457 / 508
第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編
#12
しおりを挟む皇国暦1560年5月5日。イマーガラ家上洛軍は予定通り、タ・クェルダ家が支配する同盟領シナノーラン宙域へ進入した。程なくして前哨駆逐艦が複数の宇宙艦隊の接近を探知する。
「前哨六番駆逐艦『ズバート14』より報告。タ・クェルダ軍第2、第3宇宙艦隊を確認。出迎え艦隊です」
総旗艦『ギョウビャク』の艦橋で筆頭家老のシェイヤ、次席家老のモルトスと、オンライン通信での打ち合わせ中にその報告を受けたギィゲルトは、軽く頷いて航行用ホログラムに表示された、二つの艦隊の反応に眼を遣る。
「第2艦隊はタ・クェルダ家のご嫡男、クローン猶子のカーティス・シーロ=タ・クェルダ様。第3艦隊は“タ・クェルダ四天王”の一人、バルバ=バルヴァ殿が司令官ですな」
通信ホログラムスクリーンの中でモルトスは、タ・クェルダ家の出迎え艦隊の司令官が、誰であるかを口にした。それをさらにシェイヤが捕捉する。
「ご当主のシーゲン様は、カイ宙域におられるため、その名代としてご嫡男のカーティス様が、お出迎えに参られたのでしょう。ご丁重な事です」
シナノーラン宙域では未だ、タ・クェルダ家に対して抵抗を続けている勢力が、複数存在している。シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダは、クローン猶子で次期当主と目されるカーティス・シーロ=タ・クェルダを総司令官とし、重臣のバルバ=バルヴァに補佐をさせて制圧部隊を編制、それら抵抗勢力の討伐に当たらせていたのだ。それが今回のイマーガラ家上洛軍の航過に際し、同盟の誼で出迎えにやって来たのである。
両部隊の距離が縮まると、タ・クェルダ艦隊の方から通信要請が入る。ギィゲルトが応じるように命じると、通信ホログラムスクリーンに姿を見せたのはカーティスであった。長い金髪を頭の後ろでまとめた細身の青年で、カッ!…と見開いた眼が見るからに血気盛んそうな印象を与える。さらに別スクリーンで、補佐役のバルバ=バルヴァの如何にもいくさ慣れしたという、重厚な顔も現れる。
「我がシナノーラン宙域へようこそ、ギィゲルト殿!」
血気盛んな印象通り、いきなり強い口調で挨拶の言葉を述べるカーティス。礼を失しているとまでは言わないが、同盟相手の当主に対するには些か不躾だ。別スクリーン内のバルヴァが僅かだが顔をしかめる。ただ当のギィゲルトは、気にするふうも無く、鷹揚に言葉を返す。
「我が上洛軍の航過を認めて頂いたこと、まことにかたじけない、カーティス殿。これも両家の友誼があったればこそじゃ。“友とはまこと得難いもの”と、お父上にも伝えてくだされ」
「相分かった!」
少々ぶっきらぼうな返答に、たまらずバルヴァが口を挟む。
「若殿。もう少し、お言葉遣いを…」
「無粋な事を言うな、バルヴァ。名高きギィゲルト・ジヴ=イマーガラ殿を前にした、我が覇気を理解せんか」
「………」
叱りつけるように言うカーティスに、バルヴァは無言のまま、そういう問題ではないのだが…と苦々しげな表情で唇を歪めた。ギィゲルトは穏やかな笑い声を交えて告げる。
「ホッホッホッ…若いお方は、前向きである事が第一。今のご自分を大切になさるが、宜しかろうと存じまするぞ」
するとカーティスは、我が意を得たりといった顔でバルヴァに言う。
「どうだバルヴァ。ギィゲルト殿もこのように申されておる!」
「は…」
畏まるバルヴァだが、その眼はカーティスに対して、“ギィゲルト様に気を遣って頂いておるのが、分からんのかこの子供は…”と言いたげだ。
オ・ワーリのノヴァルナ・ダン=ウォーダ。ギィゲルトの嫡男ザネル・ギョヴ=イマーガラ。そしてこのカーティス・シーロ=タ・クェルダの三人は、奇しくも三人とも今年で二十二歳の同い年だった。またイースキー家のオルグターツは二十四歳であり、ほぼ同年代である。しかしその人間性は四人とも全く違っている。
