銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第13話:烈風、疾風、風雲児

#05

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「JW-098772星系…で、ありますか?」

 『クォルガルード』の艦長を務めるマグナー大佐は、惑星ザーランダへ戻ったノヴァルナから不意に出航を命じられ、眼を白黒させながら、目的地の星系名を確認した。

「おう。出来るだけ早く、出航してくれ」

「は?…はぁ」

 マグナー大佐が不審がるのも無理はない。星系名が固有名詞ではなく、銀河皇国公式のカタログナンバーだけのものは、有人植民惑星を持たない恒星系だからだ。それは植民可能な環境の惑星を有しない場合もあれば、環境的に可能であっても地政学的理由で植民されない場合もある。

 彼等がいるのは戦闘輸送艦『クォルガルード』の艦橋。ノヴァルナらキオ・スー勢の他にはモルタナと、ホログラム通信によって等身大の立体映像を映し出している、惑星ザーランダの九人の代表―――ネイミアの父親を含む、臨時行政府のメンバーだ。

 マグナー大佐はNNLでホログラムキーボードを呼び出し、素早く指を動かしてJW-098772星系のデータを収集した。そして眉をひそめる。

「これは…この星系は、奴等の本拠地とされるリガント星系の隣…僅か1.5光年ほどの距離ではありませんか?」

 マグナー大佐の問いにノヴァルナは、「おうよ」と言って親指を立てて見せた。すると『クォルガルード』に残っていた、『ホロウシュ』のヨリューダッカ=ハッチが疑問を呈す。

「そんなトコに、何があるんスか?」

 同じく留守番をしていたカール=モ・リーラと、イーテス兄弟もノヴァルナの指示を訝しく思っているらしく、ハッチの言葉に揃って頷いた。それに対しノヴァルナはまるで子供のように、「へへへー」ともったいぶった笑いを漏らし、バグル=シルの交易ステーションで情報屋から仕入れた話を開陳した。

「五十隻の宇宙艦!」

「は?」

「そんな数の敵ですか?」

「んなの、勝ち目ないッスよ!」

 言っている意味が分からず首を捻るハッチ達に、一気に事態が好転しそうな情報で驚かせ、盛り上げてやろうと考えていたノヴァルナは、肩透かしを喰らって口惜しそうに言う。

「ちげーよ。察しのわりィ野郎どもだぜ。ったくよ…」

 少々期待外れであったが、ノヴァルナが改めてちゃんと説明を始めると、ハッチ達の眼はみるみる輝きだした。約五十隻の宇宙艦…使用されずJW-098772星系に置かれている宇宙艦とは、『ヴァンドルデン・フォース』がこの周辺の各星系を制圧した際に押収した、皇国軍や星系防衛艦隊の宇宙艦だったのだ。
 
「しかしそのような、使わない艦が五十隻とは…なんなのです?」

 少々砕けた言い方で尋ねるマグナー大佐。元はサイドゥ家の軍人であり、謹厳実直な人物だが、この旅で自分の新たな主君に対し、どのように接するべきか次第に理解して来たようだ。ノヴァルナが家臣達に求めるのは、形式よりも中身、遠慮は無用…そういう意味では新たな主君ノヴァルナは、かつての主君ドゥ・ザン=サイドゥに通じるところがあるように感じる。

「押収したはいいが動かせるだけの人員が、『ヴァンドルデン・フォース』には、足りていないってこった」

 続いてノヴァルナが解説したのは―――もっとも、情報屋の店主の受け売りだったが、JW-098772星系に未使用の宇宙艦がある理由だ。

 アーワーガ宙域星大名ミョルジ家の皇都侵攻で、皇国軍は敗北。中立宙域のこの辺りの皇国直轄植民星系でも、皇国軍の士官連中が、地元出身の兵士と艦を置いて逃走するという事態が生じた。そしてそこに出現したのが、皇国軍残党の『ヴァンドルデン・フォース』である。
 各植民星系には皇国軍の星系防衛艦隊や、恒星間打撃艦隊の残存艦がいたが、皇国から派遣されていた士官が上記の通り、こぞって逃げ出していたため、残っていた地元出身の士官と一般兵では、まともな防衛行動も取る事が出来なかった。

 この植民地駐留部隊の人員構成における特異性は、皇国直轄軍独特のもので、艦隊指揮能力を持った上級士官は皇国中央より派遣し、一般兵は植民惑星から徴用するシステムとなっている。その理由は単純明快、植民星系軍の独断行動を防ぐためだ。言い換えれば叛乱の抑制である。
 これに似たものが、各宙域の主要恒星系に設置されている超空間ゲートを守る、皇国直轄軍だった。こちらはその宙域を支配する星大名から、中立性を保つためのものだ。

 それでも僅かだが、『ヴァンドルデン・フォース』に対し、抵抗を試みた部隊もあった。それがネイミアの家で映像を見させられた、植民惑星イスラハだという事を、ノヴァルナは情報屋の話から知ったのだ。この時のイスラハ防衛部隊の戦力は重巡航艦1隻と、駆逐艦2隻。初めから立ち向かえるようなものではなく、彼等の無謀な抵抗と敗北が、あの徹底的な破壊と略奪を招いたのである。『ヴァンドルデン・フォース』からすれば、自分達に逆らえばどうなるかを思い知らさせる、格好の機会を得た形だ。

 このようにして抵抗を諦めた植民星系から、宇宙艦艇を全て押収した『ヴァンドルデン・フォース』だったが、彼等も皇国の敗残兵であって、奪った艦全部を稼働させられるだけの人数がおらず、JW-098772星系に未使用艦を集め、予備艦として保管したり、修理用のパーツキーパーとして利用しているのである。
 
 ノヴァルナは居並ぶ家臣と、惑星ザーランダの臨時行政府のメンバーを見渡し、さらりと告げた。

「この艦の中から使えそうなものを頂いて、俺達で使おうってわけだ」

「使うのはいいですが―――」

 怪訝そうに言うハッチ。

「我々も、そう人数は多くありません。『クーギス党』の協力を得ても、動かせる艦の数は限られますが?」

 ハッチの問いに頷いたノヴァルナは「おう、そこでだ」と言って、ネイミアの父親達のホログラムに向き直る。一拍置いてノヴァルナは、真剣な眼差しで告げた。


「あんたらの覚悟を、見せてもらうぜ………」



 決定事項に対して迅速に動くのが、ノヴァルナの真骨頂である。この打ち合わせの半日後には、ノヴァルナを乗せた『クォルガルード』は、『クーギス党』の艦隊と共にJW-098772星系へ向かった。

 JW-098772星系は『ヴァンドルデン・フォース』の根拠地、リガント星系から1.5光年を隔てた一番近くの恒星系となる。
 主星は褐色矮星で、惑星は10個。第三惑星と第四惑星は岩石惑星だが、大気組成がヒト種の居住には適しておらず、皇国天文局にも簡単な観測データがあるだけであった。ノヴァルナが交易ステーションの情報屋から入手した話では、敵の未使用艦は、第九惑星の衛星軌道上に並んでいるらしい。

 統制DFドライヴで、全艦揃って超空間転移を終えたノヴァルナ達は、『クーギス党』の四隻の駆逐艦を警戒用に残し、第九惑星を目指していた。

 艦橋で腕組みをしながら突っ立つノヴァルナの傍らで、ネイミアと共に控えていたキノッサは、艦橋中央に浮かぶ宇宙地図ホログラムが、第九惑星周辺の戦術状況ホログラムへ切り替わるのを見て、問いかける。

「そういや…なんだって連中はわざわざ、隣の星系に未使用艦を置いとくんでしょうね? 根拠地の近くに置いといた方が、使い易いと思うんスが」

「たぶんだが、ラフ・ザスとかいう野郎は、用心深いヤツなんだろうぜ」

「と、言いますと?」

「ロッガ家なりミョルジ家が奴等を潰す気になって、艦隊を派遣して来た場合に備えてさ。今の俺達とっちゃあ充分脅威だが、奴等は戦力的には、星大名の基幹艦隊一個にも及ばねぇ。隣の星系に未使用艦を置いているのは、本拠地のリガントへ攻め込まれた時に、隣に脱出して戦力を補填するとか…一部の人員だけを運んで、未使用艦で侵攻部隊を背後から挟撃するとか…ともかく、一か所に予備戦力まで集中して、全滅を避けるのが目的なんだと思うぜ」

「なるほど…」

 キノッサが納得顔で頷くと、ノヴァルナは不敵な笑みで言い放った。

「…て事は、すぐに動かせる状態の未使用艦も、幾つかあるはずだってこった」




▶#06につづく
 
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