなたを救いました。あなたが選んだ相手がレイブン卿で良かったと思います」
ネルヴィスは穏やかな態度で、真摯な思いが伝わってくる。
「負けたというのに、清々しい気持ちなのです。……まあ、相手がレイブン卿でなかったら、全力で邪魔をしていたでしょうけどね」
「フェルナンド卿、あなたは一言多いと思いますよ。何もわざわざ悪者ぶらなくてもいいでしょう?」
「ふん。レイブン卿とて、私が相手でなければ、ばれないように根回しして邪魔をしたでしょうに」
「ディル様にふさわしくなければ、私がそんな真似をしなくても、タルボ殿がとっくに追い出していますよ」
「否定はしないんですねえ。ふふふ」
ネルヴィスとシオンはまるで悪友のように、遠慮なく言い合った。
婚約者候補として天秤にかけ、ネルヴィスを振ることになったのに、心配していたほどの気まずさはない。
「ネル、あなたと結婚はできませんが、あなたの優しさや気遣いはありがたく思っていました。どうかあなたにも幸せがあるようにと、祈っています」
友人でいられたらと思う気持ちはあるが、それはネルヴィスには残酷なことだろう。胸によぎるのは寂しさだろうか。
「ありがとうございます。神の使徒様に祈っていただければ、きっと素晴らしい縁を得られるでしょう。婚約者候補ではなくなりましたが、どうか残りの期日も旅を楽しんでいってください。それから……これは私のわがままですが、よければ手紙のやりとりくらいはさせていただけませんか。文通友達として」
僕はちらりとシオンのほうを見る。
「ディル様、どうかあなたのお好きなようになさってください。行動の自由を奪いたくはないのです」
「ありがとうございます、シオン。では、ネル。僕からも手紙を書きますね」
僕がレイブン領に嫁いだら、フェルナンド領とは距離がありすぎて、一年に数回程度の手紙しか行き来しないだろう。友人なら、それくらいでちょうどいい。
ネルヴィスは静かに頷いた。
「もし許していただけるなら、結婚式に招待していただけませんか。あなたがたの門出を、祝福させてください」
最後に願いを口にすると、お辞儀をして部屋を出て行った。
婚約者候補として負けたから、結婚式に参列すれば、客が不愉快な噂をするのは目に見えている。それでも、僕達のことを祝いたいというのだから、ネルヴィスは大したものだ。
「フェルナンド卿、寛大な方ですね。王家には期待していませんが、あの方がいれば、この国の未来は安泰かもしれません」
「そうですね……」
「ディル様、どうかなさいました?」
「いえ、招待の件は社交辞令でしょうか。それに、期日まで、本当にのんびり居座っていていいのか……」
「フェルナンド卿は、ディル様への気持ちに関しては、いっさい嘘はつきませんよ。招待の件は気まずければ出さなくてもいいでしょうが、期日までの滞在は遠慮しなくていいかと。フェルナンド領に隠れていた邪教徒が、ディル様をさらったのは事実なのですし、あなたは三日も寝込んでいたのですよ」
僕はここに来て初めて、事件の顛末を知らないことに気づいた。
「そういえば、あの人達はどうなったんです?」
「騎士団が神殿を制圧しましたよ。三日の間に、全て片が付きました。アカシア様も、ペットのオウムのおかげで、無事に見つかったそうですよ」
「どういうことです?」
ペットの話題が出て、僕は不思議に思う。
シオンが言うには、アカシアのオウムが、アカシアの居場所を当て、そのおかげで救出できたそうだ。
「使徒との間に、何か絆でもできるのかもしれませんね。先ほどの小鳥も、ディル様の強い味方になればいいですね」
「うーん、どうなんでしょうか。ところで、アカシアに怪我は?」
「傷一つないとのこと、ご安心ください。しかし、誘拐されたのが怖かったようで、あの辺り一帯は嵐に見舞われたようです。川が増水していますから、しばらくは川の近くには寄らないでくださいね」
アカシアのほうも一件落着と聞いて、ようやく全てが終わったという心地になった。
「では、今度は私と話をする時間ですよ」
シオンはベッドの脇に座り、僕と向き合った。
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