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第11話:銀河道中風雲児
#07
しおりを挟むアルーマ峡谷温泉郷の名物は、谷底の河原に設けられた庭園風の露天風呂であった。こちらは各旅館ごとに広い浴場を保有しており、それぞれの旅館の宿泊客が無料で利用できるようになっている。
無論、各旅館にも谷底から汲み上げられた温泉が完備され、個々に工夫を凝らした温泉が楽しめるが、谷底からの雄大な景観を見ながら…という点で、まず庭園風露天風呂に入る宿泊客が多いらしい。
アルーマ天光閣に着いたノヴァルナ達が、部屋でひと息つくと、密かに良からぬ動きが始まった………いや、外部の誰かの陰謀ではない。良からぬ動きを見せたのは、ヨリューダッカ=ハッチ、カール=モ・リーラ、ヴェールとセゾのイーテス兄弟、そしてトゥ・キーツ=キノッサらの男達だ。
男性『ホロウシュ』用の大部屋で車座に座った彼等は、やや前屈みになり、小声で話し合っている。
「…で? その話、嘘じゃねぇんだろな? キノッサ」
そう尋ねるのは、カール=モ・リーラだ。それに対してキノッサは、重要な事案を奉告するような口調で告げる。
「はい。しかとこの耳で聞きました。ノヴァルナ様はササーラ様、テシウス=ラーム様と、今後の日程調整を行われるとの事。その間に女性方は全員で、谷底の露天風呂に向かわれる由。これは千載一遇のチャンスにございます」
「どうする? 行くか?」と兄のヴェール=イーテス。
「これは行かなきゃ、なんねぇだろ?」と弟のセゾ。
「そうでございますよ!」とキノッサ。
「しかしなぁ…」とヨリューダッカ=ハッチ。
「なんだハッチ。煮え切らねぇな」
モ・リーラが煽るとセゾが冷やかす。
「おまえ、フォレスタ様が怖いんだろ?」
「る、るせぇ!」
「なんでそんなに、フォレスタ様が苦手なんスか?…まぁ確かに、皆さんには厳しそうなお方ですが」
キノッサは事情を知らないらしく、疑問をそのまま口にした。それ聞いてセゾが待ってましたとばかりに説明する。
「いや。コイツよぉ、ノヴァルナ様のもとに来たその日に、フォレスタ様を力づくでモノにしようと襲い掛かったんだがよぉ、股間に手加減無しで思いっきり膝蹴り入れられて、三日間も寝込むハメになってよぉ。その上、この話を聞いたノヴァルナ様が大ウケで、フォレスタ様をコイツの教育係に指名されたってワケだ」
「ああ。それでいつもフォレスタ様には、特に頭が上がんないスか」
「うるせ! 一言多いんだよ、てめぇ!」
怒鳴るハッチにキノッサは“まぁまぁ…”と、宥めるように肩へ手を置き、扇動の言葉を囁いた。
「その苦手意識を払拭する、絶好の機会だと思いませんか、ハッチ様…」
「む…」
こうして良からぬ思惑を抱いた者達は、先回りしようと、早々に部屋をあとにしたのである。
庭園風露天風呂の位置は谷底が緩やかにカーブした先にあり、崖の中腹に建てられている旅館群からは、見下ろせない角度となっていた。
注意深く植えこまれた、背の低い竹の一種で周囲を囲まれ、丁寧に剪定された松や梅の類が、苔むした大きな石と共に、庭園部分を繊細な雰囲気に仕上げている。
ただ、当然と言うべきか露天風呂は、高さが三メートルはあろうかという竹の仕切りによって、真ん中で綺麗に男湯と女湯に分けられていた。
『ホロウシュ』の男とキノッサは目論み通り、女性陣より先に露天風呂に到着、周囲の景色を見る事もなく次々に岩風呂に浸かる。そしてまず、女湯との間を仕切る竹製の壁の状況を調べた。
「ダメだなこりゃあ…竹の間に隙間なんかねぇぞ」
「ナイフで削ってみるか?」
イーテス兄弟の言葉をモ・リーラが否定する。
「ナイフなんて取りに戻ってる時間、ねぇって」
「あそこはどうだ?」
そう言ってハッチが指をさしたのは、仕切りの取り付け部にある、大きく突き出た岩棚だった。男女両方の露天風呂に跨るそれは、常人には無理な高さと急勾配だが、『ホロウシュ』として鍛えられた身体能力ならよじ登れるはずだ。それに上手い具合に岩の根元から、一本の細い木が生えていて仕切りの上辺りを隠している。
「あそこなら何とかなりそうだけどよ。一人しか無理だろ」
「じゃ、交代ってことで」
ヴェール=イーテスの言葉にキノッサが応じる。
「おめぇ、登れるのかよ?」
「へへ…ご心配なく。身軽さだけは、『ホロウシュ』の皆様にも負けません」
とその時、仕切りの向こうから若い女達の、こちらに近づいて来る声が聞こえ始めた。一番明るい声を発しているのは、いつもの通りフェアンである。
「来ましたですよ!」
キノッサの声でハッチ達は音を立てないように湯に入り、仕切りのすぐそばで並んで聞き耳を立てた。
「おーんせん、おーんせん!」
「ほぉら。そんなに、はしゃがない」
脱衣場から陽気な声で出て来るフェアンを、姉のマリーナが窘める。それに続いてメイアとマイアの双子姉妹が、声を合わせてノアに「足元にご注意ください」と告げた。さらにジュゼ=ナ・カーガやキュエル=ヒーラー、キスティス=ハーシェルらの女性『ホロウシュ』達が、リラックスした雰囲気で会話しながら、近付いて来る。
「ジュゼ。あんたちょっと太った?」
「はぁ? んなワケないでしょ。キスティスじゃないんだし」
「あたし、太ってないって!」
そしてチャプチャプという音…湯に入る前のかけ湯の音だ。
「少し熱くない?」とノアの声。
「いえ…こんなものでしょう」ランの声だ。
仕切り壁の向こうの映像を頭の中で描き、鼻息も荒くなる男ども。聞き耳を立てるキノッサ達の鼓膜に、仕切りを挟んで女性陣の声がさらに届く。
「でさぁ。あたい、ヤーグマーに言ってやったのよ。そんなんじゃ一生モテないってさあ。そしたら逆ギレ…なんなの、アイツ」
「アイツ、バカだかんねぇ」
「なにキュエル。あんたヤーグマーが気になんの?」
「んなワケないっしょ!」
「メイア、マイア。遠慮しなくていいから、貴女達も入りなさい」
「はい…」
「それでキスティス。言ってたボージェのバッグ、買ったの?」
「それが聞いてよ。買ったんだけどぉ、この旅に出る前に同じ柄の可愛い色のが、エフラップの店で見つかってさぁ。ガッカリだよ」
「マリーナ姉様っ!」
「ちょっとイチ。抱き着いて来ないでって、何度言ったら―――」
「じゃあ、ノア義姉様っ!」
「はーい…ふふふ」
「ノア義姉様、優しーい。てゆーか、胸おっきーい」
「こら、だめよ」
核心に触れるフェアンの発言に仕切りのこちら側では、そうすればよりよく聞こえるわけでもないのに、皆が仕切り壁に背中を押し付けた。その圧力で竹の仕切り板がギシリと僅かに軋み、ハッチは隣のキノッサの頭をペン!とはたく。
「バカてめぇ」
声を殺して咎めるハッチに、他の四人が一斉に人差し指を口にあて、「シーっ」と沈黙を要求した。一方、仕切り板の向こうでは、初めての温泉に大はしゃぎ中のフェアンの活躍が続く。
「マリーナ姉様もこれぐらい胸があったら、抱き着き甲斐があるのにー」
「大きなお世話よ!」
珍しく狼狽気味に叱るマリーナの声。
「じゃあ、次はランの番」
「は?…わ、私ですか?」
生真面目なランは冗談だと思わなかったのか、困惑した口調だ。するとこちらも少々浮ついているらしく、ジュゼ=ナ・カーガがからかうように言った。
「イチ様。フォレスタ様に手を出すと、モルタナ様に怒られますよ」
モルタナとは、ランに好意以上の感情を抱いている事を公言して憚らない、宇宙海賊『クーギス党』の女副頭領である。
「え? ランてやっぱりそうなの? 付き合ってるの?」
「ち、違います!」
困り顔で否定するラン。この辺りの事をイジられるのが、日常でのランの唯一の弱点だと言えた。その反応に仕切り板のこちら側では、普段ランの生真面目さに手を焼いている『ホロウシュ』の男達が、内心で“グッジョブ、イチ様”と親指を立てる。しかもフェアンは、残る女性『ホロウシュ』達にも襲い掛かった。
「よーし。じゃあ、みんなもだー!」
キャーキャーと黄色い声を上げながら、若い女性達のじゃれ合い始める声が聞こえて来ると、仕切り板のこちらの男達は撃沈寸前となる。こういったフェアンの、期待以上の傍若無人ぶりは、やはりノヴァルナの妹という事であろうか。
▶#08につづく
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