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第6話:駆け巡る波乱
#06
しおりを挟むドゥ・ザン=サイドゥ軍の撤退部隊第一陣が、ノヴァルナ艦隊とイースキー家の足止め部隊との戦場付近に到着したのは、ドゥ・ザン最後の突撃の直前であった。
「ルヴィーロ様の左翼第3艦隊より入電です。『ナグァルラワン暗黒星団域』方面から、所属不明の艦隊が出現したとの事です」
総旗艦『ヒテン』に座乗するノヴァルナのもとへ、情報参謀が報告を届ける。現在、ノヴァルナ艦隊はブルーノ・サルス=ウォーダの第4艦隊を前衛に置き、カーナル・サンザー=フォレスタの第6艦隊を付けて敵の二個艦隊に対処。その間にノヴァルナの第1艦隊と、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの第3艦隊は戦場から距離を取り、ドゥ・ザン軍のいる位置へ統制DFドライヴを行う作戦に入っていた。艦橋から見える視界の右側では、ブルーノとサンザーの艦隊が、敵艦隊と交わす砲火が幾つも煌いている。
「所属不明の艦隊だと?」
怪訝そうな顔を向けるノヴァルナ。
「はい。『ナグァルラワン暗黒星団域』を背後にしているため、センサー精度が落ちて、識別が出来ないようです」
情報参謀の言葉にノヴァルナは、「よし。ルヴィーロ義兄上と直接話す。回線をこちらへ回せ」と命じた。ほどなくノヴァルナの座る司令官席の前に、通信ホログラムスクリーンが展開される。
「義兄上」
スクリーンに映るルヴィーロは二十七歳、ノヴァルナの父ヒディラスのクローン猶子であり、若い頃の父親がどのような顔であったかが分かる。
「ああ、ノヴァルナ。済まないな」
ルヴィーロは穏やかな物言いでノヴァルナに語り掛けた。
「正体不明の艦隊ですか? 星団域の方向に?」
そう言いながらノヴァルナはマズいと思う。このタイミングで進行方向に新たな敵だとすれば、統制DFドライヴを妨げられる事になるからだ。だがルヴィーロの返答はその予想を覆すものだった。
「いや。それがたった今、先方から連絡が入った。ドゥ・ザン殿配下のコーティ=フーマ殿の艦隊だ」
「フーマ殿の?」
敵ではない事には一安心だが、同時にノヴァルナは胸騒ぎを覚えた。
「そうだ。いま回線を中継するから、直接話してくれ」
スクリーンの向こうでルヴィーロが頭を横にし、オペレーター相手に頷いて合図を送る。すると画面が切り替わり、コーティ=フーマの顔を映し出した。
画面に姿を現したコーティ=フーマは、ノヴァルナに対して一礼し、挨拶と礼の言葉を口にする。
「ノヴァルナ殿下。この度のご助力、誠にかたじけなく…我が主君と将兵に成り代わり、深く感謝致します」
「いえ、そのような事はお気になさらず―――」
ノヴァルナはやや早口にフーマの言葉に返答すると、即座に本題を問うた。
「それで、ドゥ・ザン殿の状況は?」
途端にフーマの表情は重いものになり、少し間を置いて絞り出すようにノヴァルナに告げる。
「はい、申し上げます…主君ドゥ・ザン=サイドゥ、すでに討ち死にましてございます。ノヴァルナ殿下におかれましては、これ以上の戦いはご無用にて」
「………」
フーマの口上にノヴァルナは驚いたふうも無く、唇を真一文字にしてしばしの間瞑目した。やはりそうなったか…という気持ちだ。
正確に言うとこの時点で、まだドゥ・ザンは死んではいない。だがどうであれ、もはや手遅れであるのは間違いなかった。そうであるからこそ、コーティ=フーマは残存部隊を率いて、ここまで逃げて来たのだから。生き延びて来た者を頼む…目を閉じたノヴァルナの瞼の裏で、そう告げるドゥ・ザンの顔が浮かんだ。
ただ…ノヴァルナは思わずにはいられなかった。
“また今回も…駄目だった…”
そう思うノヴァルナの脳裏にあったのは、数ヵ月前、ノヴァルナの命を救うために自らを犠牲にした後見人のセルシュ=ヒ・ラティオである。
いや、セルシュだけではない。父ヒディラスや叔父のヴァルツ…誰も彼もが自分の手の届かないところで、この世から去って行ってしまう………
「ノヴァルナ様?」
沈黙したままのノヴァルナに、通信スクリーンの中のフーマが声を掛ける。ふぅ…と一つ、肩で大きく息をしたノヴァルナは顔を上げて応じた。
「了解した。フーマ殿」
そしてノヴァルナはさらに尋ねる。
「撤退して来られたのは、これで全部ですか?」
「いいえ。ドルグ=ホルタの第2艦隊が、程なくやって参るでしょう。ただこちらは我々や、敵の艦隊がDFドライヴしたあとを来ますので、バラバラに転移すると思われます」
それを聞いて腹をくくったノヴァルナは、一転して「よし、分かった!!」と弾けた声を上げた。その瞳に義父となるはずであった男の死を哀しむ光は、今は影を潜めている。哀しむのはあとで好きなだけ出来る。今やるべき事をやるのがノヴァルナであった。通信スクリーンのフーマにきっぱりと告げる。
「フーマ殿の艦隊はこのまま、我がオ・ワーリ宙域へ向かわれよ!」
【改ページ】
ノヴァルナはさらに通信スクリーンをもう一つ立ち上げ、第3艦隊のルヴィーロを呼び出す。
「義兄上。義兄上の艦隊はフーマ殿の艦隊の、撤退を護衛して下さい」
「承知した」ルヴィーロは静かな口調で応じて頷いた。
ノヴァルナはフーマに「ではのちほど、キオ・スー城で」と告げて通信を終了、次いで第4艦隊のブルーノ・サルス=ウォーダと第6艦隊のカーナル・サンザー=フォレスタを呼び出す。
「ブルーノ殿、サンザー」
「はっ」
「ははっ」
「作戦変更だ。ここであの敵の二個艦隊を叩き、ドルグ=ホルタ殿の艦隊が撤退して来るのを援護する」
相次ぐDFドライヴで、空間のゆらぎが大きくなっている所を転移して来るホルタ艦隊は、前述した通り各艦がバラバラに出現するはずで、下手をすれば敵艦隊の真ん中に飛び出し、瞬時に餌食になってしまう恐れがある。それをノヴァルナは自分達の戦力で敵艦隊を圧倒する事により、援護しようというのだ。だがそれでもあまり長居は出来ない。向こうに残った敵も、やがてはこちらを追撃して来るはずだからだ。
「艦隊針路を敵艦隊へ向けろ!」
ノヴァルナは自らの第1艦隊にもそう命じると、傍らに立つ『ホロウシュ』筆頭代理のナルマルザ=ササーラへ指示する。
「状況を見て俺達も出る。準備しておけ」
それはつまりノヴァルナ自身、『センクウNX』で出撃するという意味である。それまでは互いに足止めするだけであった、ノヴァルナ艦隊とイースキー艦隊の撃ち合いだったが、ノヴァルナ側の攻撃が俄然本気度を増し始めた。さらにノヴァルナ直率の第1艦隊がそれに加わると、形勢はノヴァルナ側へと傾いていく。
この状況を見て、フーマ艦隊を連れて離脱を開始したルヴィーロは、あくまでも冷静沈着に指示を出した。
「フーマ艦隊の損害状況から、帰りは無駄なコースは取れない。オウラ星系付近で敵のアンドア艦隊の待ち伏せの可能性を考慮して、警戒しつつ帰還する。戦隊ごとに分かれ、フーマ艦隊の外周を包むように展開せよ」
一方のノヴァルナも、素早く護送陣形を組んだルヴィーロの、艦隊運用の手腕の手堅さを、戦術状況ホログラムで確認して頷く。
“さすがアズーク・ザッカーと、アージョン城の戦いで善戦した義兄上だぜ”
ドゥ・ザンの死で沈みそうになる気持ちを奮い立たせられ、ノヴァルナは強い口調で命じた。
「出し惜しみはなしだ。全艦、本気でかかれ!」
▶#07につづく
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