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第13話:烈風、疾風、風雲児

#04

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 モルタナはこのベグン=ドフが嫌いらしく、顔をしかめて言い放つ。

「あんたにゃ用はないよ、ドフ。さっさと大将のあとを追いな!」

 だがドフは「いいじゃねぇか、そうつれなくすんなよ」としつこく絡む。そしてさらに、同席しているランにも目を付けた。

「おお? 今日は“宇宙ギツネ”の女もいるじゃねぇか。しかもスゲー上玉だ」

 その発言でボックス席の中に緊張が走る。フォクシア星人のランに対する“宇宙ギツネ”の蔑称呼びは、一瞬でノヴァルナを激怒させるからだ。事実、喧嘩上等で立ち上がろうとしたノヴァルナの膝を、モルタナの手が寸前で押さえつける。そしてもう一方の手をランの肩に置いて、自分の方へ引き寄せた。

「この子はあたいのカノジョさ。手ぇ出したら、ブッ殺すよ!」

 これ見よがしなモルタナの放言に、本当なら抗議したいランだったが、話を混ぜ返すのを控えて今は口をつぐむ。一方でドフの口は塞がらない。

「バハハハハ! だったら二人いっぺんに、可愛がってやってもいいぜぇ」

 それを聞いたモルタナは、嘲りの声を上げて言い返す。

「はん! てめぇのお粗末で役立たずの棒っ切れなんざ、自分のケツの穴にでも、突っ込んどきな!」

 鉄火肌剥き出しの物言いに、同席しているネイミアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。すると先へ進んでいたラフ・ザスがドフを振り返り、いい加減にしろ…とばかりに「ドフ!」と呼びかける。それを聞いたドフは、モルタナとの挑発合戦を切り上げて薄ら笑いを残し、ラフ・ザス=ヴァンドルデンを追って行った。

 チッ!…と煩わしそうに舌打ちしたモルタナは、グラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干して、真顔のままノヴァルナ達に告げる。

「さ、用は済んだ。次行くよ」



 ショーパブを出たモルタナは、同じ商業エリアの反対側、一番奥にある小さな屋台へ入った。この辺りは同じような小さな店舗が密集しており、ショーパブがあった辺りよりもさらに怪しげだ。モルタナの話では、ここはこの交易ステーションが『ヴァンドルデン・フォース』の支配下になる前の、自由交易中継地だった頃からの飲食街らしい。

 モルタナが案内した小店は、“オーデン”という煮込み料理の小店で、同様の料理を出す店は他にも幾つかあるが、ここの店は“サークェン”という発酵酒の中でも、惑星ナーダ産の上物を出すのが人気だそうだ。

「らっしぇい」

 店に入ると同時に、ヒト種の初老の男が枯れた声を掛けて来る。十人も入れば一杯になるぐらいの狭い店内は、木製のカウンターの向こうに置かれた煮込み器の中から、温かな湯気が微かに上がっていた。モルタナ達の他に客はいない。

「おやっさん、久しぶりだね」

 モルタナは軽い口調でそう言いながら席についた。
 
「いつぞやの宇宙海賊の嬢ちゃんか。一年ぶりぐらいか…元気そうじゃないか」

 店主もモルタナを覚えていたらしく、乾いた笑顔を向ける。そして全員が席につくと、それぞれの前に空のグラスを置いた。

「ああ、おやっさん。端っこの二人は、酒はまだ駄目だからね」

 モルタナが言ったのは、一番端に座ったキノッサとネイミアについてだ。「あいよ」と応じた店主は、空のグラスを下げ、ただの水を入れて二人の前に置き直す。ネイミアはともかく、不満そうな表情のキノッサだったが、店主は構わず、酒瓶を取り出してモルタナ達の空のグラスに、透明な“サークェン”を注いでいった。

「それで?…何にするかい?」

 注文を尋ねる店主に、モルタナはニコリと微笑みながらも鋭い眼光で応じる。

「適当に見繕ってくれるかい? それとあと…情報」




 モルタナの話では、店主は昔からこの交易ステーションだけでなく、周辺宙域の情報屋の中継役を担っており、自分からは動かなくとも、相当量の情報が流れ込んで来るらしい。約一年前の『クーギス党』と『ヴァンドルデン・フォース』の揉め事の際も、交渉に先立つ情報収集に協力してくれたのが、この店主だったのだ。



「ヴァンドルデンの正確な戦力?…そんなものを知って、どうする気かね?」

 店主は、“オーデン”を頬張りながら情報を求めて来たノヴァルナに、探るような眼を向け、掠れた声で尋ね返した。それに対しノヴァルナは事も無げに言う。

「奴等をぶっ潰すのさ」

「?」

 若者の冗談にしては、つまらなさすぎる…眉をひそめてノヴァルナの顔を見直した店主は、その瞳の奥に輝く光に引き込まれそうになった。市井に幾らでもいるような若者では、帯びる事が出来ない光―――何度も死線を越えて来た光だ。

「…兄さん、『ム・シャー』だね。何者だい?」

 店主は銀河皇国の武家階級である、『ム・シャー』の呼称を口にした。ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべで言い返す。

「それを知ったら、おやっさん…後戻りは出来ねぇぜ」

 店主は『ム・シャー』だと見抜かれてなお、天衣無縫な口の利き方をするノヴァルナの物言いに、その正体を勘付いたようであった。口元を歪めて二度三度、無言で頷く。すると今度はノヴァルナの口から、探るような言葉が出た。

「そう言うおやっさんこそ、昔は『ム・シャー』だったろ?…俺達がこの店に入って来た時からずっと、目の配り方が素人じゃねぇ…それにその言葉の訛り具合は…エテューゼ辺り…敗残兵か何かか?」

 ずけずけと素性を推測していくノヴァルナに、店主は「どうぞ、その辺でご勘弁を…」と、苦笑いを浮かべて頭を下げる。
 
 ノヴァルナの正体に勘付いた店主は、言葉遣いも丁寧になった。

「さて、ヴァンドルデンの戦力でしたな―――」

 リガント星系に本拠地を置く、『ヴァンドルデン・フォース』…その戦力は、ノヴァルナの想像以上に強大なものであった。戦艦3隻・重巡航艦2隻・軽巡航艦4隻・駆逐艦6隻・それに軽空母まで1隻いる。
 軽空母がいるという事は当然、BSI部隊もおり、さっきのショーパブで見たベグン=ドフが乗るBSHOが、指揮を執っているようだ。一つの艦隊として見るなら不完全な編成だが、無防備な周辺の星系を支配するには、充分な戦力だろう。

「なんだい。あたいが前に訊いた時は、もうすこし少なかっただろ?」

 怪訝そうな顔で店主を問い質すモルタナ。

「この一年で拡充したのさ」と店主。

「拡充?」とノヴァルナ。

 “オーデン”のお代わりを盛った皿を、ノヴァルナの前へ置きながら、店主は問いに答える。

「いえね、他の宙域にいた皇国軍の敗残兵や、喰いっぱぐれた三流海賊が集まって来て、ヴァンドルデンの配下に入ったんですよ」

「そいつは厄介だな…」

 ノヴァルナの乗艦『クォルガルード』は巡航艦並みの戦闘力を持ち、BSHOの『センクウNX』と4機の親衛隊仕様『シデンSC』を搭載している。
 これに増援として合流した『クーギス党』の2隻の軽巡航艦と、4隻の駆逐艦を加えれば、どうにかなると考えていたのだ。だが敵の戦力がここまで増強しているとなると圧倒的に足らない。

「もっと、戦力が欲しいもんだねぇ…」

 グラス酒を啜りながら、モルタナも真顔になって言う。これだけ戦力差があるとなると、多少の小細工は通用しない。それに同意したササーラがボソリと応じた。

「どういった作戦をとるにしろ、艦の数が不足しておりますな」

 すると考える眼をしていた店主は、新しい“サークェン”の栓を開け、空になりかけのランのグラスに注いでやると、気になる事を口にする。


ふねだけ…なら、結構な数があるよ」


「なに?」とノヴァルナ。

「どういう事さ?」とモルタナ。

 店主の姿が、湯気の向こうにぼやける。煮込みAA器の中の“オーデン”はどれも、いい具合にダシが出て、その引き換えに味が染みているようだ。店主は煮込み器に浸かっていた自慢の輪切り大根を、人数分の小皿に移しながら告げた。


「言ってる通りさ…使われていない宇宙艦なら、ざっと五十隻」

「五十隻!!??」

 思いも寄らぬ宇宙艦の数に、ノヴァルナとモルタナは声を揃えて叫んだ………




▶#05につづく
 
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