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第6話:駆け巡る波乱
#05
しおりを挟む一方ギルターツの座乗する『ガイレイガイ』では、自分達のBSI親衛隊が敵のBSI親衛隊に全滅させられた旨の、報告を受けていた。
ただその報告を聞くギルターツに焦るような表情はない。ドゥ・ザンの『ガイライレイ』親衛隊の手強さは重々承知しており、こうなる事も予想の範囲内だったからである。
そして敵のBSI親衛隊の数が九機にまで減ったとなれば、こちらに打って出るような真似はしない。最後まで総旗艦と主君を守り、死んでゆくのが親衛隊の使命なのだ。
しかし勝負はもはや決したといっても、さすがにギルターツも“父親”である、ドゥ・ザンを自分の手で討ち取るのは忍びなかった。二メートルを超える巨体を司令官席に押し込んでいるギルターツは、通信参謀に命じた。
「第6艦隊のサトゥルサ司令に命令。我が第1艦隊が援護を行う。第6艦隊は宙雷戦隊を突撃の上―――」
そこでひと呼吸置いて、ギルターツは続ける。
「ドゥ・ザン=サイドゥの『ガイライレイ』に、とどめを刺せ」
命令を受けた通信参謀が小走りに去ると、ギルターツは爆発の閃光が起きては消える前方―――傷付きながらも前進をやめないドゥ・ザン艦隊の姿を見据え、内心で独り言ちた。
“ドゥ・ザン殿、悪ぅ思うな。これも戦国の世の習い。イースキー家の名を負った儂が、きっとミノネリラの国を安定させよう…”
ギルターツの意志を示すように、『ガイレイガイ』が放った主砲弾が、ドゥ・ザンの『ガイライレイ』の前面をカバーしていた、アクティブシールドの最後の一枚を過負荷状態にして機能停止に追い込む。
コントロールを失った遠隔操作式のシールドは、防御用エネルギーバリアが消えて、突風で骨だけになった傘のように、『ガイライレイ』の後方に流れていった。
雲霞の如く押し寄せる敵のBSI部隊に、遂に親衛隊の『ライカSC』の残存九機も力尽き、『ガイライレイ』とそれを守る護衛の戦艦に、無数の対艦徹甲弾が撃ち込まれる。親衛隊以外のドゥ・ザン側のBSIやASGUL、攻撃艇もすでにほとんど姿が見えなくなっていた。
その時、『ガイライレイ』の前に、一隻の味方戦艦が速度を上げて進み出る。アクティブシールドをすべて失った『ガイライレイ』の盾になるためだ。だが今度はその戦艦が、イースキー家の戦艦群の集中砲火の前に、艦体を引き裂かれて爆発して果てた。するとさらに別の味方戦艦が、盾になるため前進を開始する。だがこれは陣形自体に隙を作らざるを得ない。ギルターツの命を受けた第6艦隊のサトゥルサはこれを見て下令する。
「全宙雷戦隊突撃。『ガイライレイ』に攻撃集中、統制飽和雷撃で仕留めよ」
敵の動きを見て、総旗艦『ガイライレイ』上のドゥ・ザンは呟いた。
「もはやこれまでじゃな。よう戦うたわい」
元々この突撃は、ドルグ=ホルタの第2艦隊の離脱を援護するため、敵を引き付けるのが目的であった。それを考えれば撤退第一陣のコーティ=フーマの艦隊と合わせれば、相当数の艦と兵員を逃がす事に成功したと言える。
ドゥ・ザンはふと、傍らに立つ妻のオルミラを振り向く、夫の視線に気づいたオルミラは、穏やかな表情を返して来た。その瞳を見たドゥ・ザンはほんの僅かに頷いて、参謀長と『ガイライレイ』の艦長へ告げた。
「もうこの辺でよかろう。参謀長、残った艦に戦闘終了と、後は個々の好きにせよと伝えよ。艦長、この艦は総員退艦じゃ」
「!…」
それを聞いて言葉を失う参謀長と艦長。二人の様子にドゥ・ザンは、やれやれといった表情で苦笑交じりに言う。
「なんじゃ、二人とも。それ急げ急げ」
畏まって指示を伝えに去る二人を見遣り、そのついでにドゥ・ザンは、オルミラに退艦を促そうと声を掛けた。
「おまえも…」
だが言いかけて、こちらを見る妻の表情の、穏やかな中にも意志の固さを感じたドゥ・ザンは、自然と口をつぐんだ。その代わり少し置いて憎まれ口を叩く。
「ふん、このドゥ・ザン。よもや妻に手を引かれて冥府に参る事になるとはの。向こうで出迎えのドーツェンが呆れようぞ」
その言葉に「ホホホホホ…」と軽やかに笑うオルミラ。やがて『ガイライレイ』の艦橋内にも総員退艦を告げる電子音声が流れ始めた。
総員退艦のアナウンスが流れる中、ドゥ・ザンは司令官席から立ち上がって、艦橋内にいる乗組員達に大声で告げる。
「お主達も早ぅ去れ! 儂らに付き合うぐらいなら、生き延びて国に帰るか、ノヴァルナ殿に拾うてもらえ!! 艦長、お主もじゃ!!」
「しっ!…しかし!!」
艦と運命を共にしようとする艦長の抗議を、ドゥ・ザンはオルミラの肩に片手を添わせて笑顔と冗談で一喝した。
