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第7話:失うべからざるもの

#18

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「敵機接近。シルバータ様の機体です!」

 旗艦『アズレヴ』のオペレーターが緊迫した声で報告する。

「構うな! 目の前の敵艦が先だ!!」

 とゴルマーザ。目の前に捕捉したのが、ミーグ・ミーマザッカ=リンの戦艦『サング・ザム』であるから、無理を通してでも逃すわけにはいかない。

「敵艦、急速接近!」

 ミーマザッカの『サング・ザム』のオペレーターが、叫ぶように報告する。ゴルマーザの『アズレヴ』の主砲が光の奔流を放って、『サング・ザム』のアクティブシールドを激しく叩く。相対距離は一万メートルだが、宇宙空間の戦闘では葉書一枚ぐらいの薄さ同然だ。

「対艦誘導弾、発射!」

「魚雷発射!」

 『サング・ザム』と『アズレヴ』の艦長が、ほぼ同時に命令する。だが『アズレヴ』の放った魚雷は、悉く宇宙空間で砕け散った。横合いからのシルバータによる狙撃だ。一方で『サング・ザム』の対艦誘導弾は、六本がアクティブシールドに命中し、五本が『アズレヴ』の外殻に命中した。

「むおッ!」

 激しい揺れで、ゴルマーザは床に投げ出される。それまでの戦闘で過負荷状態にあった外殻エネルギーシールドは、これに耐えられず崩壊した。緊急事態を知らせる警報音が、『アズレヴ』の艦橋に鳴り響きだす。

「シールド消失! 予備シールド展開!」

「機関部出力65パーセントに低下!」

「針路057プラス34! 主砲、撃ち続けろ!」

 オペレーターの損害報告の声と、艦長の命令が飛び交う中で、立ち上がったゴルマーザは胸を反らした。敵に踏み込み過ぎた、しくじった…と感じる。再び艦を襲う衝撃、『サング・ザム』の副砲射撃だ。今度は司令官席の背もたれを鷲掴みにして、体を支えたため転倒はしない。

「エネルギーシールド完全消失!」

 悲鳴に近いオペレーターの報告。ゴルマーザは艦長を振り向いて頷いた。もはやここまでだ…意を汲んだ艦長は命令を出す。

「総員退か―――」

 だがその命令を言い終わらないうちに、横から突き飛ばされるような、さらに大きな衝撃が『アズレヴ』を包んだ。至近距離の位置でシルバータの『シデンSC』に攻撃を仕掛けた、ナルガヒルデ分艦隊の量産型『シデン』が、返り討ちに遭って『アズレヴ』の艦橋付近に激突、艦体にめり込んで爆発を起こしたのだ。

 エネルギーシールドを完全消失していた『アズレヴ』は、この爆発の衝撃波と火焔をまともに受けた。しかも不運なのは機体が艦にめり込んだため、この火焔と衝撃波が艦の内部に向けて放出された事である。
 ゴルマーザ=ササーラが人生で最後に見たものは、吹き飛ぶ艦橋出入口の扉と、その向こうから猛烈な勢いで噴き出して来た、炎の塊であった………

「第11戦隊旗艦『アズレヴ』、爆発!」

 分艦隊旗艦『ゼルンガード』のナルガヒルデは、その報告に僅かに表情を曇らせた。しかし今は、それ以上の葛藤を見せている場合ではない。落ち着いた口調ながらも矢継ぎ早に命令を下す。

「今の攻撃で敵の足並みは、さらに乱れている。距離を詰めよ。11戦は後退。次は我々戦艦戦隊で押し出す。BSI部隊は戦艦戦隊の直掩に回れ。宙雷戦隊は引き続き待機し、対BSI戦闘に専念せよ」

 戦隊司令官のゴルマーザを失った第11戦隊はさらに、重巡二隻を喪失。残る三隻も中破状態で戦線を離脱した。BSI部隊も『シデン』が十機、『アヴァロン』が九機、『バーネイト』が八機の損失を出している。

 しかしその見返りはあった。ミーマザッカの第4戦隊は戦艦一隻を喪失。残る四隻は完全に隊列を乱し、散らばってしまっている。さらにクアマットの第17戦隊とハーシェルの第21戦隊は重巡を各三隻喪失、戦力を半減させており、カルツェ艦隊はノヴァルナ直率部隊を前に、統率が取れない状況へ追いやられた。

 それに加え、速度を上げたナルガヒルデ直率第2戦隊の戦艦五隻が、斜め後方から砲撃を行いながら追い縋って来る。もし宇宙空間で音が伝わるなら、放たれる黄色いビームの唸りが聞こえて来そうなほどの、ナルガヒルデ戦隊の猛砲撃。混乱するミーマザッカの第4戦隊。

「仕方ない。ナルガヒルデの戦艦部隊を先に排除する。第3戦隊、針路をナルガヒルデ隊との砲戦針路へ。BSI部隊も全て発進させ、数で敵を押し返すのだ」

 そう命じたのはカルツェであった。艦隊司令官としては、手堅い戦術を好むカルツェだ。統率を失くしたままの状態で、ノヴァルナ直率部隊に仕掛けたくはないのであろう。各参謀がカルツェの命令に従って、新たな針路を指示する。

「戦隊針路、270マイナス12!」

「艦載機。発艦はじめ!」

 両脇に宙雷戦隊を並べたカルツェの六隻の戦艦が、左やや下へ舵を切る。ナルガヒルデの戦艦戦隊の頭を押さえるコースである。だがそれはナルガヒルデの望むところだった。主君ノヴァルナから与えられた彼女の任務は、カルツェ艦隊の足止めだからだ。

「ミーマザッカ。今のうちに部隊の統制を回復しろ」

 カルツェからの通信にミーマザッカは、「も…申し訳ございません」と恐縮して詫びる。第4戦隊は一旦速度を落として残存する四隻の戦艦と、さらに戦力の半減した重巡部隊の残存六隻も呼び寄せた。

「モルザン星系艦隊の状況はどうか?」

 隊列を立て直す間、ミーマザッカは参謀に問い質した。シゴア=ツォルドのモルザン星系恒星間打撃艦隊は、先にノヴァルナ直率部隊と戦闘状態に入っている。

「現在、戦況は膠着状態のようです」

「なにっ!?」

 参謀の返答にミーマザッカは驚きの声を上げた。ウォーダ家最強と呼ばれるモルザン星系艦隊が、半個艦隊のノヴァルナ直率部隊と膠着状態というのは、解せない話だったからだ。なんとなればモルザン星系艦隊だけで、ノヴァルナ直率部隊を壊滅させていてもおかしくはないはずである。

「どういう事だ、何が起きている?」

「は…それが、モルザン星系艦隊の動きが、思いの外鈍いようでして」

 兵器はそれを操るのが人間である以上、使い手の意思が反映される。そうであるなら戦場そのものが生き物と言っていい。モルザン星系艦隊の動きの鈍さの裏には士気の低下があった。これまで一番近しい友軍として、肩を並べて戦ったノヴァルナ軍との戦いに、複雑な思いを抱く兵士も多い…それが砲を、誘導弾を撃つ指を鈍らせていたのだ。

「ううむ…これはやはり時間を稼いで、ノア姫を捕らえたというクラードの報告を待つとするか」

 はかどらぬ戦況。眉間に皺を寄せたミーマザッカは、忌々しそうに呟いた………




▶#19につづく
 
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