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第13話:烈風、疾風、風雲児
#01
しおりを挟むバグル=シルの交易ステーションには多くの交易商人がいた。この周辺では最大の中継ステーションであるから、当然と言えば当然の話である。行き交う人々はヒト種だけでなく昆虫系のカレンディ星人や、小型の二足歩行恐竜を思わせるゴルン星人。ダチョウのようなハルピメア星人など、様々な種族の異星人がいる。しかしながらどの顔にも、あまり明るさは感じられなかった。
ステーションの利用者の表情を暗くしているのは、あちこちで姿を見かける制服姿の兵士―――『ヴァンドルデン・フォース』の兵士が放つ、威圧感のためだ。
元が星雲ガスの精製プラントだった事もあり、工場感満点のステーション内では兵士達が横柄な態度を見せている。
「おい、おまえ! そのコンテナの中身を、もう一度見せろ!」
「こいつは貰っておく。没収だ!」
「何を持ってるんだぁ。あぁん?…ちょっと来い!」
かつては多くの機械が並んでいたと思われる広大なエリアで、貨物船から降ろされたと思われる積荷が並び、その間で兵士達が交易業者達へ横暴な態度をとっていた。天井からは、その辺から引っぺがして来たような、金属製のプレートが鎖で提げられており、それには不細工な手書き文字で“税関”と書かれている。つまりここが、ヤヴァルト宙域とオウ・ルミル宙域の交易中継点というわけだ。
無論、より大量の積み荷を積んだ貨物船などは、ステーションに接舷した状態で兵士から、積荷の検分を受けているのだろう。
ステーションに乗り込んだノヴァルナは、モルタナの案内でその“税関”の脇を通り抜けた。鋭い視線の横目で見る先では、『ヴァンドルデン・フォース』の兵士がライフルの銃床で、交易業者らしき男の顎を殴りつける。
その光景にノヴァルナは、チッ!…と舌打ちした。それを聞いて前を歩くモルタナは、すかさず抑制の言葉を口にする。
「頭に血を上らせるんじゃないよ…」
「わーってる」ふてくされたように応じるノヴァルナ。
「手荒く扱われてるのは、ここに立ち寄らず、ヤツらの税関をすり抜けようとして拿捕された業者だよ。ヤツら、それぞれの中継ステーションを中心に、監視網を敷いてるのさ。1回目は暴力交じりの警告…そして2回目は―――」
「無い…って、ワケか」
植民惑星の支配のための見せしめに、何十万人もの住民を殺害したり、略奪し尽くすような『ヴァンドルデン・フォース』であれば、逃走する貨物船を乗員ごと破壊するなど、容易い話であるに違いない。
モルタナに連れられたノヴァルナがやって来たのは、ステーション内に設けられた商業エリアだった。
薄暗いエリアには、毒々しい色のホログラムサインに彩られた、飲食店やジャンクパーツ屋、そして個人携帯用の武器屋に娼館…さらに、何を商っているのかも不明な店舗が軒を連ね、結構な人数で賑わっている。しかもこのエリアにいる人間は異星人も含め、“税関”エリアとは違って暗鬱な表情をしている者は少なく、どちらかといえば人相の悪い者ばかりだった。
「こっちはなんだか、客層が違うじゃねーか」
周囲を見回しながら言うノヴァルナ。
「ああ。ここに来てるのは、『ヴァンドルデン・フォース』と組んでる連中さ。普通の交易品とは別のヤバい品の運び屋とか、あたいらと違って、宙域辺境の手薄な植民星を襲ったりしてるホンモノの海賊…下っ端だけど、『アクレイド傭兵団』の奴等もいたりするよ」
「なんだと?」
モルタナの最後の言葉『アクレイド傭兵団』に、ノヴァルナはピクリと眉を震わせて反応した。もし『ヴァンドルデン・フォース』が『アクレイド傭兵団』と連帯関係にあった場合、また話が面倒になって来る。
「関係あったりすんのか?」
