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第9話:退くべからざるもの
#10
しおりを挟むそのカルツェの旗艦『リグ・ブレーリア』では、新たな超空間転移先を選定し、残存艦に移動命令を出そうとしていた。
「TC-206691星系? 何がある?」
緊張気味のカルツェが問い質すと、艦隊参謀は戦術状況ホログラムを広域宇宙地図に切り替える。位置が表示されたTC-206691星系は、オ・ワーリ=シーモア星系でもモルザン星系でもなく、ミノネリラ宙域の方向にあった。
「ミノネリラ宙域方面警備艦隊の、無人補給基地があります。ここに集結して応急修理と補給を済ませ、イースキー家へ応援を求めましょう。こちらの方面であればノヴァルナ様も、予測されていないでしょう」
「だがイースキー家の支援の条件は、ノア姫を引き渡す事ではないのか?」
イースキー家の支援と聞いて、カルツェは表情を暗くする。自分でも否定的だったノア姫の拉致を指示して来た、イースキー家の手を借りようというのであれば、プライドが傷つきもする。しかし参謀達は、カルツェに降伏を受け入れる気が無いのなら、もはや主君のそのような体面などに構ってはいなかった。
「最終的にノヴァルナ様に勝ちさえすれば、拉致などといった卑怯な手段を使わなくても、ノア姫を手に入れる事も可能です。イースキー家に頭を下げる結果になってもここはご辛抱を!」
「そうです。ミーマザッカ様がノヴァルナ様を引き付けている間に、超空間転移を行える位置まで離脱を!」
司令官席の両側から参謀にまくし立てられ、カルツェは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。また他家の威と力を借りるのか…との思いだった。考えてみればこれまで自分達は、常にどこか他家の力をあてにして来た。頭脳明晰、品行方正、当主には自分の方が相応しいと、周囲から持ち上げられていても、結局はそれが自分の限界なのかと苛立つ。
「カルツェ様!―――」
「ああ、分かった。おまえ達の好きにせよ!」
参謀の言葉に突き放すように言うカルツェ。だがそれは、参謀の声ではなく、オペレーターの声であり、決定を督促するためのものではなかった。
「違います! 敵のBSIユニットに迎撃網を突破されました。急速接近中!!」
それはジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムの操縦する、『シデンSC』だ。
「CIWS! 迎撃!!」
叫ぶ『リグ・ブレーリア』艦長。しかしここまでの戦闘で、艦の迎撃火器は半分も稼働していない。明らかに脆弱な迎撃砲火を躱して、フォークゼムの『シデンSC』はバックパックから、対艦誘導弾ランチャーを手に取る。
コクピットの照準ホログラム上、オン・ターゲットのロックマンマーカーが緑色に点滅した瞬間、フォークゼムは「行けっ」と小さく叫んで、トリガーを引いた。
フォークゼムが放った対艦誘導弾は二発。だが出遅れた焦りから、距離があり過ぎた。ミーマザッカ隊から一機の『シデンSC』が、カルツェの『リグ・ブレーリア』との間に割り込むように駆けつけて来る。
その『シデンSC』は超電磁ライフルを放つと、フォークゼムが放った対艦誘導弾を二発とも破壊した。このままではカルツェの旗艦を逃がしてしまう。そうはさせません!…と、フォークゼムは敵の『シデンSC』に向けてライフルを放つと、ポジトロンパイクを構えて突撃した。
しかしフォークゼムの相手も、親衛隊仕様機に乗っているだけあって、それに相応しい技量を有していた。敵機もフォークゼムに向けて数発のライフルを放つと、ポジトロンパイクを構えて仕掛けて来る。最初のパイクの打ち合いで、フォークゼムは、切っ先の鋭さと間合いの詰めの速さから、相手が自分より格上である事を見抜いた。
“これは勝てない相手。だけど私の目的は!―――”
ポジトロンパイクの打ち合いを利用して、機体の位置を入れ替えたフォークゼムは、敵機をやり過ごすと、今まさに超空間転移を行おうとしていたカルツェの旗艦に、残り二発の対艦誘導弾を発射する。
その直後だった。フォークゼムの機体は後ろから突き飛ばされるような、激しい衝撃を受けた。敵の『シデンSC』が背後から斬りかかり、バックパックを破壊したのだ。コクピットの内部でも、数か所からスパークが発生した。
“やられた!”