ギィゲルトの見立てでは、ノヴァルナは苛烈な印象と裏腹に、実は非常に思慮深いものの、敵を作り過ぎる帰来がある。またオルグターツは、どこからどう見ても暗愚であって話にならない。
そしてこのカーティス…今回初めて言葉を交わしたのだが、覇気に富む反面、全般的に短慮なようにギィゲルトには思えた。ただ彼等と比較しても、やはり自分の嫡男であるザネルは、弱々しく感じてしまう。足を使う球技の『スコーク』や、芸術的趣味といった、自分の“好きなもの”には情熱的なのだが、星大名として戦国の世を生きるために必要な、“図太さ”が足りていないのである。そういうこともあって、どうしても自分の子の星大名の素養を彼等と比べてしまう。
そんな気持ちのギィゲルトに、カーティスは攻撃的な笑みで述べる。
「御上洛の途上でのウォーダ家討伐…ノヴァルナの打倒、宜しいですな。我々も同行したいぐらいです」
それを聞いて眉をひそめるギィゲルト。カーティスはノヴァルナと面識はなく、特に敵対している点もないはずだったからだ。
「ほぅ。ノヴァルナ公に何か、思うところがおありですかな?」
ギィゲルトが尋ねると、カーティスはさも当たり前のように答えた。
「私はあの男が、どうにも気に入りません。元々傍流であったのが、宗家のウォーダ家を二つとも滅ぼし、シヴァ家の姫まで弄ぶだけ弄んで、追い出すとは、非道が過ぎます」
どうやらカーティスは、ノヴァルナに関しての情報に偏りがあるらしく、非常に悪いイメージを持っているようであった。その情報の一端は、同盟国である自分達イマーガラ家が与えたものであるが、ノヴァルナが旧主家であったシヴァ家のカーネギー姫を、弄んで追放したという話などは、タ・クェルダ家内で尾鰭がついたように思われる。情報化がさらに進んだ時代でも、噂にはさらに噂がついて話が多きくなるのは、変わらないようだ。
「さよう。そのような者を放置したままでは、上洛する意味もありませぬからな。正義を為してこその皇都入りが肝要にて」
ノヴァルナについての悪評を否定する必要もなく、ギィゲルトはカーティスの話に乗る形で、ウォーダ家討伐の意義を唱える。するとカーティスは納得と称賛の眼で大きく頷いた。
「なるほど正義ですか。これは頼もしい。流石はギィゲルト殿。良い言葉です」
それを聞き、なおさら苦々しげな表情をするバルヴァ。まるで自分がギィゲルトを褒めてやっているような、カーティスの物言いに心痛を覚えたのだ。ここでわざとらしくてもいいので、“勉強になります”のひと言ぐらい、追従口を付け加える可愛げがあってもよいものを…と思う。
「私も父シーゲンの器量に、一日も早く追いつけるよう努力している。これからも御家との友誼を深めていきたい。宜しくお願い申す」
根拠のない自信家…カーティスにそんな人物評を下したギィゲルトは、愛想良く応じてやった。
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「うむ。ではミ・ガーワ宙域への境界まで、我等が先導と護衛を務め申す。我が艦隊について来て頂きたい」
「これは痛み入ります」
「うむ。では…」
そう言って通信を終えるカーティスに、別スクリーン内のバルヴァは、カーティスの無礼を心底、申し訳なさそうに深く頭を下げ、やや遅れて通信を終えた。
タ・クェルダ艦隊からの通信が切れると、回線を繋いだままギィゲルトの傍らに控えていた、モルトスのホログラムが苦笑しながらボソリと言う。
「普段からあのような振る舞いばかりだとすると、タ・クェルダの重臣達も、きっと困り顔でしょうな」
ギィゲルトも苦笑を浮かべて頷くが、むしろ歓迎する様子だった。
「まぁよい。タ・クェルダの次期当主がああいった手合いなら、むしろ扱い易いというもの。ノヴァルナめとは似て非なる小物よ」
▶#13につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる