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第19話:勝利への選択
#04
しおりを挟むヴァルキスも若いながら、人を見る眼は確かである。鎖国的政策で息をひそめながらも、ノヴァルナとカダールを将来性という名の天秤にかけていた。
その結果、ノヴァルナは傍若無人な振る舞いを隠れ蓑にしているが、実際は戦略眼に富んだ人物で、家中の結束にいまだ不安はあるものの、有望株と言えた。それに結束に不安があるという事は、自分が“つけ入る隙が有る”という事だ。
一方のカダールは、父ヤズル・イセスの治世に消極的な不満を抱いていた、家臣達に担ぎ上げられる形で、謀叛に成功して当主の座に就きはしたが、ヴァルキスの評価はただの傲慢な愚か者であった。
事実、イル・ワークラン家当主となって一年もしないうちに、謀叛の際に自分を支持した者も含んで、半数以上の重臣を粛清。周囲をイエスマンで固めると、領民に対する各種の税率を大幅に引き上げ、大規模な徴兵を行った。これによりイル・ワークラン家の財政収入は向上し、軍備は増強したが、本拠地星系のオ・ワーリ=カーミラ星系とその他の領有星系では経済状況が悪化。経済の牽引役である植民星系の開拓事業は、強引な徴兵で作業員が不足する事態に陥っていた。
これは長期的に見れば、領地と自らの星大名家を弱体化させるため、通常ならば会戦で大敗したあとなどの、ごく短期間の窮余の政策に留めるべきものだ。しかしカダールはこのような政策をもう三年も続けており、しかも期限が設けられていないのである。
このようなカダールであるから共闘と言いながら、当初からヴァルキスに対しても高圧的で、従属的な立場を求めて来ていた。これもまたヴァルキスにとっては、許容できないものだ。
こういった評価に基づき、ヴァルキスはノヴァルナ側につくべきと判断。カダールへは共闘に応じ、一旦ノヴァルナ側へついて数年をかけ信用を得た上で、決戦の場で、ノヴァルナを背後から挟撃する計画を立てたのだが、これは見せかけであって、ノヴァルナに対し全てを洗いざらい打ち明け、ノヴァルナの覇権のため、いわゆる“二重スパイ”の役目を買って出たのだ。
しかも、ノヴァルナ陣営へ加わったヴァルキスは、カダールだけでなく、カーネギー=シヴァ姫の謀叛の兆候も探り出し、ノヴァルナに知らせた上で、こちらにも接触するようになった。
そこでノヴァルナは最も信頼を置く側近の一人、ナルガヒルデ=ニーワスに監視役を兼ねてヴァルキスと組ませたのである。ノヴァルナがキヨウへの旅に出ている間に、情報部とは別に家中の反ノヴァルナ派の動きを探る任を命じられたのも、この事に起因していた。今回はその山場となるカダールとの決戦であり、ナルガヒルデは麾下の第2戦隊を指揮するのではなく、ヴァルキスに同行していたのだ。
ヴァルキスからの情報を得たノヴァルナは、今回の出撃前に極秘の指令を幾つか発していた。その一つが、カーネギー=シヴァ姫の身柄確保である。
ノヴァルナの不在を狙い、キオ・スー城の占領を目論むカーネギー姫は、一旦惑星ラゴンを離れ、共犯者の皇国貴族ジョルダ・カブフ=イズバルトが所有する、荘園星系へ向かおうとしていたのだが、キオ・スー市宇宙港で自家用恒星間シャトルに乗り込む準備をしていたところを、陸戦隊に取り囲まれた。周囲には一般の旅行客も多くおり、皆驚いている。
「貴殿ら、こちらはオ・ワーリ宙域領主にして、高家たるシヴァ家のカーネギー姫なるぞ。無礼であろう!」
宇宙港のロビーで完全武装の陸戦隊一個小隊に包囲され、身をすくめる旅支度のカーネギー姫を庇い、側近のキッツァート=ユーリスが怒声を発する。だがそのような脅し文句で動じるような兵士達ではない。そして居並ぶ陸戦隊の兵士の間を掻き分けて、姿を現したのはカッツ・ゴーンロッグ=シルバータだった。シルバータは恭しく頭を下げながら、硬い口調でカーネギー姫に告げる。
「ご無礼の段、ひらにご容赦を、カーネギー姫様。ノヴァルナ様の命でお迎えに上がりました。キオ・スーの城へお戻り下さい」
「誰がそのような言葉に―――」
声を荒げて拒絶しようとするカーネギー。しかしそれを言い終わらないうちに、キッツァートが「姫様!」と強く呼びかけて遮った。シルバータの“ノヴァルナ様の命”という言葉に、自分が仕える姫の野望が、すでにノヴァルナの知るところであり、もはやあらゆる方向で“詰んだ”事を悟ったからだ。
「キオ・スー城へ…帰りましょう」
「だけど!…」
ここまで来ながら…と言いたげに、カーネギーはキリリ…と奥歯を噛み鳴らす。だがキッツァートがこれまでに聞いた事の無い調子で、「姫様!」ときつく呼びかけると、カーネギーもようやく状況を受け入れたらしい。
「わ、わかりました………」
うなだれながら促されるままに、宇宙港の出口へ向かい始めるカーネギーに、シルバータは難い口調のまま「賢明なご判断、恐れ入ります」と言い、さらに追い討ちをかけておく。
「ハルトリス家のニノージョン星系にも、制圧艦隊が向かっております。また、キラルーク家の方にも手を回しておりますれば、カーネギー様におかれましては、どのような手も打たれる術はございませんでした」
「そう…ですか…」
次第に顔が蒼白になっていくカーネギーを哀れに思いながらも、シルバータは自分の主君カルツェが、同様の道を再び歩む可能性を大きく危惧していた………
▶#05につづく
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