113 / 508
第6話:駆け巡る波乱
#03
しおりを挟むキオ・スー=ウォーダ家総旗艦『ヒテン』に乗るノヴァルナは、ミネラルウォーターの入ったスクイズボトルを片手に、司令官席の近くに立つ艦隊参謀へ尋ねた。
「今の重力子のチャージ状況は? 超空間転移までどれくらいかかる?」
自分の間近に展開した小型のホログラムスクリーンによって、チャージ状況をリアルタイムで表示させていたその参謀は即座に返答する。
「統制DFドライヴまでは、およそ四十分です」
全艦隊が一斉に超空間転移を行う事を“統制DFドライヴ”という。元来、宇宙船は軍用、民間用にかかわらず、対消滅炉と重力子ジェネレーター、そして転移させる船の質量の組み合わせによって、一回に転移出来る距離と、次回の転移までの重力子チャージの所要時間が違って来る。つまり船の性能によって、誤差が生じるのである。その性能がバラバラの船の集団―――軍の場合は艦隊を、一番効率の悪い宇宙艦に合わせて超空間転移させるのが“統制DFドライヴ”というわけだ。
「まだそんなに掛かるのかよ」
不満そうに口を尖らせるノヴァルナ。
一番非効率な宇宙艦―――航行性能に限っては、ノヴァルナ自身が乗る一番巨大な宇宙戦艦『ヒテン』に合わせ、統制DFドライヴをしなければならない理由は、ある艦が先にDFドライヴを使用して超空間転移を行ってしまうと、ワームホールを出現させた事により“空間のゆらぎ”が二時間程度の間発生し、後続する艦が同じ場所に転移しようとしても誤差が生じてしまうためである。
DFドライヴによる超空間転移は直線移動となっている。そのため後続の艦が転移する際に空間のゆらぎで、極々僅かにでも転移角度が変わると、百光年以上先の転移位置は恒星系一つ分以上もずれる事になる。
これが何百隻という大艦隊であったとしたら、DFドライヴを繰り返す事による空間のゆらぎは広がる一方で、最終的に艦隊は光年規模でバラバラとなってしまうのだ。
そういう重大な結果を招くため、ノヴァルナも不満を口にするだけで、チャージ出来た艦から転移しろと命じられるはずもない。
「アンドア艦隊の様子は?」
ノヴァルナは今度は、今しがた突破したモリナール=アンドアの艦隊の状況を、別の参謀に尋ねた。
「後方に反応はありません。オウラ星系方面へ後退した事から、帰路で待ち伏せする可能性の方が高いと思われます」
立ち塞がるアンドア艦隊に対し、戦艦部隊を巨大な槍に例えて強引に捩じり込み、数にものを言わせて突破したノヴァルナの艦隊だったが、守備力の高いアンドア艦隊相手の強硬策で多くの艦がダメージを受けている。ドゥ・ザン救援でこれからさらに一戦あるというのに、その帰りに待ち伏せなどされたくはない気持ちになる。
「帰りは別のコースを考えるしかねーな…」
戦術状況ホログラムを星図モードに切り替え、ノヴァルナは独り言ちた。とその時、前哨駆逐艦からの連絡をオペレーターが告げる。
「前哨駆逐艦『ゼルア』より入電。“敵艦隊見ユ、ワレヨリノ位置308マイナス58、距離7万7千、戦力ハ2個艦隊。超空間転移ト思ワレル”以上」
「敵艦隊?…転移して来ただと?」
報告を聞いたノヴァルナは訝しげな表情を浮かべた。転移して来たかどうかは、前述の空間のゆらぎが転移到達側にも発生するため、それを探知する事で判断できる。
ノヴァルナが気になったのは、出現した艦隊がアンドア艦隊の後詰めとして、予めこの周辺いたのではなく、超空間転移して来た点だった。
これも前述の通り、一度DFドライヴを使用してしまうと、次の超空間転移に必要な重力子チャージまでは四時間はかかる。つまり、ここでノヴァルナ艦隊が次の重力子チャージの完了までの四十分間を粘り、統制DFドライヴで戦場を離脱できれば、敵は三時間以上もノヴァルナ艦隊のあとを追えなくなるのである。
「縦深陣による、漸減作戦でしょうか?」
そう問いかけたのはノヴァルナの傍らに控える、副官のラン・マリュウ=フォレスタであった。彼女も敵が転移して来た事に疑問を抱いたのだろう。縦深陣はノヴァルナの父ヒディラスが大敗した、カノン・グティ星系会戦でドゥ・ザンが使った戦法だ。だがノヴァルナは首を横に振って否定する。
「いんや。こっちはあと四十分もすりゃ転移しちまうってのに、このタイミングでわざわざDFドライヴまで使って、押し寄せたりはしねぇはずだ」
「では?」
ノヴァルナの司令官席を挟んでランの反対側に立つ、ナルマルザ=ササーラが尋ねる。ノヴァルナはふと嫌な予感を得て、右手で頭髪を軽く掻いた。
「たぶん、俺達を足止めするために、ギルターツが艦隊を分けたんだろうが…て事は、ギルターツの奴に、艦隊を分けるだけの余裕が出来てるって話だな」
「!」
ノヴァルナの言葉を聞いて、ランとササーラは僅かに目を見開く。主君の言っている意味はつまり、ドゥ・ザンの敗北はすでに決定的となっているという事だった。
「ギルターツの艦隊から分離したものではなく、他のエリアから来た艦隊の可能性はないのでしょうか?」
ランが問うと、ノヴァルナは「ねぇだろな」と簡単に応じた。もし他のエリアから艦隊を呼び寄せるのであれば、直接ノヴァルナ艦隊の近くに転移させるのではなく、ギルターツのいる場所へ転移させて、迎撃戦力に厚みを持たせるはずだからだ。
「なんにせよ、今は前に進むしかねぇ。全艦戦闘態勢だ!」
背筋を伸ばして席に座り直したノヴァルナは、強い口調で下令した―――
▶#04につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる