上 下
93 / 508
第5話:燃え尽きる夢

#06

しおりを挟む
 
 「じゃ、行って来っかんな」とランに告げ、執務室を出たノヴァルナは、中庭を回ってエントランスへ向かう長い廊下を、頭の中の懊悩など微塵も見せずに、鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで歩く。途中ですれ違い、立ち止まって丁重に頭を下げる二人連れの家臣に、“よっ!”とばかりに右手を挙げて、肩で風を切りながらさらに歩く。

 一見気ままなノヴァルナのそんな姿を発見し、三階上の窓辺から見詰めるのは、シヴァ家のカーネギー姫である。彼女はキオ・スー城内でのシヴァ家の執務室となっているその部屋で、来客を待っているところだった。
 
“ノヴァルナ様…”

 胸の内で呟いたカーネギーは部屋の中を振り返り、自分の机から少し離れた別の机で、ホログラムスクリーンに何かの資料を打ち込んでいる、側近のキッツァート=ユーリスに声を掛ける。

「キッツァート」

 顔を上げカーネギーに振り向くユーリス。

「はい。姫様」

 側近の生真面目な口調に、躊躇い気味に一拍置き、カーネギーは問い掛けた。

「あの…例の件…その、ノヴァルナ様はお城に帰られてから、一度もノア姫様とお会いになっていないという話…どうであったかしら?」

 するとユーリスは、部下達に命じ、それとなく探らせた結果を口にする。

「は…どうやら、本当のようにございます」

 それを聞いてカーネギーは再び窓の外を―――中庭を見下ろした。ただその先の廊下には、もうノヴァルナの歩く姿は消えている。しかしカーネギーは、そのまま外に視線を向けて「そう…」と呟く。

「やはり、お二人は…噂通りなのかしら………」とカーネギー。

 律義なユーリスは、カーネギーの言葉を自分に対する質問と受け取ったらしく、最近城内を中心に広がっている、“ノヴァルナ、ノア不仲説”について話しだした。


 曰く、およそ二カ月近く前、オ・ワーリ宙域に逃げ込んで来たドゥ・ザン=サイドゥの二人の息子、ノア姫にとっては弟になる二人をノヴァルナが連れ帰った辺りから、ノヴァルナとノアの関係がおかしくなり始めたという。

 重傷を負った二人の弟の世話を焼いているうちに、ノアはだんだんとノヴァルナと顔を合わさなくなり、オフタイムはいつも一緒にいたノヴァルナ側の居住区のリビングも、今はノヴァルナ一人で過ごしているらしい。

 だが真相は、ノヴァルナの方からノアを避けるようになり始めたのであって、ドゥ・ザン=サイドゥが当主の座をわれた事で、ミノネリラ宙域国という大きな後ろ盾を失ったノヴァルナにとって、そんなドゥ・ザンの娘であるノアが、政略的に“お荷物”に感じられて来たのが、その理由だと言われ始めている。
 また気の強いノア姫が再三再四、父ドゥ・ザンへの救援を要求したのを、ノヴァルナが煩わしくなって遠ざけた…とも考えられる。

 事実ノヴァルナにはいまだ、ドゥ・ザン=サイドゥの救援に赴く様子が見られず、カーネギー姫とミ・ガーワ宙域のライアン=キラルークの友好協定締結を急いだように、自分の領地の経営に専心していた。

 そこでユーリスは声を一段低めて、「さらにこれは新しい噂ですが…」と言い置いてから続ける。

「実は新たにミノネリラ宙域の星大名を宣言した、ギルターツ=イースキー殿からノヴァルナ様に持ちかけられた話がありまして、その内容と言うのが、“ノア姫と二人の弟御おとうとごを当方に引き渡すならば、新たにキオ・スー=ウォーダ家と、不可侵条約を締結する用意がある”…というもののようです」

 それを聞いたカーネギーは、目尻のやや吊り上がった瞳を僅かに見開いて、ベージュ色をした窓辺のカーテンを軽く掴み、ユーリスに振り向いた。

「本当なの?」

「は。それで…実際には、ノア姫様は二人の弟御と共に、ご自分の居住区で軟禁状態に置かれているのではないか…と」

「まぁ…お可哀想に」

 戦国の今の世、政略結婚で他の勢力から得た妻、養子は、相手の家と敵対関係になった場合、離婚され、送り返される事が多い。ノヴァルナの弟分だったトクルガル家のイェルサスの母、ミズンノッド家から嫁いだオディーナなどがそうである。
 だがノア姫達をギルターツの元へ送るのはそれとは話が違う、実家に帰されるのではなく、全く別の敵の元へ送られるのだから、もしこの噂話が本当なら、イースキー家に送られたノア姫達が、どのような苛酷な目に遭わされるか分かったものではない。カーネギーが同情の言葉を口にするのも、無理からぬ事である。



ただ………



 同情の言葉を口にする一方で、カーネギーはある光景を思い出していた。

 それはノヴァルナがナグヤ=ウォーダ家の当主として、旧キオ・スー家と戦っていた、三ヵ月ほど前のことだ。
 ノヴァルナが頼りにしていた叔父のヴァルツに裏切られたと思い、それが策略とも知らずに騒ぐ重臣達が、不貞腐れて部屋に引きこもった振りをするノヴァルナに業を煮やし、ノアに説得を申し出た時の光景である。