無防備に向けた機体背後のバックパックが斬撃を受け、ダメージを被った対消滅反応路が緊急停止する。こうなるともう戦闘不能だ。敵の親衛隊機はこちらの予想より動きが速い。死を覚悟するフォークゼム。ところが敵機は、戦闘能力を失ったフォークゼムなど用はないとばかり、前方に飛び出すと超電磁ライフルを構えた。カルツェの『リグ・ブレーリア』を狙う、最後の対艦誘導弾を狙撃するつもりだ。
“ああ、これでも…駄目ですか…”
無数の警告音に包まれながら、暗鬱な目をするフォークゼム。だがその時、敵の『シデンSC』は頭上からの銃撃に、頭部と胸部を撃ち砕かれた。フォークゼムの援護に急行して来た、ヨヴェ=カージェス機の遠距離精密射撃だ。爆散する敵機、その向こうでは、『リグ・ブレーリア』の残存していた重力子ノズルが、破壊される閃光が輝いた。続いてスピーカーから聞こえて来るカージェスの声。
「良くやった、ウイザード・トゥエンティワン!」
一方、ノヴァルナとミーマザッカの戦いも、決着が着こうとしていた。一気に勝負をつけようと、カルツェ軍のBSI部隊が『センクウNX』向けて、群がって来るが『ホロウシュ』に加え、キオ・スー=ウォーダ軍のカーナル・サンザー=フォレスタ率いるBSI部隊も防御に参戦し、ノヴァルナに近づく事を許さない。
「くそっ! おのれぇえええっ!!」
罵り声を上げながらポジトロンパイクで斬りかかる、ミーマザッカの『シデンSC-HV』。漆黒の宇宙空間に火花を散らし、ノヴァルナの『センクウNX』が振るうポジトロンパイクが、その斬撃を打ち払う。
カルツェを当主に据えようと暗躍し続けたミーマザッカだが、これまで数々の実戦を重ねて来た武闘派であり、自分の技量に加え、この高性能の『シデンSC-HV』であれば、BSHOの『センクウNX』とも互角に戦えると思っていたのだ。
ところがまず弾が当たらない。『ホロウシュ』の防御網を掻い潜ったミーマザッカ配下の『シデンSC』が三機、連携攻撃を仕掛けたのだが当たらない。それどころか、『センクウNX』から反撃の銃弾を喰らい、三機ともあえなく撃破されてしまうという体たらくである。ここに来てミーマザッカはようやく、ノヴァルナの恐るべき操縦技術を思い知る事になった。
「俺は認めん! 認めんぞぉおおお!!!!」
ポジトロンパイクを何度も、激しく打ち振るいながらミーグ・ミーマザッカ=リンは叫ぶ。粗野なノヴァルナを斃し、御し易いカルツェを当主の座につけ、裏からキオ・スー家を支配する。そしていずれはウォーダ家そのものを排除し、自分達リン家がオ・ワーリ宙域星大名まで昇り詰める。その野望がこのようなところで途絶えるはずがない。策を仕損じても、一騎打ちでは負けるはずがない。
繰り出される斬撃を何度も防ぎながら、ノヴァルナは冷静に言い返した。
「だからてめぇは、その程度なんだよ」
「!!!!」
ノヴァルナの言葉にミーマザッカは、熊のようなベアルダ星人の顔をヘルメットの中で強張らせる。黒目の多い双眸をカッ!と見開き、体を覆う銀灰色の毛を怒りで逆立たせた。自分を嫌う相手を挑発し、冷静さを奪うのはノヴァルナの得意とするところである。
「ぬおおおおおおお!!!!」
怒号とともに、ポジトロンパイクを大きく振り抜こうとするミーマザッカ。だがその雑な動きは隙を作るだけだ。瞬時に機体に加速をかけたノヴァルナは、居合抜きのように、すれ違いざまに腰のクァンタムブレードを一閃する。コクピットまで切り裂いたブレードの量子分解フィールドに、ミーマザッカは怒りの表情のまま消滅した………
▶#11につづく
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