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第11話:銀河道中風雲児
#08
しおりを挟む「こいつはたまんねぇ。俺ァちょっと行って来る!」
小声でそう言って女湯の状況を覗くため、仕切り板の端にある岩棚によじ登ろうと、湯の中を速足で進み始めるモ・リーラ。だがその腕をセゾが、後ろから鷲掴みにした。
「なんでてめぇが、一番先なんだよ?」
「なんだっていいだろ」
「よくねーよ」
声を殺して口論を始めるモ・リーラとセゾ。するとその脇をセゾの兄のヴェールがすり抜けようとする。
「待てや、兄貴」
「んあ?」
「抜け駆けすんじゃ、ねぇって」
今度は三人でモメ始めると、その隙を突いたハッチが、仕切り板を背にしたまま岩棚の根元に生える、細い木のところへこっそりと接近した。女性陣の方は男達のゴタゴタをよそに盛り上がり続けている。
「ちょっとキュエル! あんたまで、どこ触ってんのよぉ!?」
「いーじゃん。ものはついでだし!」
「キャハハハハハ!」
「やぁん! お許しください、イチ様ぁ!」
「イチ!…ジュゼも! いい加減にしなさい!」
そんな中キノッサは、密かに何気なく手に持っていたタオルの包みを開く、ハッチはこっそり岩棚を登ろうとしているし、モ・リーラとイーテス兄弟は口論の最中だ。キノッサのタオルの包みの中から出て来たのは、NNLで遠隔操作する小型の偵察用飛行プローブであった。全員がそれぞれに気を取られているこのチャンスを活かし、上空から偵察用プローブで女湯を盗撮しようというのである。
“よし、行けッス!”
小さな菱型をしたそれは、超小型の反重力推進を内蔵した、キオ・スー=ウォーダ家の情報部が使用しているものだ。軍事用だけあって消音飛行が可能であり、これなら成功間違いなしだと、自身と色欲に目を輝かせるキノッサ。
ところが次の瞬間、斜め上から飛んで来た石つぶてが、キノッサの手の平から飛び立ったばかりのプローブに命中し、湯の中に叩き落した。露天風呂の湯にポチャン!…と緊張感のない音が立てられ、波紋が広がる水面の先で、壊れたプローブが沈んで行くのが見える。
「ありゃあッ!!??」
すっ頓狂な声を上げて、沈んで行くプローブを愕然と見るキノッサ。するとほぼ同時に彼等にとっては馴染みのある、高笑いが響いて来た。
「アッハハハハハ!」
岩棚をよじ登りかけていたハッチが、あんぐりと口を開けて上を見上げる。その先の岩のてっぺんに、腰タオル一枚の裸で突っ立つ、細マッチョの若い男―――ノヴァルナ・ダン=ウォーダだ。どうやって突然岩の上に現れたのか…それは露天風呂を囲む垣根の向こうに立つ怪力のガロア星人、ナルマルザ=ササーラが雄弁に手段を語っていた。ノヴァルナは正義の味方よろしく、高らかに言い放つ。
「はん!…俺の眼の黒ぇうちは、てめーらにノアや妹の裸を見せて、たまるかってんでぇ!!」
威勢よく啖呵を切ったはいいが、そのノヴァルナに対し、今度は女湯の方から「キャー!!!!」と大声が上がる。いや、歓声ではない。仕切り板の端にある岩棚の頂上に立てば、女湯もノヴァルナも双方が丸見えになるからだ。
「俺が来たからにゃ、安心だぜ!」
そう言って女湯の方を無遠慮に振り向くノヴァルナ。女性達の悲鳴の「キャー」が、羞恥から非難の意味に変わった。
「あ、あ、兄上! なんて事を!」
「兄様、サイテー!」
重要な部分を隠すため、赤ら顔で向かい合って抱き合うマリーナとフェアンが、兄に罵声を浴びせる。ノアも右腕で胸を隠しながら、ノヴァルナを叱りつけた。
「ちょっとノバくん! こっち見ないでよ!!」
「ノバくん言うな!」
「そういう問題じゃ、無い!」
その一方でキノッサ達も動揺の声をノヴァルナに発する。
「ノヴァルナ様。どうしてこちらに?」
そう尋ねるのはキノッサだ。
「バーカ。てめーらの魂胆なんざ、お見通しなんだよ!」
自慢げに宣するノヴァルナ。
「どうせこんなこったろうと、ラームとの打ち合わせを早めに切り上げたってワケだ。そんでもって垣根の向こうから、ササーラにこの岩の上へ放り投げさせたんだが…俺の読み通りだったようだぜ」
「くく…」
岩上のノヴァルナを見上げ、ほぞを噛む表情のキノッサ達。「な!?」と同意を得ようと再び女湯に眼を遣ったノヴァルナに、ノアの怒りが爆発する。自分の裸はともかく特にランをはじめとして、他の女性の裸を見せたくはないから当然だ。咄嗟に近くに浮かんでいた木桶を掴み取り、ノヴァルナに向かって投げつけた。
「だから見るなと言っている!!」
ノアが投げた木桶はコーン!と見事、ノヴァルナの顔面に命中。「べッ!」と呻いたノヴァルナは岩の上でバランスを崩し、足を滑らせる。反射的に伸び出ていた細木の先を掴んだノヴァルナだったが、それが逆に仇になり、男湯に滑り落ちるのならまだしも女湯に落下してしまった。
しかも湯の中で立ち上がったノヴァルナの腰のタオルが、吸い込んだ湯の重さで外れると、女性達の悲鳴が「キャー」から「ギャー」に変化し、パニックを誘発する。この惨状に呆れ果てたノアは、メイアとマイアに冷たい口調で命令した。
「メイア、マイア。二、三発殴っても許しますから、二人であのバカを担いで、仕切り越しに男湯へ投げ込んで下さい」
露天風呂から引き上げるノヴァルナは、不機嫌の極みだった。女湯を覗こうとしたキノッサ達を阻止出来たのはいいが、自分が女湯に転落するという甚だ不本意な結果に終わり、メイアとマイアに散々小突かれた挙句、男湯に投げ込まれてしまったからだ。
「てめーら。帰ったら、まとめて説教だかんな!」
谷底の露天風呂から宿泊先のアルーマ天光閣へ帰る道で、ノヴァルナはあとに続くキノッサ達に宣告する。
とその時、前方の三叉路から柄の悪そうな一団が現れた。人数は十人ほど、どう見てもまともな職に就いているようには見えない。
先頭を来る大男は肩をいからせ、左頬にある大きな傷跡を見せびらかせながらノヴァルナへ近づいた。そして小馬鹿にしたような表情で「おい―――」と口を開きかけ…だがその途端、ノヴァルナはその大男の顔面をいきなり殴りつける。アッ!と驚く、後ろの男達。
「ぶべぇっ!!」
不意を突かれて後ろへ吹っ飛ばされ、尻餅をついた大男は、愕然とした表情で殴られた頬を手で押さえ、ノヴァルナへ怒鳴った。
「ななな、何しやがる!!??」
「あ? てめーがいかにも、“殴ってください”てな顔してっからだろが!」
「なんだと! このガキ、てめぇッ!」
恫喝する大男だが、不機嫌さで傍若無人MAX状態のノヴァルナの前に、悪党面そのまんまで現れたのが不運だとしか言いようがない。大男と仲間達が怒りに任せて懐からナイフを取り出すと、ノヴァルナだけでなく『ホロウシュ』達も双眸に攻撃的な光を宿した。向こうはノヴァルナ達を一般人だと思っているようだが、武家階級である『ム・シャー』の彼等に、武器を向けてしまってはタダでは済まない。
「ブッ殺されてぇのか、て―――」
さらに脅そうとした大男達だったが、次の瞬間ノヴァルナが顎をしゃくり、『ホロウシュ』達が一斉に男達へ攻撃を仕掛けた。男達の素性は不明だが、街の悪党レベルでは、日頃から格闘術を含む戦技訓練を重ねている『ホロウシュ』達に、敵うはずもない。
頭数だけはノヴァルナ達の倍以上いた大男達だったが、殴打と関節技でたちまち武器を奪い取られて制圧される。
中でも初っ端にノヴァルナに絡もうとして殴られた大男は、さらにノヴァルナから散々にど突き回されて、完全に戦意を失っていた。
「悪かった! 俺が悪かった! もう勘弁してくれぇ!」
地べたに這いつくばり、ノヴァルナに赦しを乞う大男は、顔が紫色に腫れ上がって、歯も何本か折られた有様だ。それを見下ろす不敵な笑みのノヴァルナという構図は、これではどちらが悪役か分からない。
「さぁーて…」
両手の指をポキポキと鳴らして迫るノヴァルナ。
「ま!…待て、待ってくれぇぇ!!」
怯えた声を絞り出す大男。だがノヴァルナの意図は、大男をさらに殴る事ではない。“まず殴る。尋問はそのあと”だったのである。
「んで? 誰だ、てめーら…」
▶#09につづく
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