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第6話:駆け巡る波乱
#08
しおりを挟む「うぬ。そういう事だったか!」
「ホルタ艦隊の撤退の援護が目的か!」
ノヴァルナ艦隊の全力攻撃の理由を知り、キーシスとガイナーは自分達の油断に気付いた。ただ二人共ここで判断に迷いを生じる。この乱戦状況を利用して攻勢に転じるべきか、一気に撤退行動に入るかの判断だ。
「どうする? ガイナー」とキーシス。
「ノヴァルナ軍の優先目的は、撤退中の艦の援護だ。ここは無理に仕掛けるより、この機を利用して下がり、完全に態勢を立て直した方がいいかも知れん」
ドゥ・ザン軍の残存部隊がここまで逃走して来たという事は、すでに主戦場での勝敗は決したという事を示している。本来なら逃走するドゥ・ザン軍の残存艦を追撃し、戦果の拡大を図るのがセオリーだが、いまだ優勢なノヴァルナ艦隊がいるとなると、慎重にならざるを得ない。
キーシスとガイナーの艦隊が躊躇いを見せているところに、ドルグ=ホルタの座乗艦を含む一団が固まって転移して来る。位置としてはノヴァルナの『ヒテン』の比較的近くだ。
「ドゥ・ザン軍第2艦隊旗艦、『バルグシェーダ』確認!」
「ドルグ=ホルタ様より、連絡が入っております」
オペレーターの報告にノヴァルナは頷いて、「繋げ」と命じる。年始めのドゥ・ザンとの会見の時に会った、ドルグ=ホルタの顔が通信スクリーンに現れた。
「おお、ホルタ殿、お久しゅう」
リラックスのつもりなのか、ノヴァルナはどこかとぼけた声で、ホルタに挨拶の言葉を掛ける。
「これはノヴァルナ殿下…」
疲れた表情を見せるホルタが、言葉を絞り出そうとするのを、ノヴァルナは「今は何も言われるな―――」と制した。ドゥ・ザンへの哀惜の言葉を聞くのは後でいい。それより今は、ドゥ・ザンの兵を一人でも多く逃がすのが先決だ。
「ホルタ殿はオ・ワーリに向かわれよ。我等が援護する!」
力強く、きっぱりと言い渡すノヴァルナに、ホルタはドゥ・ザンとの会見の時に感じた、この若者の本質を知った時の戦慄を思い出した。気を取り直したホルタは口元を引き締め、重々しく応える。
「ははっ! 有難く存じます」
ホルタが通信を終えると、ノヴァルナは第4艦隊司令ブルーノ・サルス=ウォーダを呼び出す。
「ブルーノ殿」
「はっ!」
「ホルタ殿の残存部隊は、ブルーノ殿の艦隊で守ってもらいたい。分散して転移して来るため統制は取れないだろうが、宜しく頼む」
「了解にございます」
ホルタが引き連れて来た敗残艦は、空間のゆらぎの影響により、遠いものでは約30億キロ以上離れた位置に転移している。こういった艦には一箇所への合流を促すのではなく、そのままオ・ワーリ宙域方向へ向かわせ、こちらから護衛の艦を派遣する措置が取られた。そのため護衛を任されたブルーノ艦隊も、自動的に散り散りになっていく。
「第1艦隊、前進。もっと敵を押し返せ!」
そう命じて、ノヴァルナは直率の第1艦隊を前に出し、敵の二個艦隊を押し込んだ。ブルーノ艦隊を撤退して来る艦の護衛に付き易くするためだ。転移して来たはいいが、そこで力尽きそうになった艦もおり、そういった艦にはブルーノ艦隊の艦が複数駆け付けて来て、トラクタービームを照射し、牽引を始める。
「時間を稼げ。敵を潰す気で行け!」
ノヴァルナの叱咤の声が飛ぶ。戦艦群が砲列を並べて押し出し、巡航艦や駆逐艦が魚雷を放ち、BSI部隊が猛進する。
そしてそれらが十数分も続くと、どうやら撤退の第二陣の転移は、終わったように思われた。敵の二個艦隊は大きな損害を出し、五千万キロ以上も後退させられている。ブルーノ・サルス=ウォーダの第4艦隊は、撤退第二陣を護衛しつつ、戦場を去ろうとしている。
ただ、総旗艦『ヒテン』の艦橋にノヴァルナの姿は無い。
甲高い重力子ドライヴの音が、徐々に大きくなっている格納庫の中。ハッチが開いたBSHO『センクウNX』の腹部コクピット、その中にパイロットスーツを着たノヴァルナの姿があった。