「いいや。ヴァンドルデンの奴等は元は皇国軍だし、アクレイドの奴等は皇国軍と戦ったミョルジ家が雇った連中だからね。どっちかっていうと水と油ってわけだ。だけど、アクレイドの下っ端はこの辺りじゃどこにでもいるし、客として来るならヴァンドルデンも、目くじらを立てたりしないのさ」
そう言いながら、モルタナは胸を張ってどんどん歩いていく。グラマラスな美人である上に、肌の露出が多い大胆な着衣であるから、このような場所を歩けば、たちまち男達の色欲を含んだ視線の的になるが、本人は至って平然としていた。話題を変えたい気分になったノヴァルナは、それについて触れてみる。
「しかしねーさん、すげーな」
「何がだい?」
「フツーの女だったら、そんなエロい格好で、こんなトコ歩けねーぞ」
「は? 普通の女だったらって、あんた、ケンカ売ってんのかい?」
「ちげーよ。いい度胸してんなって話さ」
「こういうのはね、舐められちゃあ駄目なのさ」
言い放ったモルタナは、曲げた右腕を振り上げる。二の腕に出来た力こぶは、確かに並の女性のものではなかった。そしてその手を下ろして、腰に巻いたガンベルトのホルスターに収めた銃を軽く叩く。
「…それに、あたいらを知ってるヤツは、迂闊に手は出して来ないよ」
「どういうこった?」
「あんたらのおかげさ。あたいらを知ってるヤツは、バックにどっかの星大名が付いてるって噂しててね。もちろん、あんたらの名前は出さないよう、手下にもきつく言ってるから、迷惑はかけないよ」
これがモルタナ達『クーギス党』の強みであった。足りない物資はノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家が補給してやっている事で、他の海賊や略奪集団のように手当たり次第に、植民星や貨物船を襲撃する必要はなく、奪われた故郷シズマ恒星群を取り戻すため、キルバルター家やロッガ家の船を狙う独立部隊という、同業者の中でも一目置かれた存在となっているのだ。
こういった悪所に場慣れしているモルタナや、以前はナグヤ市のスラムに出入りしていたノヴァルナ。そしてそのノヴァルナの護衛である、ランとササーラに動じる様子はない。
だが彼等に同行しているネイミアはただの民間人であり、そんなわけにはいかなかった。キノッサの腕にしがみつくようにして、怯えた表情でついて来ている。ただ、しがみつかれているキノッサも、実際にこういった場所へ足を踏み込んだ事は無く、今一つ頼りにならない感じがする。
「キーツ…」
「だ、大丈夫ッスよ、ネイ。こんなトコ…なんてこと無いッス」
とは言え、心細げに辺りを見渡しながら進める二人の歩は遅く、フェネックのような頭部を持つ、種族不明の異星人の集団と混ざり合ったあと、気が付くと前を歩いていたランとササーラの姿を見失ってしまった。
「え…?」
「ありゃ?」
キョロキョロと周囲を窺ってはみるが、ノヴァルナ達は何処にも見当たらない…そもそも小柄な二人であるから、そう遠くまで見渡せないのだが。薄暗い路地は、店舗の壁を無数のパイプが走っており、あちこちから水蒸気が漏れ出している。
「どうしよう?」とネイミア。
「だだ…大丈夫って…」
今しがたと同じ事を言うキノッサだったが、その口調はさらに心許なかった。すると脇道からいきなり金属製の腕が伸びて来て、ネイミアの手首を掴む。
「きゃああああっ!」
驚いて悲鳴を上げてネイミアが振り向くと、その視線の先には、ボロボロの黒いフード付きローブに身を包んだ、体が半分機械―――不完全なサイボーグの小男。
「ねーチャん。俺と来ナ!」
妙にカタコトな皇国公用語を口にする不気味な小男に、再び「きゃああっ!」と悲鳴を上げるネイミア。キノッサは怒声とともに、小男を突き飛ばした。
「なにするッスかぁ!!」
小男は「ぐえっ」と小さく叫びながら、路地の闇に飲み込まれ、キノッサはネイミアの手を引いて駆け出す。夢中で走った二人は、別の路地に逃げ込んだ。
「な…なに、今の?」
肩で息をしながら怯えた声で言うネイミア。
「さぁ?」
おそらく人身売買絡みだろうが、ネイミアを怖がらせないよう、キノッサは知らない振りをして、自分達が来た道を振り返った。ところが自分達が飛び込んだ路地も、安全ではないようだ。
「おい、ちっちゃい兄ちゃん。用かい?」
その声に驚いて振り向くと路地の奥から、海にいるイカを思わせる頭部を持った異星人―――スキーラ星人の男が、暗がりから滑り出すように現れた。
「えっ…いや…」
不意を突かれて言葉に詰まるキノッサに、スキーラ星人は自分のポーチを探りながら問い質す。
「この路地に来たって事は、コレが欲しいんだろ?」
そう言ってスキーラ星人が差し出した、吸盤のついた手には、白い結晶の入った透明な小袋―――おそらく『ジール』と呼ばれる麻薬だ。つまり偶然飛び込んだこの路地は知る人ぞ知る、麻薬の売人通りだという事である。
「んなモン、要らないッスーーーっ!!!!」
大声を出したキノッサは、もう一度ネイミアの手を握って、売人通りから飛び出した。こういった通りには、売人の用心棒も潜んでいるのが普通だからだ。
しかし悪い事は重なるもので、今度はメインの通りを歩いていた、いかにもな強面の二人組に肩から激突してしまう。
「ゲハッ!」
「アッ!!」
声を上げて路上に転がる四人。強面の二人は先に起き上がると、当然の如くにキノッサとネイミアに絡んで来た。
「おい、ガキ共! てめぇら、なんのつもりだ!!」
「俺達に因縁つける気か!?」
自分達の方が因縁つける気満々の二人組に、キノッサはお得意だったその場しのぎの饒舌さも振るう事無く、気圧されてしまう。
「え?…え…」
「なんとか言え、コラ!」
「見ろコレ。大ケガしたじゃねぇか!」
そう言って、一方の男が腕まくりをした左腕を突き出す。見れば今の転倒でできたと思われる、僅かな擦り傷が肘にあった。無論、大ケガとは程遠い。
「どう落とし前つけてくれんだ! おぉ?」
笠に着て声量を上げる二人組。ネイミアだけは守らないと…と歯を食いしばるキノッサ。惑星ガヌーバのアルーマ峡谷温泉郷で、ネイミアと知り合った時と似た状況だ。だがその直後、いきり立つ二人組の背後から野太い声が問いかけて来た。
「我々の仲間が、何かしでかしたかな?」
自分達の脅してる相手の仲間…このチビどもの仲間なら、どうせ大した事は無いだろうと、タカをくくって振り返る二人の男。ところがそこにあったのは、鬼のような形相をしたガロム星人の大男、ササーラの厳つい顔だった。
「!!!!」
背筋に戦慄を走らせ、その場で固まる二人組。
「仲間が何かしたかと、聞いている」
ササーラが尋ね直すと、二人組は固まったまま、首だけを左右に振る。
「ケガをしたとか、なんとか言っていたのでは?」
「いっ!…いや―――」
「じゃあ、もう用はないな!」
身を乗り出すようにして、ササーラが間髪入れず強い口調で言うと、たじろいだ二人組は、無言で去っていった。胸を撫で下ろすネイミアを傍らに、キノッサはバツが悪そうな眼でササーラに頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございました…」
キノッサを見下ろすササーラは、厳しい顔のままボソリ…と告げた。
「手間を取らすな…」
するとササーラの向こうから、ノヴァルナが気楽に声を掛けて来る。
「おう、キノッサ。どこ行ってたんでぇ?」
ランもモルタナも一緒である。どうやら姿が見えなくなった自分とネイミアを、探してくれていたらしい。「ちゃんと俺について来い」というノヴァルナの言葉を聞き、キノッサはもう一度頭を下げた………
▶#02につづく
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