189 / 508
第9話:退くべからざるもの
#15
しおりを挟む場面は戻って、カルツェらを呼び寄せた謁見の間―――
「よう、カルツェ。今回はツキがなかったな」
謀叛を起こす前と変わらぬノヴァルナの語り掛けに、カルツェはその思惑が読めず、片膝をつき頭を下げたまま、硬い表情を続けた。
「正直おまえに、実際に謀叛を起こす度胸があったとは、驚きだぜ」
「………」
無言でうつむいたままのカルツェに、ノヴァルナは問う。
「何か言いたい事はあるか?」
「この身の処遇はすでに、兄上の御意のままに…」
「じゃあ、俺が“死ね”と言ったら、死ぬんだな?」
ノヴァルナが突き放すような口調で言うと、静まり返った謁見の間に集まる人々の間で、無数の息をのむ微かな音が響くのが聞こえ、視界の片隅では先の会見で、必死にカルツェの命乞いをした母親のトゥディラが、体を震わせるのが見える。
とその時、カルツェのやや後ろに控えていたカッツ・ゴーンロッグ=シルバータが、咳き込むような勢いと大きな声で発言の許可を求めた。
「おっ! 恐れながら、ノヴァルナ殿下。発言をお許しください!」
「おう。ゴーンロッグ、言ってみ?」
「此度の殿下に弓引く行為! 全ては私の一存にて計画したる事! 処断を負うべき罪の全ては私にございますれば、カルツェ様には寛大なご裁可をどうか! どうか、お願い申し上げまする!!」
するとノヴァルナは少々意地悪い眼になって、ゴーンロッグに問い質した。
「へぇ…て事は、てめーがカルツェを丸め込んで、謀叛を決めさせたのか?」
「む…無論の事にて」
シルバータは厳つい顔に、脂汗を浮かべて答える。この愚直な男が、そんな小細工を弄する事が出来ないのをよく知っているノヴァルナは、「アッハハハ!」と、いつもの高笑いを発して、不敵な笑みを浮かべる。
「てめーが、そんな事出来るタマかよ!? 相変わらずな奴だぜ!」
「出来まする! 出来まするゆえ!!」
「嘘こくな。もういいって」
「そこを何とか…」
「アッハハハ! “そこを何とか”ってなんだよ! もちっとマシな言い方しろ。てか、てめ、しつけーぞ。ゴーンロッグ!」
「………」
食い下がろうとしたのを軽くいなすように言い返され、シルバータは押し黙るしかなかった。とは言うものの、ノヴァルナのシルバータに対する心証は悪くない。カルツェに必要なのは、こういった不器用でも誠実な家臣だと思う。
眼光を和らげたノヴァルナは、シルバータに告げた。
「いいからまず俺の話を聞け、ゴーンロッグ」
シルバータを引き下がらせたノヴァルナは、左隣に座るノアを見遣って視線を交わすと軽く頷き合った。そして前に向き直って昨夜、ノアから話を聞き、それを踏まえた自分の考えを話し始める。
「俺は最初、カルツェを処刑する事も考えた」
サッ!と謁見の間の空気が固まるが、ノヴァルナは構わず続けた。
「自分の弟であっても国政を乱し、無駄に兵の命を損耗した事は許し難い。だが…戦死したカルツェの軍の将兵はカルツェこそが、キオ・スー=ウォーダ家の主君となるに相応しいと信じ、忠義を尽くして命を散らせたんだ。キオ・スー=ウォーダ家のためを思い、死んでいった者達の忠義は評価すべきだ」
ノヴァルナの口調が落ち着いたものに代わり、家臣達の緊張感が増す。
「結論から言う。カルツェは処刑しない―――」
家臣達の中から、複数の安堵の息が漏れる。一方で“何故だ?”という眼を向けて来る家臣もいる。
「カルツェが犯した罪は罪だ。だが罪は俺にもある…それは俺が、俺の本心を皆に見せなかった事だ。上辺だけの俺を見て俺を軽蔑し、カルツェこそが当主に相応しいと思わせてしまった俺の罪だ。それは反省しなければならない事実だと、思っている」
ノヴァルナの口から出た“反省”という言葉に、少なくない数の家臣達が驚きの表情になった。
「だから、俺にはカルツェの罪を断ずる事は出来ない。カルツェを罰する事はカルツェを信じ、忠義のために死んでいった将兵の志を、踏みにじる事になるからだ」
ここで再び昨夜の夕食中のノアとの会話―――
「あなたが我儘放題に振舞っているのは、外部の敵だけでなく、内部の敵対者に向けてのものだとは分かってるわ―――」
そういうノアの声は誠実だった。ノアもこの際ノヴァルナのために、いつか言っておかなければならないと考えていた事を、言葉にしようと思っていたからだ。
「でも、“本当の俺を見抜けない奴は、どうにでもなれ!”ってやり方、そろそろやめにしない?」
「………」ノアに諭され、ノヴァルナは複雑な表情になった。
「今の私はあなたの事が大好きよ。おバカなところも含めてね。でもそれは、あなたの本当の姿が分かってからの事。知ってるでしょ?…あなたと出逢った最初の頃は私、あなたという人が理解できなくて、大嫌いだったって」
「まあな…」
短く答えて手指で頭を掻くノヴァルナ。そういうノヴァルナもはじめのうちは、自分の仕掛けた壁を悉く打ち破って来る、ノアの事がひどく苦手だったのだ。
ノアはさらに言葉に続けた。
「もしあの時、あなたと一緒に未来のムツルー宙域に飛ばされずに、あなたの事を知らないままで別れてたら、私はたぶん、今でもあなたが大嫌いでいるはずよ。それがこんなに好きになれたのは、あなたを知る機会があったから。『ホロウシュ』のみんなもそうでしょ?…あなたが理解出来てるから、あなたに忠義を尽くしてくれるんだし」
それに対し、ノヴァルナは不平を口にする。
「俺は、俺を嫌いな奴にまで、好かれたいとは思わねぇ」
ノアは根気よくノヴァルナを諭す。
「あなたを一目見て本質を見抜ける人なんて、滅多にいないわよ。ムツルー宙域に飛ばされた時だって、初見から意気投合したのって、ダンティス家のマーシャルさんぐらいだったじゃない」
マーシャル=ダンティスは皇国暦1589年―――今から33年後のムツルー宙域でノヴァルナとノアが出逢った、星大名ダンティス家の若き当主だった。ノヴァルナに似て型破りな若者で、それゆえにノヴァルナを一目見ただけで、自分と同種の人間だと見抜く事が出来たのだ。もっともこれは稀有な例と言っていい。
「俺に媚びを売れってのかよ?」
「そうじゃないわよ。なんでそんな風に考えるかな?」
「しょうがねぇじゃん。それが俺なんだし」
「あのね…ナグヤ=ウォーダ家だけを支配していたこれまでは、それでも良かったんでしょうけれど、それより大きなキオ・スー=ウォーダ家の当主となって、新しい家臣も増えたんだから、もっと、あなたの本質を皆に知ってもらう必要もあると思うの。今のやり方じゃ、あなたの敵が増えるばかりよ」
「………」
押し黙るノヴァルナに、ノアは眼を見詰めながら静かに告げる。
「ねぇ、お願いだからちゃんと考えて。本当のあなたを知らないまま、命を失っていった人達がカルツェくんの軍にいた事を。そしてその中には、いつか大きな功績を上げる人材がいたかも知れない…って事を」
そういう風に言われると、ノヴァルナもたじろがざるを得ない。それは自分の愛する者から、“あなたのせいで無駄な命が奪われたのよ”と言われたに等しいからである。それと同時にノヴァルナは、ノアの言う通りだとも思った。本当の自分を知って、それでもなお自分を憎む者こそが、排するべき相手だと見極める時期に来ているのだろう。
もっとも、ひねくれたところのあるノヴァルナであるから、その気持ちを素直にノアに伝える事はせず、一つ咳払いを入れると、わざとらしく話を逸らした。
「いいから、メシ喰えよ。喋り過ぎて冷めちまうぞ」
ただノアはノヴァルナの、そんなところもお見通しである。自分の意見を汲んでくれた事に安堵の表情を浮かべ、「はいはい…」と応じて夕食を再開していったのであった………
▶#16につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる