372 / 508
第18話:未来への帰還
#03
しおりを挟む貨物船から飛び出したノヴァルナ達は、接舷していた『サレドーラ』の舷側ハッチを目指す。
一方、突如出現したノヴァルナが放った完璧なドロップキックで、ビーダがぶっ飛ばされた時にはもう、キャビンを逃げ出していたラクシャス=ハルマは、通路の壁で一番近くに設置されていたインターコムに飛びつき、コンテナの並ぶ船倉へ通信を入れた。コンテナのうちの十二個には、中に仮装巡航艦『ワーガロン』から移し替えたイースキー軍の量産型BSI、『ライカ』が収められている。
「ハルマだ! 全機緊急発進し、本船に取り付いていると思われる船を捕らえろ。破壊は許さん。急げ! コンテナごと放出する!!」
単に逃げ足が速いだけではなかった、ラクシャスの素早い対応で、コンテナ内のBSIにパイロットが乗り込むや否や、『ラッグランド58』の船底が開き、全てのコンテナが吐き出される。
ノヴァルナ達を収容中の『サレドーラ』は当然、これを発見するが、まだ離脱する事が出来ない。するとコンテナが放出される様子を映し出した、インターコムの小型スクリーンを見るラクシャスのところへ、ビーダが遅れて逃げて来る。
「ラクシャス。ラクシャス! 大変よ! ノア姫が逃げちゃうわ!!」
腕にしがみついて来るビーダに、ラクシャスは声を緊張させて応じた。
「すでに手を打った。逃がしはしない!」
対するノヴァルナも仲間を急かして、『サレドーラ』の開いたハッチの中に、押し込んでいく。
「早くしろ。時間はねぇぞ!!」
宇宙服の中でそう叫ぶノヴァルナの向こうで、『ラッグランド58』から放出された全部のコンテナが開放され、中から十二機の『ライカ』が姿を現した。
「あぁん。せっかく買い集めたのにぃ!」
スクリーンを眺めてビーダがそう声を上げたのは、ノアの調教部屋にしつらえていたコンテナも、宇宙に放出されて開放。中に用意していた、いかがわしい“責め具”の数々が、無重力の中にバラ撒かれたからだ。
「そんな事を言ってる場合か!!」と叱りつけるラクシャス。
その間に『サレドーラ』のエアロックに飛び込んだノヴァルナは、ハッチを閉めながらナギに連絡する。
「いいぞ、ナギ殿。離脱だ!」
即座に命じる、ブリッジのナギ。
「離脱! 最大加速!!」
だがその時、いち早く体勢を整えた数機の『ライカ』が、超電磁ライフルを構えて、加速を開始した『サレドーラ』に向けて発砲した。船内にガガガン!と鋭く響く振動。銃撃を喰らったらしい。
「左舷重力子ノズルに被弾! 速力低下します!」
オペレーターの報告に、『サレドーラ』の船長はキリリ…と奥歯を噛み鳴らし、自分達の不運を呪った。『サレドーラ』は高速クルーザーで、超空間ゲートを使用できるように、ブラストキャノンなどの武装はしていない。だが潜宙艦と同等の、“高々度ステルスモード”に加え、防御シールドは巡航艦レベルのものを装備していた。しかしそのシールドが張れない重力子ノズルへの直撃は、不運以外の何物でもない。ここへ来てノヴァルナ達の運も尽きたのだろうか。
「ともかく離脱だ。出せるだけの速度で、キヨウ方向へ向かえ!」
船長の指示で、『サレドーラ』は舳先の方向を皇都惑星キヨウへ向けると、一気に加速を開始した。だが左右両船尾に発生させた重力子の、オレンジ色の光のリングは、超電磁ライフル弾を受けた左側のほうが明らかに小さい。それはつまり、全速力を出すのは不可能となったという事だ。
「逃がすな。追え!」
逃走を図る『サレドーラ』を、十二機の『ライカ』が追い始める。無論“高々度ステルスモード”など使用しても、今の状態では効果はない。するとやや遅れて、ビーダ達の乗る『ラッグランド58』も針路を変えて、『サレドーラ』の追跡を開始した。
「どうやら、クーケン達は失敗したようだな」
