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第15話:風雲児VS星帥皇

#10

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 超然としたところはあっても、ノヴァルナも人の子である。自分の愛する女性が見知らぬ男と距離を詰め、親しげに話しているところを見掛けて、何とも思わないはずがない。
 ましてや最近の一連の戦いで、精神的に疲労を感じていた時となると、自分の呼び掛けに振り向いた時の、ノアの気まずそうな表情と、「あれ…どうしたの?」という嬉しくなさそうな物言いに、不機嫌さも増そうというものだ。

「どうしたの…って、やっとキヨウに着いたけど、おまえ、いねーから、わざわざ迎えに来てやったんじゃねーか」

 いつものノヴァルナより変に引っ掛かる言い方に、ノアは眉をひそめた。二人の間に明らかに齟齬が生じた瞬間である。ノアからすれば、スレイトンの口から『ベラルニクス機関』の名が出た事に危惧を覚えた直後、タイミング悪くノヴァルナが現れたため、思わず出てしまった言葉なのだが、ノヴァルナがそんな反応をするとは、ノアも予想していなかったのだ。

「“わざわざ来てやった”って、なに?」

 今度はノアの反応もおかしい。普段なら明るく返し、ノヴァルナも機嫌を直すところなのだが、それと違って声のトーンがやけに低いのは、ノヴァルナの眼の動きに、自分とスレイトンの間を勘繰るような視線を感じ取ったからである。

「あ?………」

「何よ?………」

「………」

「………」

 お互いに、“なんで今日に限って、こんな返し方をして来るんだ?”と、不信感を抱くノヴァルナとノアは、しばらく睨み合ったあとノヴァルナの方から動いた。スレイトンへ視線を遣り、尋ねる。

「で?…俺はノヴァルナ。あんたは?」

 これにはスレイトンも驚いた。ノヴァルナが変人だと噂には聞いていたが、星々を統べる星大名家の当主が共も連れずに、こんな風に気軽に目の前に現れるとは、思ってもみなかったのだ。スレイトンは少々慌てた様子で居住まいを正し、行儀よくノヴァルナに挨拶した。

「これは…ノヴァルナ殿下とは知らずご無礼致しました。私はルディル・エラン=スレイトン。皇国貴族スレイトン家の三男にございます。ノア姫様の二学年上で、同じく次元物理学を学んでおりました」

「ふーん…」

 面白くなさそうにスレイトンを見回す、ノヴァルナの不真面目な態度を、ノアが「ちょっと。もっとちゃんとしてよ!」と窘める。それがノヴァルナにとっては、ますます面白くない。スレイトンにそっぽを向くと、さっさとドアに向かいながらノアに言い放つ。

「わかったから、帰んぞ、ノア」

 その言い草にノアは、元来の気の強さが顔を覗かせそうになるのを堪え、スレイトンに詫びの言葉を告げると、ノヴァルナのあとを追って研究室を立ち去った。そしてドアの向こうで聞こえるノアのきつい声。

「なに、今の態度。先輩に失礼でしょ!」
 
 その夜、ノヴァルナ一行の宿泊しているホテルでは、キノッサとネイミアをはじめとした、ノヴァルナとノアの身の周りの世話をする者達の間に、妙な空気が流れていた………

 キヨウ皇国大学から帰って来たノヴァルナとノアに、怪しい距離感が出来ているのを感じ取っていたからである。

 貴族や星大名用の広い貴賓室のリビングルームに、二人でいる事はいるのだが、ノヴァルナは窓辺に置かれたリクライニングチェアに腰かけて、ゴーショの夜景を眺めており、一方のノアはリビングの真ん中に置かれたソファーに座り、再び『超空間ネゲントロピーコイル』のデータに取り組んでいた。

 ウォークインクローゼットの整理をしながら、二人のいつもと違う様子を見たネイミアは、作業を終えて、部屋の片隅で事務処理をしているキノッサのもとへ歩み寄る。そしてキノッサに耳打ちするように小声で尋ねた。

