393 / 508
第19話:勝利への選択
#03
しおりを挟むノヴァルナが初陣を迎える二人の身内を祝ったその翌日、先行した第2警備艦隊から、『ウキノー星雲』内にイル・ワークラン艦隊は不在である事を確認した情報が届くと、宇宙艦隊の出撃命令が下された。
『ウキノー星雲』へ移動し、おそらく進出して来るであろうカダール=ウォーダの艦隊を迎撃するのは、ノヴァルナ直卒の第1艦隊、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの第2艦隊、ブルーノ・サルス=ウォーダの第3艦隊、ウォルフベルト=ウォーダの第4艦隊、シウテ・サッド=リンの第5艦隊、カーナル・サンザー=フォレスタの第6艦隊。そして後詰めとしてドルグ=ホルタの第7艦隊がオ・ワーリ=シーモア星系に残留する。
この第7艦隊は、旧サイドゥ家の兵士としてドゥ・ザン=サイドゥの指揮の下、ギルターツ=イースキーと戦って敗北、オ・ワーリへ落ち延びて来た者達をメインに新設された部隊であった。それもあって司令官は、ドゥ・ザンの懐刀であったドルグ=ホルタが任じられている。
旧サイドゥ家の兵を集めて艦隊を編制し、忠誠心的にどうなのか?…という疑問も湧くところであるが、ノヴァルナはかつての主君ドゥ・ザンの娘、ノア姫の夫であり、またドゥ・ザンの遺児リカードとレヴァルも庇護下にあることから、むしろシーモア星系の防衛に積極的であった。
また以前ノヴァルナの弟カルツェが指揮を執っていた第2艦隊は、二年前の謀反で壊滅的打撃を受け、こちらも新編制同然である。初陣を迎えるノヴァルナの身内の二人も、この第2艦隊に宙雷戦隊司令官として参加していた。無論、まだ司令官とは肩書きだけで、実際は参謀役のベテラン士官が指揮を執る形だったが。
約二年ぶりとなるキオ・スー家宇宙艦隊の総出撃。『ムーンベース・アルバ』が置かれた月の周囲に、約550隻の宇宙艦が規則正しく浮かぶ眺めは、壮観の一言に尽きる。
結婚後初の出陣となるノヴァルナはノアの見送りを受け、城の上空に停泊させていた総旗艦『ヒテン』へ搭乗した。ラゴンの蒼空を駆け上がった『ヒテン』は、主君を待つ全艦隊の中へ分け入る。
「定点到着。全艦隊、出港準備完了しています」
『ヒテン』の艦橋にオペレーターの報告が響く。それを聞きノヴァルナはまず、第7艦隊の司令ドルグ=ホルタに連絡を入れた。
「ホルタ殿。シーモア星系はお任せします」
客将であるドルグであるから、ノヴァルナも言葉遣いは丁寧だ。60歳間近のドルグは、ズシリと重みを感じさせる声で応じた。
「殿下の御膝元、一命を賭してお守り致します」
一つ大きく頷いたノヴァルナは、背筋を伸ばし、待機する全艦に命じる。
「これより出陣する。目標、『ウキノー星雲』」
即座に連絡を入れる各オペレーター。
「出陣する」
「これより出陣」
「出陣。目標は『ウキノー星雲』」
やがてノヴァルナは、司令官席の背もたれにかかる僅かな重力の変動に、艦が動き出したのを感じた。公式記録にして、皇国暦1558年11月4日、ラゴン標準時15時34分の事である。
ノヴァルナ艦隊が出港したのとほぼ同じ頃、アイノンザン星系第三惑星イノーザからも、ヴァルキスの率いる二個艦隊が発進した。
ヴァルキス艦隊の総旗艦は戦艦『エルオルクス』。ノヴァルナの『ヒテン』のような総旗艦級戦艦ではなく、通常の戦艦に旗艦設備を備えさせたものだが、合わせて砲戦能力も強化されている。
また艦隊戦力も戦艦20・重巡20・軽巡14・駆逐艦26・空母4・軽空母3と、ほぼ星大名家基幹艦隊二個分と比べても、見劣りしない規模であった。これはアイノンザン=ウォーダ家が、他のウォーダ家以上に長い中立期間を過ごし、財政の向上に努めて来たのと、アイノンザン星系そのものも有力な経済力を持っていた事に由来している。
スイング・バイを行うため、主恒星アイノギアへ向けて航行を開始した『エルオルクス』の艦橋内では、意識を失って床に倒れている三人の男がいた。軍装からするとイル・ワークラン家の士官らしい。その三人の士官を見下ろし、ヴァルキス=ウォーダは“麻痺モード”にしたハンドブラスターを、安全装置を兼ねた“ニュートラルモード”にして、傍らにいる副官に渡した。
