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第7話:失うべからざるもの
#19
しおりを挟むノア・ケイティ=サイドゥは美しい容姿をしていても、やはり武人たる星大名の姫である。何か怪しい気配に目を覚まし、真夜中のベッドの上で体を起こした。辺りは暗く、しん…と静まり返っている。だが―――静けさの質が違うように感じられるのだ。
“なにかしら…?”
息をひそめて空気の流れを読み取ろうとするノア。すると寝室の扉の前でノアを呼ぶ控え目な声がする。
「ノア姫様…」
「メイア?」
双子のカレンガミノ姉妹の声はほぼ同じだが、こういった場合、姉のメイアは少し声色を変える事になっているため、ノアには聞き分けられる。メイアは扉の向こうで静かに告げた。
「どうも様子が変です。急いでお着換え下さい」
「わかりました」
カレンガミノ姉妹は幼少の頃より、ノア姫の侍女兼護衛役として育てて来られている。特に身辺護衛に関しては、特殊部隊と互角以上に戦えるだけの能力を持っていた。そのカレンガミノ姉妹であるから、ノアより先に異常な気配に気付いていたのだろう。
サイドゥ軍の赤暗色の軍装に着替えたノアは、上着を肩から羽織ったまま、寝室の扉を半分ほど開けた。リビングに出る扉の向こうでは、メイアが両手でハンドブラスターを握り、緊張した面持ちで気配を窺っている。ノアが思っていたより、切迫した気配をメイアは感じているに違いない。メインターミナルの宿泊施設、その窓の外は月明かりが、宇宙港の離発着場を照らしていた。
「リカードとレヴァルは?」
ノアは同じフロアに宿泊している二人の弟の事を尋ねた。二人はノアのいる個人部屋から少し離れた、複数人用の宿泊部屋で寝ていたのだ。
「妹がお迎えに行っております」
とそこに、リビングの廊下側の扉を小さくノックする音がする。銃口を向けるメイア。「ノア姫様、おられますか?」と男の小声、隣の部屋に宿泊しているドルグ=ホルタの声だ。やはり気配を感じて起きて来たのだった。
ノアが小さく頷いて合図すると、メイアは銃を構えたまま扉に向かい、扉が開いた時に死角になる位置で立ち止まる。
「ドルグ。お入りなさい」
ノアが声を掛けると、扉が開いて軍装姿のドルグ=ホルタが入って来た。メイアが銃を構えていたのは、ホルタが人質とされていた場合に備えての事だ。それはホルタも承知の上らしく、扉の陰からメイアが姿を現しても驚いた様子は無い。
ところがその直後、ターミナル全体をズシン!と大きな揺れが襲った。火柱は上がらない。だが何かが崩れたような震動だ。それに続いて大勢の人間が動き出す気配が―――いや、気配だけでなく靴の足音も微かに聞こえ始める。
反射的に身を伏せていたノア達は、足音の規則正しさから、震動が崩落事故か何かで、足音はそれに対処しようとしているのではなく、震動をきっかけに行動を開始したのだと判断した。つまり何者かの襲撃の可能性が高い。
「警備は?」とノアは短く問う。
「陸戦隊が一個小隊ほどいるはずですが…」
武人の眼になったドルグ=ホルタが、軍装の懐からハンドブラスターとペンライトを取り出しながら答えるが、その口調からして、すでに警備を行える状態にない…と考えているようだ。
「敵…の狙いはやはり、私達でしょうか?」
“敵”という言い方に少し間を置いて尋ねるノア。「間違いなく」とホルタが告げると、メイアが意見具申する。
「ここにいるのは危険と考えます」
ノアはすぐに指示を出した。
「リカードとレヴァルと合流して、移動しましょう」
その時だった。少し離れた所から銃声が起こる。ホルタが入って来たあとの半開きの扉の向こう、廊下の先のリカードとレヴァルの宿泊部屋がある方向だ。そちらにはメイアの双子の妹、マイアがいるはずであった。
「二人が!」
思わず駆け出そうとするノア。そのノアをメイアは、「御免!」と強い口調と共に左手で突き飛ばした。「あっ!」と声を上げて倒れるノアをよそに、メイアは右手に握るハンドブラスターを半開きの扉に向け、引き金を二度三度と引く。
薄暗いリビングの空中でバチバチバチと火花が三つ散り、何かが消し飛んだ。
起き上がろうとするノアの前に、何かがポトリと落ちる。ホルタが近付いてペンライトの光を向け、ノアが目を凝らして見ると、羽虫に似た超小型飛行ロボットの破片だった。その中にはガラス針のようなものがある。
「これが警備兵達を…」
覗き込むホルタ。するとそこにマイアの方から、リカードとレヴァルを連れて速足でやって来た。ノアのいる部屋の前で立ち止まると、声を落として脱出を促す。
「ノア姫様。お急ぎ下さい。恐らく敵も銃声を聞いているはずです」
「マイア。リカードとレヴァルは?」とノア。
「姉上。私達は無事です」
兄のリカードが応えると、メイアに続いて部屋を出たノアは、二人の弟の肩に手を回して、安堵の気持ちを伝えた。
「先頭は私とマイアが。ノア姫様、リカード様、レヴァル様の順にて、後方はホルタ様にお願いできますか?」
メイアがそう告げると、ノアと二人の弟は無言で頷き、ドルグ=ホルタは低い声で「心得た」と了解する。一行は警戒しながら廊下へ出た。壁には一定間隔で、足元に淡い黄色の間接照明が灯されている。これが消されていないという事は、さっきのあの羽虫のような小型ロボットに襲わせて、動けなくなった自分達を運び出すのに、都合がいいためだからに違いないとノアは思った。
そしてあの地震のような揺れは、驚いて起きて来たノア達が、何事かと廊下に出たところを、羽虫型ロボットに狙わせるためだった可能性が高い。つまり襲撃者達はノアや彼女の弟達が、四階に泊まる事は知っていても、どの部屋に泊まるかという情報は得ていないとも判断できる。
ただしカレンガミノ姉妹や、ホルタといった高い能力を持つ武人とノア自身が、早々に異様な気配に気付いて目を覚まし、警戒していたのは、相手にとっての誤算であった。
▶#20につづく
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