「ねぇキーツ。あのお二人…ホントにどこか変だよ」

 皇国大学での経緯を知らないのは、キノッサもネイミアと同じである。

「さぁ、なんなんスかねぇ…いつもはモメても何だかんだで、すぐにベタベタしだすんスけどねぇ―――」

 しかしお気楽なのも、またキノッサだ。

「ま、ほっときゃいいんじゃないッスかぁ?…“夫婦喧嘩は犬も食わぬ”って、言うッスから」

「でもまだ、夫婦じゃないんだよね?」とネイミア。

「夫婦みたいなもんスよ。ノヴァルナ様だってノア様の事を、普通に“嫁”って、周囲の者に言ってるッスし」

 大して興味も無さそうに、“この話はここまで”と言わんばかりの口調で告げるキノッサ。この旅の途中からキオ・スー家の家来となったネイミアは、ノヴァルナとノアを振り向いて、“そんなのでホントにいいのかな?…”と胸の内で呟いた。

 するとそのノヴァルナは、リクライニングチェアから立ち上がると、寝室に繋がるドアに向かいながらボソリと告げる。

「俺、疲れてっから、寝るわ」

「そ。おやすみなさい」

 振り向きもせず言ったノアは、自分自身の声の素っ気なさに、“あれ?…どうしたんだろ、私…”と違和感を覚えた。ピタリと立ち止まるノヴァルナの気配。少し逡巡し、取り繕う言葉を伝えようとするノアだがしかし、振り向いた時には、その逡巡の間にノヴァルナの背中は、寝室のドアの向こうに消えている。

“明日は…ちゃんと話をしよう”

 ノアも『ヴァンドルデン・フォース』との戦いを終えたノヴァルナと、無事また合流出来た事が嬉しくないはずはない。今日はタイミングが悪かっただけ、明日になれば…と思い直したノアは、再び作業に没頭していった。

しかし、タイミングが悪い時は、それが重なったりするものである。

 翌朝、目を覚ましたノアがリビングに出てみると、ノヴァルナの姿が無い。リビングにいるのは、夜の間に本国から送られて来た報告書を、朝から事務処理しているキノッサと、それを手伝っているネイミアだけであった。ノアに気付いた二人は揃って席を立ち、声を合わせて「おはようございます」と挨拶する。

“昨日、疲れたって言ってたから、まだ寝てるのかしら…”

 そう思いながら、ノアはキノッサとネイミアに尋ねた。

「おはよう。ノヴァルナは?」

 するとキノッサは、思いも寄らぬ事を口にする。

「ノヴァルナ様なら、先程出撃なされました」

「え?」

 それを聞いてノアはポカンと口を開けた。ネイミアがキノッサの言葉を補足し、何が起きたかを説明する。

「明け方に、昨日とは別の略奪集団の船隊がこの星に接近中だと、航路管理局から連絡が入って、地上に降下される前に、げ…げい…あれ?」

「迎撃ッス」

 元は一般の民間人であったネイミアは、まだ軍事用語に慣れておらず、今度はすかさずキノッサがフォローを入れた。ただそれを聞いたノアはむしろ、不審げな表情をしてさらに問い質す。

「航路管理局から連絡って…どういう事なの? それでどうしてウチが、出撃しなきゃならないの?」

「いえ。昨日、ファシーミとかいう行政区に降下した略奪集団を排除したあと、航路管理局に、また略奪集団が現れたら我等で迎撃するので、すぐに知らせるよう要請しておいたのです」

 これにはノアも顔をしかめた。

「そんなの私、ひと言も聞いてないんだけど?…それに、それならそれで今朝、どうして出撃する事を、知らせてくれなかったの?」

 するとキノッサはうっかり、軽い調子で答えてしまった。

「あ。それでしたらお尋ねしたんスけど、ノア様は関係ないから、と」

 キノッサの迂闊な物言いを聞いて青ざめたのはネイミアだ。一方のノアは怒りでみるみるうちに、顔を赤くし始める。キノッサ二の腕をペチン!とはたき、小声で「バカっ!」と叱りつけると慌てて口添えする。

「いっ!…いえ、そうじゃなくて、あの…えと、ノア様は、研究で根を詰めて疲れてるだろうから、起こさなくていい、という意味でして。すっ、すみません!」

「………」

 ネイミアの気遣いぶりを可哀想に感じたノアは、同時に寂しくもあった。いつものノヴァルナなら戦いに行くのであれば、自分が眠っていても無遠慮に起こしに来て、出撃を知らせてくれるはずだ…と思ったのだ。

“なんで…そうなの?”

 胸の内で呟いたノアは、恐縮するキノッサとネイミアに、少々引き攣った笑顔を向けて宥めるように応じた。

「わかりました。二人とも気にしないで………」
 



▶#11につづく
 
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