意識の無い三人は、すぐに保安科の兵士達がやって来て、まるで荷物のように艦橋から運び出されて行く。それと入れ替わりに艦橋へ入って来たのは、キオ・スー家の軍装を着用している五人組だった。その先頭にいるのは、ノヴァルナの女性重臣のナルガヒルデ=ニーワス。あとの四人を肩章から判別すると二人は情報部、もう二人は陸戦隊の士官だ。しかしノヴァルナ艦隊でも主力の戦艦戦隊の一つ、第2戦隊の司令官で、今もノヴァルナの第1戦隊に随伴しているはずの、ナルガヒルデがここにいるのは奇妙な話である。
「ニーワス殿」
ヴァルキスはナルガヒルデを振り返って、軽く頭を下げた。ナルガヒルデは運ばれる三人を一瞥して問い質す。
「殺したのですか?」
その言葉を聞き、ヴァルキスは僅かに笑みを浮かべて、首を左右に振った。
「まさか。眠らせただけです。生命反応の消失に連動して、イル・ワークラン家へ向け恒星間緊急信号を発する装置を、持ち込んでいるのは確実ですので」
意識の無い三人は、着ている軍装通りイル・ワークラン家の軍人で、情報将校であった。彼等はヴァルキスとイル・ワークラン家のカダールとの連絡係兼、監視役としてヴァルキスの旗艦『エルオルクス』に、乗り込んで来ていたのだ。
「ノヴァルナ様への忠義…これで、証になりますかな?」
ヴァルキスがそう尋ねると、ナルガヒルデは今しがたのヴァルキスのように、無言で首を左右に振った。
実はヴァルキスがこのところ見せていた、ノヴァルナに対する謀叛を画策しているような一連の行動は、すべてノヴァルナの了解のもと、オ・ワーリの統一に向けて宙域内の敵を、炙り出すためのものであったのだ。
アイノンザン=ウォーダ家のヴァルキスは以前から、ノヴァルナに対し敵対的中立の立場を取っていると思われていた。その理由はヴァルキスの父で、アイノンザン=ウォーダ家前当主、ヴェルザーの死にまつわる。
ヴェルザーは、こちらもすでに他界したモルザン=ウォーダ家前当主、ヴァルツと同じく、ノヴァルナの父であったヒディラスの弟であり、ヒディラスのナグヤ=ウォーダ家が家勢を著しく伸長させていた頃、二人の兄に従って戦いの日々を送っていた。
だが余勢を駆ったヒディラスが、隣国ミノネリラ宙域の領主、ドゥ・ザン=サイドゥの本拠地まで侵攻しようとして、『カノン・グティ星系会戦』で大敗した歳、
ヴェルザーは撤退の殿を務めて、戦死してしまったのである。
アイノンザン=ウォーダ家の跡を継いだヴァルキスは父親の死を、無謀な戦いをサイドゥ家に仕掛けたヒディラスのせいだと考え、激しく非難し、それ以後の関係を絶って来た。これがヒディラスの子ノヴァルナが治めるキオ・スー家に対して、アイノンザン家が敵対的中立の立場を取る原因だと言われている。
そしてこれに目を付けたのが、イル・ワークラン家のカダールだ。
三年をかけてイル・ワークラン家の支配権を整えたカダールも、やはりオ・ワーリ宙域の統一を目論んでおり、その最大の敵にして憎悪の対象であるノヴァルナを滅ぼすため、ヴァルキスに共闘を持ちかけて来たのである。
ところがヴァルキス自身はキオ・スー家に対して、そこまでの敵愾心は持ってはいなかった。他のウォーダ家との関係を控えたのは、先代の行った戦いの連続で疲弊した財政と戦力を立て直すためのものだったのだ。キオ・スー家に敵対的中立の立場であると思われているのを否定しなかったのも、当時のヒディラスとノヴァルナには周囲の批判が集まっており、そう思わせておく方が、何かと都合が良かったからである。
アイノンザン家の立て直しに目処がついたところでの、イル・ワークラン家からの共闘の申し出は、ヴァルキスに機会を与えた。共闘すると見せかけてイル・ワークラン家を滅ぼし、家勢を伸ばす機会である。なぜカダールのイル・ワークラン家ではなく、ノヴァルナのキオ・スー家を選んだかは明白だった。
ヴァルキスはノヴァルナより、カダールの方を嫌っていたからだ―――
▶#04につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる