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第9話:退くべからざるもの

#14

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 そしてそれから約二時間後、キオ・スー城の謁見の間で玉座に座るノヴァルナのところへ、カルツェが姿を現した。
 ノヴァルナの左隣にはノア姫、右隣には表向きの主君カーネギー=シヴァ姫。さらに背後には二十人の『ホロウシュ』が横一列に並ぶ。また謁見の間の左右には、キオ・スー=ウォーダ家の重臣達に加え、トゥディラとその二人の娘。さらに今回の戦いでノヴァルナ側についた、ヴァルキス=ウォーダらアイノンザン星系の一行がいる。

 一方のカルツェは左右にカッツ・ゴーンロッグ=シルバータと、クラード=トゥズークを従えただけである。戦隊司令官でもあった側近達は、イノス星系の戦いでほぼ全員が戦死してしまっていた。戦力的に劣ったノヴァルナ軍が、指揮系統の混乱によってその劣勢をカバーしようと、戦隊旗艦を集中的に狙ったためだ。
 さらに筆頭家老のシウテ・サッド=リンは、カルツェの謀叛への協力者ではあったが、首謀者ではなかったため、ナグヤ城で謹慎したまま呼び出されてはいない。

 謁見とは言うが、実際はカルツェ達への処分の通達であり、主君であるノヴァルナがどのような態度で、どんな事を口にするか、誰もが固唾を飲んでいた。脚を組んで少々尊大な姿で座るノヴァルナだが、近頃では彼の重臣達も、そういった行動が、演技である事を理解するようになって来ており、この場合、それがかえって、ノヴァルナがどう出るか予想をつけにくくさせている。



 ノヴァルナの前へ着いたカルツェは、従えるシルバータとクラードと共に、裁きを受けるべく、片膝をつき、こうべを深く垂れた。謁見の間に集う人々の間に緊張の空気が流れる。
 するとおもむろ脚を組み替えたノヴァルナは、いつも通りの不敵な笑みになり、どこか穏やかさを感じさせる声で口を開いた。

「よう、カルツェ。今回はツキがなかったな―――」



 カルツェ達の処遇。それは母のトゥディラがどうこうと言い出す前に、すでに決めていた事だった。その決定は前日の夜、ノアと食事をとっていた時、彼女の意見を汲んでノヴァルナがようやく決めた話である。



「許してやれだと?」

 ソテーされた白身の魚を刺すフォークを、口に運ぶ途中で止めたノヴァルナが、向かい合って座るノアに問い質す。

「そ。迷ってるんでしょ?」

 事も無げに言うノアにノヴァルナは返事をせず、料理を口にくわえた。ノアの言う、カルツェの処遇をどうするか迷っている自分がいる事に、ノヴァルナは同意せざるを得なかったからだ。

「えらく簡単に言うヤツだな。おまえ」

「だって、簡単じゃない」

「下手に甘く出ると、誰のためにもなんねーだろが」

 少し苛立ち気味に告げるノヴァルナに、ノアはやれやれ…と小さくため息をついて苦笑した。そして諭すように、ノヴァルナの眼を見て尋ねる。

「あなたのしたい事は、復讐なの?」

 ノアに“復讐”と言われて、ノヴァルナは顔をしかめた。彼女が何を言いたいかを理解したからだ。それは以前、ノヴァルナが自分の見習うべき大人だと思っている、ムツルー宙域での恩人カールセン=エンダーから、“おまえさんは復讐のために戦うんじゃなく、大義のために戦うんだ”と諭された事を指している。

「別に俺は…」

 違うと言いたいノヴァルナだが、否定しきれない自分の気持ちが、言葉を濁らせる。その様子にノアは、「ん?」と優しい声を出し、小首を傾げてノヴァルナの本音を促した。

「あいつらは!…おまえを危険な目に遭わせたんだぞ!! それにササーラの兄貴のゴルマーザも殺した! 連中の身勝手で兵達が死んだ! いくら弟だろうが落とし前をつけさせて、何が悪いってんだ!?」

 ノアに導かれるまま、自分の中のわだかまりを言い放ったノヴァルナは、途中で気まずさを感じていたのか、ノアから視線をそらして横を向く。静かにそれを聞いたノアは、そっぽを向いたノヴァルナの横顔に語り掛けた。

「ありがと。私の事を、一番最初に怒ってくれて」

「………」横を向いたままのノヴァルナ。

「あのね。これは私のお母様から聞いた、お父様の事なんだけど…お父様はああ見えて、敵対した相手には、まず許す事から始めたの」

 ノアのそんな言葉が気を引いたらしく、ノヴァルナはノアに向き直った。

「あの“マムシのドゥ・ザン”が?」

 頷いたノアは、軽い苦笑いを浮かべながら応じた。

「お父様がミノネリラ宙域の星大名に登り詰めるまでに、どのような事を繰り返してきたか…それを考えれば、誰にいつ寝首を搔かれても、おかしくはなかったわ…そして事実、そんな事が何度か起きていた。私が生まれる前ぐらいまで…ね」

 そこで一旦言葉を区切ったノアは、紫の瞳に憂いの光を帯びさせた。父と母の死を過去のものとするには、いくら気丈なノアであってもまだ日が浅過ぎる。気を取り直してノアは顔を上げた。

「命を狙って来た者を捕らえた父は、その相手に尋ねたの。その目的が自分の野心であるのか、それとも父が追放した前宗家、トキ家への忠義によるものなのかを。そして…トキ家への忠義によるものだった場合、許したんだって」

「あの鬼みたいなオッサンが、そんな事すんのかよ」

「ちょっと。ひどい言い方しないでよ…で、それはなぜかってお母様が尋ねたら、こう言ったそうなの“自分の野心からわしを狙って来た者なら、処断されても自業自得。だがトキ家への忠義から儂を狙ったのであれば、そうさせた儂にも非がある”って」

 それを聞いて「ふーん…」と声を漏らしたノヴァルナは、自然と考える目になっていった。




▶#15につづく
 
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