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本編 第二部(シオン・エンド編)
109. シオンの心配
しおりを挟む唐突すぎる問いに、僕は驚きすぎて、ゆっくりと瞬きをする。落ち着いたら話そうと思っていたのに、まさか先にシオンから質問されるとは。
「な、なんで」
動揺する僕に、シオンは話し出す。
「あなたは〈楽園〉で大事にされて育ったはずです。剣術といっても、素振りがメインで実戦的なことは教えていません。たいていの貴族は――いえ、喧嘩相手となる兄弟でもいない限り、訓練していなければ、とっさに相手を殴ったり蹴ったりなどはできません。男でも、躊躇するものです。非力な方なら特に、物を投げるとか物で殴るとかを選びますよ」
あれができたのは、前世でつちかった護身術だからだ。
(シオンの言う通り、稽古でも相手を蹴るのは怖かったな……)
ちょっと剣術をかじった程度の、過保護に守られている貴人には無理な行動だと、シオンは指摘しているのだ。
「しかし、分からない。オメガの発情期のフェロモンは本物でした。見た目もまるっきりディルレクシア様です。影武者か兄弟か分かりませんし、〈楽園〉が何を考えて替え玉にしたのかも分からない。でも、前から違和感はあったのです。大事にされているはずなのに、あなたは以前に比べてずいぶん悲観的ですし、自信をお持ちでない。婚約者候補で遊ばなくなったかわりに、人となりを見ようと、選択が慎重になられた。まるで恋人にトラウマでもあるかのようです」
シオンの推理は見事だ。的中ではないものの、近いところを突いている。
「もし〈楽園〉で不遇にあっているのでしたら、私は今すぐにでも、あなたを領地に連れ帰りたく思います。どうか守らせてくださいませんか」
僕の目から、ほろりと涙が落ちた。
なぜだかたまらなくなって、僕はシオンの首に抱き着く。
「シオン! シオン、シオン……」
「はい。やはり何か」
「大好きです!」
「……え?」
決意を秘めたシオンの固い声が、困惑で揺れる。
「ディルレクシアではない僕でも良いと言ってくださるなんて! しかも助けてくれようとするなんて、あなたは騎士の鑑ですね」
「……ディル様?」
僕はシオンから離れると、彼の顔を両手で包んで、うっとりと眺める。
「今、僕が元気だったら、幾夜でも過ごしたいとお誘いしているところです」
シオンの頬に赤みが差す。
「刺激的なお誘いに釣られそうですが……」
数秒の葛藤の後、シオンは僕をぎゅっと抱きしめ、耳元で問う。
「私の助けが必要ですか?」
「いいえ」
「あなたの状況は、安心していいものなんですね?」
「そうです。食事を終えたら、全てお話しします」
返事をしたものの、シオンの腕の中にいると心地よく、ずっとこのぬるま湯のような温かさにひたっていたくなる。
愛は……温もりは僕にとって、遠いものであり憧れで、手に入れたかと思えば幻のように消えてしまうものだった。
幼い頃の自分を、ふいに思い出す。ひとりぼっちで寂しいと泣いていた自分も一緒くたにして、癒されていくようだった。
「食事の間も、傍にいてくれませんか」
望みを口にするのは、今でも少しの勇気がいる。簡単なお願いでも、相手の顔色をうかがってしまう。
「ディル様がお望みでしたら、いくらでもお傍におりますよ。もちろん、望まれなくても共にいたいですが」
やわらかく微笑むシオンは、春風のようだった。
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