『ラッグランド58』のブリッジへ、ビーダと共に移動したラクシャスが、苦々しい表情で吐き捨てるように言う。
「あの役立たずどもがぁッ!!!!」
一方のビーダは、完全に男口調に戻って叫びながら地団駄を踏んだ。しかしすぐに自分を取り戻し、言葉遣いを正して船長に命じた。
「急いで頂戴! 大うつけを逃がすんじゃないわよ!!」
ただ民間の貨物船である『ラッグランド58』では、全速力を出しても、『サレドーラ』に追いつけそうもない。片方の重力子ノズルに被弾しているとはいえ、高速が売り物のクルーザーである『サレドーラ』の全速力はやはり速い。
そしてそれは『サレドーラ』を追っている、BSIユニットも同様だった。惑星上での戦闘とは違い、航空機的なBSIなどの機動兵器と、宇宙艦船にはそれほど大きな速度差はない。それどころか最高速度では、より大出力のエンジンを搭載した艦船の方が速い場合すらある。宇宙空間の戦闘において、水上の空母航空戦のように、遠距離からBSI部隊などの小型機動兵器を発進させないのは、こういった理由からだ。
追い縋る十二機の『ライカ』が、まず『サレドーラ』の足を止めようと、しきりに超電磁ライフルを放って来る。それを右へ左へ…上へ下へ、船体を滑らせながら回避する『サレドーラ』。
次々と飛来する亜光速の銃弾。懸命に回避する『サレドーラ』。船尾を銃撃が掠め、エネルギーシールドが火花を散らせて弾丸を逸らせる。
その『サレドーラ』のブリッジへ、ノヴァルナ達が入って来た。それに気付き、ブリッジに設けられた専用席から即座に立ったナギが、歩み寄って声を掛ける。
「ノヴァルナ様、それにみなさん。よくご無事で」
ノヴァルナはノアに寄り添い、肩を支えてやりながら応じた。
「ああ。礼を言う、ナギ殿。ところで状況は?」
「現在の加速度なら、BSI部隊に距離を詰められる事はない、と思われますが、問題は…」
語尾を濁すナギの懸念をノヴァルナも理解した。このままキヨウに向かっても、到着すれば必然的に減速しなければならない。そうなると敵のBSI部隊に追いつかれてしまう事になる。追いつかれてしまうと、非武装の『サレドーラ』には迎え撃つ術はない。
しかしそういった事に抜かりはないのが、ノヴァルナである。「わかってる」と言って頷くと、いつもの不敵な笑みを浮かべて続けた。
「ビーコンを発信したら、あとは俺に任せてくれ」
「ビーコン?」
位置信号の発信を依頼されたナギは、その目的を今一つ飲み込めず、側近のエィン・ドゥと顔を見合わせた………
自分達が追っている船が不意にビーコンを作動させ始めたのを知り、『ライカ』のパイロット達もそれぞれに、疑念の表情を浮かべた。
「ビーコン…何のつもりだ?」
「味方を呼んでいるのか?」
「苦し紛れの、ハッタリかも知れんぞ」
「いや。だがセンサーには、あの船以外の反応は無いが…」
するとやがて追っている船―――『サレドーラ』が加速を停止した事をセンサーが感知し、コクピット内の戦術状況ホログラムに、その状況が表示された。無論、宇宙空間での話であるから、慣性が働いてはいるが、加速を継続しているBSI部隊が一気に距離を詰め始める。
「どういう事だ?」
「どうする?」
困惑する『ライカ』のパイロット達。彼等で問題なのが、ビーダが部隊指揮官を兼任しており、現場に明確なリーダーがいない点であった。イースキー軍の正規パイロットである事は確かなのだが、軍事的な事は素人のビーダが別々の部隊から、手空きの者を搔き集めた、いわゆる“寄せ集め”だったのだ。
そんな彼等に、『ラッグランド58』でも『サレドーラ』の動きが変わった事を知ったビーダが、通信を入れて来た。
「敵の動きが鈍ったわ。チャンスよ! 早く仕掛けなさい!!」
▶#04につづく
0
あなたにおすすめの小説
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる