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第10話:花の都へ風雲児
#14
しおりを挟む潜水艦『L-415』はこの展示場で唯一、約五百年前のヤヴァルト共和連邦水軍が使用していた本物の潜水艦であり、当時は通常型潜水艦と呼ばれていた。全長は約80メートル。動力は現在の潜水艦のような重力子推進ではなく、リチウムイオン電池による電気推進である。他の潜水艦や潜水艇はダミーであって、見た目は本物そっくりに作られているが防水能力は皆無だった。となればノヴァルナがこの状況で、緊急回避として選択出来るのはこの『L-415』一択だ。
固定台から『L-415』の甲板まで続く梯子をよじ登ったノヴァルナ達は、三箇所ある外部ハッチのロックを、ハンドブラスターで破壊して艦内へ入った。この潜水艦は観光客を乗せての航行イベントでも使用されるため、司令塔に降り立つと旧ヤヴァルト共和連邦水軍の軍服を着た、若い女性の等身大ホログラムガイドが出現し、丁寧に挨拶して来た。
「皆様、ようこそ潜水艦『L-415』へ。私は本艦のご案内を務めさせて頂きます、ホログラムガイドの―――」
おそらくスタッフ以外の人間が司令塔に入ると、自動的に起動するようプログラムされているのだろうが、今は相手をしてやる暇などノヴァルナ達にはない。艦の構造と機能を案内し始めるホログラムを放っておき、ノヴァルナはササーラに尋ねた。
「全員乗ったか!?」
「はっ!」
「よし。ハッチ閉めろ!」
「ねぇ、どうするの? 動くの、これ?」
尋ねるノアに、ノヴァルナはきっぱりと応じる。
「わかんねぇ!」
「わかんねぇ!…って、あのねぇ」
「今は生き延びるのが最優先だ!」
ノヴァルナの言う通りだった。その直後、潜水艦『L-415』の外部でドーム天井が崩壊し、一気に大量の海水が流れ込んで来る。『L-415』は海水に飲み込まれて激しく揺れ、中にいるノヴァルナ達は、全員が床に投げ出される。置かれていた固定台から流され、海水に満たされたドーム型展示場の内部を漂った。そしてすぐにガン!という感覚が走ると、そのまま艦は動かなくなる。
「てて…みんな大丈夫か?」
側頭部を手で摩りながら立ち上がるノヴァルナ。「いったぁー。腰打ったぁ」と文句を言うフェアン。「大丈夫です…」と落ち着き払って応じるマリーナ。
「今のぶつかったような衝撃。何が起きたんスか?」
疑問を口にするキノッサに、ササーラは辺りを見回しながら推測を述べた。
「分からんが…どこかに、引っ掛かったのかも知れん」
「そりゃ、マズいッスよ!」
顔を引き攣らせるキノッサ。確かに艦が機能していない以上、動けないと溺死は免れても次は窒息死だ。
「とにかく外の状況が分かんねーと、対処のしようがねぇ。動かせるか?」
ノヴァルナに問われたササーラは、ガロア星人の厳つい顔をギョッ!とさせて、口ごもった。
「む、無理ですって。五百年前の艦ですし!」
ササーラの返答に不満そうな顔を浮かべ、ノヴァルナは他の『ホロウシュ』を見渡すが、狭い潜水艦の司令塔の中で、誰もが“んなの、無理ッス”という表情を浮かべる。チッ!…と舌打ちするノヴァルナだが、ここで身分の差にかかわらず言い返す強者がキノッサだった。
「そういうノヴァルナ様は、どうなんスかぁ?」
「んなもん。俺が知ってたら、訊くわきゃねーだろ!」
臆面もなく胸を張って言い放つノヴァルナ。“ああ、そう…”という反応の『ホロウシュ』。ノヴァルナの傍らでノアが“これだもの…”といった顔になり、ため息交じりに肩をすくめる。するとここで思いも寄らない人物が手を挙げた。ノヴァルナの妹の一人、フェアンである。
「はいはーい。あたしに任せてー!」
ぴょんぴょんと小さく跳ねて、自分の存在をアピールするフェアン。呆気にとられるサイドゥ家出身のノアだが、フェアンという少女を良く知るウォーダ家の面々は、むしろ小さく頷いた。
フェアン・イチ=ウォーダは現在十七歳。精神年齢的には子供っぽいところがあるが、コンピューターを扱う才能は天才的であった。
その才能が開花したのは三年前の中立宙域。ノヴァルナとはぐれたフェアンは、当時はまだ協力関係になかった宇宙海賊『クーギス党』の海賊船を奪って逃走。この時のフェアンは、偽装データをその場でプログラムした囮(デコイ)の宇宙魚雷を使って、追手を巻いたという実績があり、しかもそれが誰にも教わらない、フェアン自身の思いつきであった事から、電子戦の遂行能力に対する、秘めた実力が高い評価を得ていたのである。
「おう、フェアンか。任せるから、やってみ!」
大好きな兄のノヴァルナから、頼りにされている言葉を告げられては、フェアンも奮い立たずにはいられ無い。
「おっしゃキター! やるぞぉー!」
窮地でも明るさを失わないフェアンの態度は、周囲の家臣達に勇気を与える。無邪気なようでも、彼女もやはり星大名の血を受け継ぐ者だった。彼女は彼女なりにこの緊迫した状況の中で、周囲の人間達を鼓舞しているのである。
両手で拳を握り、ガッツポーズを見せたフェアンは、一人でこの潜水艦の解説を続けていた女性ホログラムの、コントロールパネルの前に設置された座席に座る。
「ごめんね。ちょっと使わせてねー」
女性ホログラムをシャットダウンして、コントロールパネルを操作し始めるフェアン。このパネルだけは、潜水艦『L-415』本来のものではなく、艦の管理を行うために設置された、今の時代のシステム端末であった。
女性ホログラムに変わってパネル上に展開されたホログラムキーボード。フェアンの両手の指はまるで一流のピアニストのように、キーボードの上を滑る。次々と立ち上がる起動プログラム。フェアンはこのコントロールパネルを介して、潜水艦『L-415』の旧来のシステムに入り、操艦機能を掌握しようとしていた。
ほどなくして司令塔の中に、ブン!…と唸るような振動が伝わった。フェアンが報告する。
「リチウムイオン電池…だったっけ? イベント用の電力が残ってたから、電源を入れたよー。あと、外の状況を知るのには、ソナーってのを発信するみたい」
五百年も昔の艦を扱える者などいるはずがなく、フェアンはシステムの掌握と同時に、操艦の仕組みまでNNLでダウンロードしていたのである。
「ソナー…センサーみたいなもんか?」
ノヴァルナが尋ねるとフェアンは「そんな感じ」と応じ、姉のマリーナの方を指差して告げた。
「ねぇ、マリーナ姉様。そこの赤いスイッチ、押してみて。それそれ、“アクティブ・ソナー”って書いてあるの」
「これかしら?」
マリーナはマリーナでこの事態に動じる事なく、悪人顔の犬の縫いぐるみを片腕に抱きながら、もう一方の手でフェアンが指示したスイッチを押す。するとどこからともなくコーーーン!という音が発せられた。そしてそれが終わるか終わらないかのうちに、カン!という音が返って来る。アクティブソナーが発した音の反射音だ。かなり近い。その反射音源を解析したフェアンが告げた。
「わかった。この艦の後ろ側が、ドームの天井の崩れた部分から突き出た支柱に、引っ掛かってるみたい。一度少し潜って、前進したらドームの中から出られるはずだよ」
「動かす?…どうやって?」とノヴァルナ。
「キスティスとモ・リーラくん。そこの席に着いて。BSIユニットの操縦桿みたいなのが出てるでしょ? それで操縦するみたい」
「り…了解です」
指名されたキスティス=ハーシェルと、カール=モ・リーラは顔を見合わせ、てきぱきと指示を出すフェアンに、気圧され気味に返事する。さらにフェアンは他の『ホロウシュ』にも指示して、それぞれの部署に配置した。
「ランは電池の残量見てね。ハッチくんは圧搾空気の残量ね。この艦、イベントに使ったあとみたいだから、補充されてないみたいだし。それじゃみんな、そろそろ行くよー」
艦長のように振舞いだすフェアンだが、文句を言う者は一人もいない。行っている事が的確だからである。
「話には聞いてたけど、いざという時のイチちゃんは、本当に頼もしいのね」
感心した様子のノアに、腕組みをするノヴァルナはドヤ顔で応じた。
「そらそうよ。なんつっても、俺の妹だかんな!」
ノヴァルナの信任を受け、フェアンは立て続けに指示を出す。
「ササーラくん。あたしの合図で…えーと、なにこれ?…“すくりゅー”って言うのを回転させて。電池から電力を繋ぐんだよ。そしたら艦が動き出すから。それでキスティスはその操縦桿みたいなのを、少しだけ前に倒して。そうすると前に少し潜るから。そして引っ掛かってる支柱が外れたら、モ・リーラくんの方の操縦桿で前に進むの。これでドームの外に出られるはずだよー」
とそう言われても、『ホロウシュ』達の緊張の表情は解けない。ただ潜水艦という艦種は比較的宇宙船に近いものがあるため、五百年前の艦でも印象的には難しくない感じなのが、せめてもの救いだった。
「マリーナ姉様。ソナーを打ち続けて」
「こう?」
フェアンの言葉に従ってマリーナは、再びアクティブソナーを作動させる。今度は連続であるため、コンカンコンカンと、探信音と反射音も鳴り続け始めた。
「みんな。うるさいけど我慢してね…オッケー、ササーラくん。スクリュー接続。回転数は控え目だよー」
フェアンはコントロールパネル上に展開した、ソナーの反射音の解析データを描く、ホログラムスクリーンを見詰めながら指示を出す。外部の視覚映像がないために、反射音源から得られるこの艦と、艦を引っ掛けている支柱の位置情報だけが頼りである。
「キスティス。ちょい下へ進んで…角度は…5度かな…ゆっくりねー」
「こう…ですか?」
キスティスも計器を見ながらで“潜舵”を操作した。ギギギ…ガガガ…と、金属同士が擦れ合う不快な音が響き、潜水艦『L-415』が動き出す。
「そのまま…そのまま…次はモ・リーラくん。左へ3度だけ舵を切って…」
モ・リーラがフェアンの指示従って艦を操作すると、艦の動きがふわりとしたものに変わった。それに不快な金属音も途絶える。どうやら引っ掛かっていた支柱から離れる事が出来たらしい。
「キスティス、潜航角度を12度。モ・リーラくんは舵を右へ6度。そう、そんな感じで…ササーラくんは回転数をもう少し絞って…」
ノヴァルナは『L-415』が動くにつれ、僅かずつだが探信音のコーンと反射音のカンの間が、開きだしたのを感じた。上手く操艦出来ているらしい。
「よっし。これで抜けられるはず。ササーラくん、スクリューの回転数を上げて。キスティスは角度を水平。モ・リーラくんはそのまま前進。一気に脱出するよー」
フェアンの推測は正しく、旧時代の通常動力型潜水艦『L-415』は、天井の崩壊したドームの中から抜け、海洋へと躍り出る事が出来たのだった。
▶#15につづく
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