「たわけめ! ここからは夫婦の睦言の時間じゃ。無粋な真似はよしにせい!」
主君の笑顔と裏腹の頑なな決意を汲んで、艦長は姿勢を正して深く一礼すると、いまだ持ち場を離れずにいる乗組員達に命じる。
「全員、システムをオートモードにして、離艦せよ。急げ!」
その直後、乗組員達の脱出を促すように、敵の主砲弾を受けた『ガイライレイ』が激しく揺れた。ただドゥ・ザンは年齢に似合わぬバランス感覚を見せ、妻を抱き寄せたまま倒れる事はない。参謀や艦長、そして艦橋内にいるすべての士官が一斉にドゥ・ザンに一礼し、走りだした。
最後の士官がドアの向こうに姿を消すと、ドゥ・ザンは外部映像を映す複数のホログラムスクリーンに目を遣る。
そこには全速で逃走を図る駆逐艦達や、最後まで敵艦と撃ち合って砕け散る重巡航艦、『ガイライレイ』の露払いの如く、先行して敵艦隊に突っ込んで行く戦艦…様々な結末が描き出されていた。
「どれ…もう少々、時間を稼いでやらずばなるまい」
ドゥ・ザンはそう言うと、オルミラを伴って砲術科エリアまで歩いて、砲術長の席に座る。当然のように隣の副砲術長の席に座るオルミラ。
「何十年ぶりであろうかの。トキ家の下っ端であった頃以来じゃ…」
コンソールを操作して、主砲のモードを近接自動射撃のオートから、前部主砲塔群を選んでマニュアルへと戻すドゥ・ザン。照準センサーホログラムスクリーンから、敵の戦艦の一隻を選択し、さらに詳細照準画面を呼び出して発射諸元を入力すると、半数を即座に発射した。
総旗艦級戦艦『ガイライレイ』の主砲の威力は、通常の艦隊型戦艦より高い。絶妙な照準補正によって、複数の主砲ビームを受けたその戦艦のアクティブシールドは一撃で機能停止。
ドゥ・ザンはすかさず、残り半数の主砲を同じ諸元で発射した。その射撃はアクティブシールドを失った戦艦の外殻を直撃、戦艦本体を覆うエネルギーシールドを貫いて爆発を引き起こす。
「戦艦『ベズルサン』大破!」
味方の戦艦が『ガイライレイ』からの一撃で、行動不能に陥ったのを見て、イースキー家第6艦隊司令のダーノル・サンズ=サトゥルサは、苦虫を嚙み潰したような表情をした。敵の総旗艦が満身創痍になりながらも、まだ相当な戦闘力を残していると知ったからである。
「宙雷戦隊の統制雷撃はどうした!?」
苛立ちを隠せず問うサトゥルサに、オペレーターが応じる。
「間もなくです!」
第6艦隊に所属する三つの宙雷戦隊、合計四十隻以上がドゥ・ザンの『ガイライレイ』に迫る。それだけでなく第6艦隊の戦艦や重巡、そして周囲に取り付いたBSI部隊が集中攻撃を加える。
もはや護衛についていた艦はすべて撃破されるか、撤退命令を受けて反転したため、前進を続けているのは『ガイライレイ』一隻だ。爆発、爆発、爆発…だが『ガイライレイ』は止まらない。生き残った主砲が反撃のビームを放つ。引き裂かれる敵重巡、反撃の激しさにたまらず後退する敵戦艦。さらに『ガイライレイ』の主砲弾は、サトゥルサの座乗艦にも命中し、激震に見舞われたサトゥルサは司令官席から転げ落ちた。
だが、そこまでであった―――
宙雷戦隊が一斉に放った、百発以上の宇宙魚雷が『ガイライレイ』に殺到した。まだ機能しているCIWS(近接迎撃火器システム)のビーム砲が火を噴き、オートモードになっている迎撃誘導弾が、残り全てを発射するが、四分の一も破壊するには至らない。立て続けに起きた命中の爆発に、『ガイライレイ』は外殻が穴だらけとなって停止した。爆発は艦内にも及び、あちこちで誘爆を起こした『ガイライレイ』の中は火の海となる。
「ドゥ・ザン=サイドゥの最後の意地、お見事でした…」
艦橋にも炎が回り、火の粉が舞う中で、オルミラが穏やかな笑顔を向ける。照れ笑いを浮かべたドゥ・ザンは、スキンヘッドを右手でツルリとひと撫でした。
「今まで…済まなんだの」
珍しくしおらしい夫の言葉に、オルミラは「まぁ。ホホホホホ…」と軽やかに笑い声を上げる。そして迫る炎に囲まれながらも、ドゥ・ザンを見詰めてしっとりとした口調で告げた。
「私は、我が子らの母親としては失格です…でも、いくさ人の妻として本懐を遂げられて、嬉しゅうございます。あとはノヴァルナ様にお任せして…」
「うむ。儂は果報者であった…」
そっと身を預けるオルミラを抱き寄せ、やがてドゥ・ザン=サイドゥの姿は炎の渦の中に消える。そして次の刹那、『ガイライレイ』は眩い閃光で宇宙の闇を照らすと、“国を盗んだ大悪党”の夢と共に砕けて散ったのだった………
▶#06につづく
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