銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第5話:燃え尽きる夢

#05

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「………」

 ナルガヒルデ=ニーワスの報告を聞き終えたノヴァルナは、しばし無言であった。

 かつて妹のフェアンに告げた事だが、ノヴァルナ個人にすれば死は単なる死であって、普遍的なものであり、その死に方に周囲の人間が“名誉の戦死”だとか“非業の死”だとかの“値札”を、勝手につけているに過ぎないと思っている。

 それは初陣の時、自分に戦う事へのトラウマを植え付けようと、イマーガラ家の当時の宰相セッサーラ=タンゲンが用意した、惑星キイラの住民およそ五十万人の焼死体を目の当たりにした時、感受性が人一倍強いが故に、逆方向に振り切れて壊れてしまったノヴァルナの心が得た、渇いた達観であった。

 しかし、父親のヒディラスや後見人のセルシュの死を経験し、誰かを失う事の痛みの意味を思い出した今のノヴァルナには、無意味と思えるヴァルツの、こんな事で命を落とした死が無念に思えてならない。



「…で、そのマドゴット・ハテュス=サーガイという奴も、死んだんだな?」

 ようやく口を開いて問い質すノヴァルナの口調は、不機嫌そのものだ。

「はい。ヴァルツ様の銃を奪って逃走を図りましたが、城内で『ホロウシュ』のナルマルザ=ササーラの兄、ゴルマーザら五名と銃撃戦になり、射殺されましてございます」

 いつも冷静なナルガヒルデの声にも、幾何かの緊張が感じられた。ノヴァルナの発するオーラがこの後に来る激昂を予感させたからだ。年下の主君で、自分が怒られるわけではないと理解していても、真剣に激怒した時のノヴァルナの迫力には、おののかされるものがある。

 しかしノヴァルナは大きく一つ、荒い鼻息を吐いただけで、やれやれ…といった様子を見せて席を立った。そして自分自身も気持ちを整えるように、僅かな苦笑と共に落ち着いた口調でナルガヒルデを労う。

「話はわかった。ご苦労だったナルガ、嫌な思いもさせちまっただろ?…悪かったな」

 思いがけないノヴァルナの優しい声の掛け方に、ナルガヒルデは珍しく頬を染め、「い…いえ。ありがとうございます」と背筋を伸ばして応じた。

「おう。またなんかあったら、頼むわ」

 右手を軽く挙げて言葉を返し、ナルガヒルデを下がらせると、ノヴァルナは立ったまま執務机のインターコムのスイッチを入れ、『ホロウシュ』の詰所を呼び出す。

「おう、俺だ。今の当直は誰だ?」

「はっ。私、シンハッド=モリンとジュゼ=ナ・カーガ、サーマスタ=トゥーダ、ガラク=モッカの四名であります」

「よし。これから出掛けるかんな。バイク用意しろ」

 そう告げてスイッチを切るノヴァルナに、控えていた副官のランが尋ねた。

「どこかにお出掛けされるのですか?」

「おう。その辺をバイクで、ひとっ走りして来る。つまんねー話を聞かされた、気分転換てヤツだ―――」

 ノヴァルナは執務机の隅に浮かぶ、時計のホログラムの時間を見ながら言葉を続ける。

「ついでに『ホロウシュ』の連中と、外で昼メシ喰って来るかんな。厨房にそう言っておいてくれ」

 およそ星大名家当主とは思えない気ままさで、外出を告げるノヴァルナ。こういった所はナグヤの暴れん坊だった頃と変わらない。軍装の上着を脱いで肩に引っ掛け、執務室を出ようとするが、それをランが呼び止める。

「お待ちください。お昼を回ると、ヴァルツ様と奥様の御葬儀の打ち合わせが…」

「ああ。それなら任せると、シウテの爺に伝えといてくれ」

 そう言ってからノヴァルナは、やっておくべき事を思い出して付け加えた。

「それから、叔父御の死についての箝口令かんこうれいは解除だ。公式に発表しろ…ただし、死因については暗殺にしとけ」

 ノヴァルナが不在の間に起きた今回の事件に対し、留守を預かっていた筆頭家老のシウテ・サッド=リンは即座に箝口令を布き、情報がキオ・スー城の外へ漏れないようにしたのだった。ヴァルツほどの大物の死となると、キオ・スー家だけの問題ではなくなるのであるから、正しい判断である。

 ノヴァルナがヴァルツの死因を暗殺にしろ、と言ったのは、その名が周辺宙域にまで鳴り響いたウォーダ家の猛将が、妻の不倫のいざこざで命を落としたなどと、事実を公式発表してまで、その死にわざわざな不名誉を与える必要は無いと思ったからだ。

 またそれだけでなく、暗殺という死因にする事で、周囲の敵対勢力への牽制になるという、ある意味、死してまでヴァルツを働かせる、ノヴァルナの冷徹な計算が働いたためである。

 それはいずれ妻の不倫絡みの死という事実も、噂話という形で世に出回るはずであり、そうなった場合、ヴァルツの猛将のイメージからして、不倫絡みの死は暗殺死から目を逸らそうという、敵対勢力が流した欺瞞情報では…という展開を経て、暗殺説こそが真実となる事を期待したノヴァルナの思いだ。

 そうなった場合、キオ・スー家の敵対勢力は警戒せざるを得ない。

 なぜなら敵対勢力に対し、ヴァルツの暗殺の仇討ちを大義名分に、キオ・スー家から攻勢をかけて来るかも知れないからだった。
 キオ・スー家の今の敵対勢力はイル・ワークラン家、ギルターツのイースキー家、そしてイマーガラ家。どれもキオ・スー家より強大だが、攻勢を仕掛けて来られるとなると、それなりの迎撃準備をする必要はある。だからそれだけでも牽制になるのだ。それに敵対勢力同士で、ヴァルツを暗殺したのがどの勢力か、探り合いを始める事も予想され、それはキオ・スー家に対する動きを、鈍らせる効果があるだろう

“きっと叔父御も、そうしろ…と言うだろうからな”

 現実問題として、ヴァルツの死はノヴァルナにとって、頭を抱えてうずくまるほどの重大な損失である。しかし今は、考えなければならない事が、他に山ほどあった。そんな時であるからバイクを飛ばして、一旦気持ちをリセットしようと思ったのであった。




▶#06につづく
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