 ノアは重臣達の訴えを突っぱね、お茶を相伴していたカーネギーに、穏やかに言い放ったのだった。

「私は、あのひとが何をしたいか、何をしようとしているか、知ってますから」

 その時のノア姫の満たされた表情に、カーネギーは自分の心の一番奥底で、何か黒いものが蠢くのを感じた。そしてその時と似たものが、背筋をザワザワと撫でていく。



だけど今度のは………不快じゃない―――


▶#07につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神水戦姫の妖精譚

小峰史乃
SF
 切なる願いを胸に、神水を求め、彼らは戦姫による妖精譚を織りなす。  ある日、音山克樹に接触してきたのは、世界でも一個体しか存在しないとされる人工個性「エイナ」。彼女の誘いに応じ、克樹はある想いを胸に秘め、命の奇跡を起こすことができる水エリクサーを巡る戦い、エリキシルバトルへの参加を表明した。  克樹のことを「おにぃちゃん」と呼ぶ人工個性「リーリエ」と、彼女が操る二十センチのロボット「アリシア」とともに戦いに身を投じた彼を襲う敵。戦いの裏で暗躍する黒幕の影……。そして彼と彼の大切な存在だった人に関わる人々の助けを受け、克樹は自分の道を切り開いていく。  こちらの作品は小説家になろう、ハーメルン、カクヨムとのマルチ投稿となります。

Storm Breakers:第一部「Better Days」

蓮實長治
SF
「いつか、私が『ヒーロー』として1人前になった時、私は滅びに向かう故郷を救い愛する女性を護る為、『ここ』から居なくなるだろう。だが……その日まで、お前の背中は、私が護る」 二〇〇一年に「特異能力者」の存在が明らかになってから、約四十年が過ぎた平行世界。 世界の治安と平和は「正義の味方」達により護られるようになり、そして、その「正義の味方」達も第二世代が主力になり、更に第三世代も生まれつつ有った。 そして、福岡県を中心に活動する「正義の味方」チーム「Storm Breakers」のメンバーに育てられた2人の少女はコンビを組む事になるが……その1人「シルバー・ローニン」には、ある秘密が有った。 その新米ヒーロー達の前に……彼女の「師匠」達の更に親世代が倒した筈の古き時代の亡霊が立ちはだかる。 同じ作者の別の作品と世界設定を共有しています。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。(pixivとGALLERIAは掲載が後になります)

Reboot ~AIに管理を任せたVRMMOが反旗を翻したので運営と力を合わせて攻略します~

霧氷こあ
SF
 フルダイブMMORPGのクローズドβテストに参加した三人が、システム統括のAI『アイリス』によって閉じ込められた。  それを助けるためログインしたクロノスだったが、アイリスの妨害によりレベル1に……!?  見兼ねたシステム設計者で運営である『イヴ』がハイエルフの姿を借りて仮想空間に入り込む。だがそこはすでに、AIが統治する恐ろしくも残酷な世界だった。 「ここは現実であって、現実ではないの」  自我を持ち始めた混沌とした世界、乖離していく紅の世界。相反する二つを結ぶ少年と少女を描いたSFファンタジー。

青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治
SF
現実と似た歴史を辿りながら、片方は国家と云うシステムが崩れつつ有る世界、もう一方は全体主義的な「世界政府」が地球の約半分を支配する世界。 その2つの平行世界の片方の反体制側が、もう片方から1人の「戦士」を呼び出したのだが……しかし、呼び出された戦士は呼び出した者達の予想と微妙に違っており……。 「なろう」「カクヨム」「pixiv」にも同じものを投稿しています。 同じ作者の「世界を護る者達/第一部:御当地ヒーローはじめました」と同じ世界観の約10年後の話になります。 注: 作中で「検察が警察を監視し、警察に行き過ぎが有れば、これを抑制する。裁判所が検察や警察を監視し、警察・検察にに行き過ぎが有れば、これを抑制する」と云う現実の刑事司法の有り方を否定的に描いていると解釈可能な場面が有りますが、あくまで、「現在の社会で『正しい』とされている仕組み・制度が、その『正しさ』を保証する前提が失なわれ形骸化した状態で存続したなら」と云う描写だと御理解下さい。

カンブリアン・アクアリウム

みなはらつかさ
SF
 西暦・二一〇〇年。記念すべき二十二世紀に、人類は新しいテクノロジーを手にしていた。  それは、高次元に干渉して過去の情報を観測。そこから絶滅生物のDNA情報を入手し、古生物を現代に復活させるというもの。  こうして、現代に復活した古生物を愉しむ世界初の水族館、「カンブリアン・アクアリウム」が東京にオープンした。  これは、そんな「カンブリアン・アクアリウム」で働く人々の物語――。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

ヒナの国造り

市川 雄一郎
SF
不遇な生い立ちを持つ少女・ヒナこと猫屋敷日奈凛(ねこやしき・ひなりん)はある日突然、異世界へと飛ばされたのである。 飛ばされた先にはたくさんの国がある大陸だったが、ある人物から国を造れるチャンスがあると教えられ自分の国を作ろうとヒナは決意した。

処理中です...