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第22話:フォルクェ=ザマの戦い 前編

#11

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 スルガルム星系最外縁部に到達したギィゲルトのイマーガラ艦隊は、遠征の留守を守る嫡男ザネルの第2艦隊と、第27艦隊の見送り部隊を分離して、恒星間航行へ入ろうとしていた。

 第2艦隊旗艦『バリューザン』に乗るザネルは、温厚そうな顔に無垢な笑顔を浮かべて「父上。お気をつけて」と、穏やかな声で言う。脚を使った球技の『スコーク』では、プロ級の技術を持つというイマーガラ家の嫡男は、暗緑色の軍装がまるで似合っていない。

「あとは宜しく頼むぞ、ザネル。これはおまえにとっても、国を治める事を実地で学ぶ良い機会であるからな」

「はい」

 頷くザネルだが、通信ホログラムスクリーンの中のその顔は、どこか頼りなさげだ。ギィゲルトは表情に苦いものを混じらせながら、言い聞かせるように言う。

「周囲の者と、よく意見を交わせば案ずることは無い。しっかりな」

 ザネルとの通信を終えたギィゲルトは、父親の顔になって小さく嘆息した。生前のタンゲンが危惧した通り、あいつは優しすぎる…と思う。そうであるからこそ、イマーガラ家にとって究極の安泰、銀河皇国を事実上支配し、戦乱の世を終わらせなければならない。そのためにもまず、タンゲンの仇でもあるノヴァルナ・ダン=ウォーダは、倒さねばならない相手だったのだ。


 
 スルガルム星系を離脱したイマーガラ上洛軍は、同盟を結ぶタ・クェルダ家が支配するようになった、シナノーラン宙域からミ・ガーワ宙域の端を通過。オ・ワーリ宙域を突き抜ける途中でウォーダ家を討伐し、中立宙域を抜けて皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ向かう。

 統制DFドライヴを繰り返し、シナノーラン宙域へ入るのが5月5日。そこからミ・ガーワ宙域へ入るのが5月11日。トクルガル家艦隊と合流し、ミ・ガーワ宙域を通過してオ・ワーリ宙域へ進入するのが5月14日。
 そして5月18日から20日の間にウォーダ家を討伐したのち、次席家老モルトス=オガヴェイを全権特使として戦後処理に残し、艦隊の修理と整備、そして補給を済ませて、5月30日には出航。6月4日に中立宙域へ入り、6月11日にはキヨウがあるヤヴァルト星系へ到達する。それがイマーガラ家の立てている、キヨウ上洛のタイムスケジュールだった。

 無論、多少の遅延は発生するであろうが、中立宙域を抜けるまでは、ほぼこの通りに進むはずというのが、イマーガラ軍首脳部の予想である。ウォーダ家は数で圧し潰せばよい話であり、それより問題は、ヤヴァルト宙域に入った後に、ミョルジ家がどう動いて来るかだった。

 スルガルム星系最外縁部で統制DFドライヴの準備を進める間、総旗艦『ギョウビャク』の会議室にホログラムで集まった、イマーガラ家首脳部の話題もヤヴァルト宙域へ入ってからの、ミョルジ家への対策ばかりで、ウォーダ家の事はもはや済んだ話の扱いである。

「…問題はやはり、ミョルジ側が実際にどれだけの戦力を持ち、どのように動くかに尽きましょうな」

「ミョルジ家だけではない、彼等と協力関係にある星大名。そして『アクレイド傭兵団』なる連中もいる」

 二人の艦隊司令が懸念材料を口にする。戦力的にはイマーガラ家の上洛軍が上回るはずだが、首脳部にすれば無駄に損害は増やしたくないところだ。そこで筆頭家老のシェイヤ=サヒナンが、以前から考えていた腹案を提示した。

「ノヴァルナ・ダン=ウォーダを討ち、ウォーダ家を屈服させたあと、彼等の残存戦力を、上洛軍に加えるというのは如何です?」

 これを聞き、老臣のモルトス=オガヴェイが、人の悪い笑みを見せる。

「なるほど…先鋒として磨り潰してしまうのもよし。ヴァルキス殿に余計な戦力を与える必要は無い…筆頭家老様らしいお考えだわい」

 ノヴァルナ亡きあとのオ・ワーリ宙域は、ヴァルキス=ウォーダを傀儡として統治させるのがイマーガラ家の戦略だ。そのヴァルキスに、変な野心を抱かせるような戦力を与えないという、シェイヤの戦略は理に適っていた。
 
 さらにシェイヤの構想はそれだけにとどまらない。かつてヤヴァルト宙域へ侵攻して来たミョルジ家と争った周辺宙域の星大名、オウ・ルミル宙域のロッガ家やイーセ宙域のキルバルター家、カゥ・アーチ宙域のハダン・グェザン家などに呼びかけ、連携を図ろうというのだ。

「これらの星大名家は、我等が主家たるイマーガラ家同様、皇国貴族の地位を有する方々。彼等に、ミョルジ家が根拠地としているセッツー宙域…そして母国のアーワーガ宙域への、同時侵攻を要請するのです」

「だが彼等の軍はミョルジ家のヤヴァルト宙域侵攻の際、大損害を受けて敗退している。戦力もようやく回復して来たばかりだろうし、話に乗ってくれるかは、分からんぞ」

 モルトス=オガヴェイがベテラン武将らしい慎重さを見せると、シェイヤはそれも織り込み済みといった顔で応じる。

「実際に動いて頂けるか否かは、問題ではありません。要請を行ったという事実が重要なのです」

 するとここまで、発言をしていなかった主君のギィゲルトが、シェイヤの構想に興味を抱いたらしく、手にしている扇をパチリと鳴らして問い質す。なおこのギィゲルトだけは、自分の総旗艦にいるためホログラムではなく、実体である。

「ふむ…なるほど。
我れが要請を出したという事実があれば、ロッガ家などがどう反応しようと、ミョルジ家やそれに組する者共は、そちらに戦力を割かなければならなくなる…という事であるな?」

「さようです」

 ギィゲルトの明敏さに称賛の眼を向けて、シェイヤは頷いた。肥満体で貴族趣味のイマーガラ家当主は、見た目で鈍重な印象を与えがちだが、そのような者がスルガルム、トーミ、そしてミ・ガーワの三宙域になれるはずも無いのだ。

「承諾して頂ければそれでよし。無反応や拒否された場合でも、ミョルジ家側にすれば、欺瞞行動の可能性を考慮し、やはり戦力を割かなくてはならなくなります。つまりどちらにせよ、敵の戦力を減らせる結果を得られまする」

 淡々とさらに続けたシェイヤの言葉に、他の艦隊司令達も納得顔で一様に頷く。あのセッサーラ=タンゲンをして、自分の後継者はこの女性武将しかない…と思わせた戦略眼の発露に、艦隊司令達の表情も明るかった。

「よかろう。シェイヤの策をとする。ノヴァルナ討伐後のオ・ワーリ宙域に対する占領政策の実施と合わせて、本計画の手筈を整えるようにせよ」

 ギィゲルトがそう宣すると、艦隊司令達は一斉に「御意!」と応じ、その後にモルトスだけが手で頭を掻きながら、シェイヤに対する称賛の言葉を付け加えた。

「いや、剣呑、剣呑。“綺麗な薔薇には棘がある”とは、よう言うたものよ。敵にはしとう無いゆえ、さてはウォーダ家に寝返る事も出来ぬのう………」






▶#12につづく
 
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