撤退第二陣が離脱完了したこのタイミングで、自分自身が出撃準備をする理由。それはまだ撤退して来るドゥ・ザン軍の艦、つまりドゥ・ザンに最後までつき従った宇宙艦を待つため。そして…もしかしたら、その中にドゥ・ザン自身もいるかもしれないという、一縷の望みのためであった。
計器類のチェックを続けるノヴァルナのヘルメット内に、同じく発進準備を進める『ホロウシュ』の、ナルマルザ=ササーラから通信が入る。
「本当にご自身で出られて、良いのですか?」
「たりめーよ」とノヴァルナ。
「―――ミノネリラに入ってから連戦で、兵達を疲れさせちまったからな。俺も働かなきゃ、筋が通らねぇってもんさ」
自分の機体で準備中のラン・マリュウ=フォレスタは、ノヴァルナのその言葉の本当の意味を理解した。ドゥ・ザン=サイドゥを本気で救援しようとしたのは、とどのつまり自分がそうしたいという私情であり、そのために必要以上に兵士達を戦わせる事になった以上、自分自身も『センクウNX』で戦場に身を置いて、命を懸ける必要があると考えていたのだろう。
果たしておよそ五分後、新たな転移反応が艦橋から伝えられ、ノヴァルナの座るコクピットの戦術状況ホログラムにも表示がなされた。後退した敵の二個艦隊との間にポツリ…ポツリと、マーカーが不規則に灯り始めると、やがては連続して広範囲に広がってゆく。だがその数はたった十…その中に、ドゥ・ザンの座乗艦『ガイライレイ』の信号は見当たらない。
「………」
無言でそれを見詰め、ノヴァルナは『センクウNX』の操縦桿を握り締めた。そしてさらに二つの転移反応。戦艦級だが、これも『ガイライレイ』ではない………
するとほぼ間を置かずして、ノヴァルナ達の周囲に無数の転移反応が現れ始めた。敵の追撃部隊である。
非統制のDFドライヴによる転移のため、陣形などはないものの、その数は後退していた二個艦隊と合わせると、あっという間にノヴァルナの第1艦隊とサンザーの第6艦隊の総数を上回っていく。いや、陣形も無しにバラバラに転移して来たため、逆に集団でいるノヴァルナ達の艦隊が、周りを包囲される形となった。
出現したのはギルターツの第1艦隊だけでなく、ドゥ・ザン戦に参加した他の艦隊の、戦闘可能な艦も全て同行しているようだ。
「ウイザード中隊、発進する! 格納庫開け!」
即座に自分達の出撃を命じるノヴァルナ。総旗艦『ヒテン』とあとに続く五隻の戦艦から、ノヴァルナの『センクウNX』と、『ホロウシュ』達が乗る19機の『シデンSC』が緊急発進する。
一方ギルターツ=イースキーは、座乗する『ガイレイガイ』が転移完了すると、第7艦隊のガイナーと第8艦隊のキーシスを叱りつけた。
「貴様ら、何をやっておったか!!」
「も、申し訳ございません!」
ギルターツの面前に立つ等身大ホログラムの二人が、畏まって頭を下げる。
「うぬらが刺し違えてでも、ここでノヴァルナを討っておけば、一気に万事、上手く運んだものを、及び腰になりおって!」
ギルターツの怒りはもっともだった。ドゥ・ザンを倒した今、領国経営の妨げとなるのはもはや、隣国オ・ワーリのノヴァルナという存在だけであるからだ。そこに参謀から報告が入る。それを聞いたギルターツは声を上擦らせた。
「なに!? ノヴァルナめが、BSHOで戦場に出ただと!?」
「はっ。自ら戦場へ出て、撤退戦を鼓舞するためと思われます」
参謀の分析に、ギルターツはほくそ笑んで命じる。
「フフ…大うつけめ、丁度良い。近くにおる者は逃げる者など放っておき、ノヴァルナとその取り巻きどもに攻撃を集中せよ。BSI部隊も整備と補給が終わったものは全て出せ」
しかし当のノヴァルナは、そんな事は百も承知、むしろ自分が囮になって敵を引き付ける腹だった。高速飛行する『センクウNX』から『ホロウシュ』達に告げる。
「おーし! てめーら、こっから忙しくなっからな。根性見せろ!!」
▶#09につづく
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