上 下
85 / 508
第4話:忍び寄る破綻

#21

しおりを挟む
 
 ノヴァルナの問いに、ハッチは自分の考えを素直に口にした。

「恐れながら…ここは逃げずに、シェイ=サヒナンと戦うべきです」

「なんでだ?」

「受けておいて逃げては、ノヴァルナ様とセルシュ様の名誉に、傷がつきます」

 ハッチの真っ直ぐな意見に、ノヴァルナは不敵な笑みを大きくした。そしてそのまま無言で対峙する。

「………」

「………」

 やがてノヴァルナはきっぱりと告げた。

「やなこった!」

「や…」

 翻意してくれる事を期待していたハッチは、拍子抜けした表情で肩を落とす。すると小さく一息ついたノヴァルナは家臣達を見渡して、強く言った。

「おめーらの気持ちは、セルシュの爺もあの世で喜びはするだろうが、褒めてくれたりはしねぇぞ。それに俺の名誉も爺の名誉も、んな小せぇ事で傷つくような、ヤワなもんじゃねぇ。いいか、俺達が戦うのは国と民のためだ。誰かの復讐のための戦いとかは、お呼びじゃねぇって事をイマーガラの連中に教えてやる!…これが今回の逃げる目的だ! どうだ、合点がいったか!!??」

 そのような言葉を聞かされては、不納得顔だった家臣達も納得せざるを得ない。

 他国からの侵略があれば多かれ少なかれ、侵略を受けた側の民衆は搾取されて犠牲者が出る。それを防ぐのが領主たる星大名の務めだ。だが個人の復讐のための戦いには、そのような大義はない。大義なき戦いに兵の命を費やすのは馬鹿げている。それがノヴァルナの理屈だったのだ。
 単純な理屈だ。しかしそれを簡単に導き出せないのが、中世的封建主義に立ち返った今のヤヴァルト銀河皇国であり、星大名家と武人の名誉を人命より重んじる、今の戦乱の世なのである。

 そして無論、ノヴァルナもはじめは『ホロウシュ』達と同じ気持ちだった。シェイ=サヒナンを討ち、あの世のタンゲンにセルシュの命を奪った事を、後悔させてやろうという復讐心に燃えて、どのように戦うかを考えていたのだ。
 ところがそこで、ふとノヴァルナはある言葉を思い出した。1589年のムツルー宙域で知り合った、カールセン=エンダーの言葉だ。



おまえさんは誰かの復讐のためじゃなく、大義のために戦うんだ―――



 カールセンは根っからの善人であり、ノヴァルナにとってはセルシュと並んで、見習うべき良き大人であった。そのカールセンが、自分や妻のルキナの復讐のために戦おうとするノヴァルナを諫めたのが、この言葉である。
 【改ページ】 
 そのカールセンの言葉を思い出し、さらにセルシュの最期の言葉がノヴァルナの脳裏に蘇る。



きなされ、思いのままに―――



“そうだ、今ここでシェイヤ=サヒナンを倒しても、今度はその復讐でイマーガラ家に全力攻撃を仕掛けられたら、キオ・スー=ウォーダ家はひとたまりもねぇ。それに大義もない戦いで無駄に兵を死なせるなんざ、愚の骨頂ってヤツだ。爺が最後に俺に告げた“思いのままに”とは、こんな事を好き勝手にやれって話じゃねぇ!”

 我に返ったノヴァルナは、今回は戦わない道を選んだのだった………





 場面は現在の惑星ウノルバに戻り、カーネギー姫とライアン=キラルークが友好協定の締結文書に署名を行っているところである。

「き、貴殿は…」

 ギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、奥歯を噛み鳴らしそうな口調で、突然隣席にやって来たノヴァルナに告げた。

「貴殿は、武人の誇りというものを、持ち合わせておらぬのか?」

 それに対しノヴァルナは、何の引け目も感じさせずに応じる。

「そんなものに命を懸けるのは、武将クラスまででいいでしょう。我が父ヒディラス・ダン=ウォーダが健在でしたら、私も一武将としての名誉を胸に、今回の戦いをお受けしたところですが、これでも一応、星大名家の当主ですからね。もっと大局を見て動くのが星大名家当主というものです」

 そう言っておいて、ノヴァルナはわざとらしく付け足した。

「…ああそう言えば、ギィゲルト殿も一国のご当主。そのような事は、すでにご存知のはずでしたね。これは失礼」

 その付け足しに、ギィゲルトの向こう側に座るテシウス=ラームが顔を青ざめさせる。なんでまた、こんな時に余計な挑発を!…という表情だ。
 しかしギィゲルトもやはり只者ではなかった。最初こそノヴァルナの仕掛けた挑発に、「うーむ…」と怒りを抑える唸り声を発していたが、すぐに表情を改め、右手に持つ閉じた扇で自分の肩を一つ軽く叩くと、落ち着いた口調で言う。

「なるほど、ノヴァルナ殿はわしが思うた以上に、喰えぬ御仁のようじゃ。此度は我等の負けとしよう。領国に戻り、経営に励まれるがよい」

 するとノヴァルナは席を立ち、今度は本心から丁重にギィゲルトにお辞儀をした。その時ちょうどカーネギー姫とライアン=キラルークの署名が終わる。オ・ワーリとミ・ガーワの仮初めの友好関係の成立であった………




▶#22につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

Neo Tokyo Site 01:第一部「Road to Perdition/非法正義」

蓮實長治
SF
平行世界の「東京」ではない「東京」の千代田区・秋葉原。 父親の形見である強化服「水城(みずき)」を自分の手で再生させる事を夢見る少年・石川勇気と、ある恐るべき「力」を受け継いでしまった少女・玉置レナは、人身売買組織に誘拐された勇気の弟と妹と取り戻そうとするが……。 失なわれた「正義」と「仁愛」を求める「勇気」が歩む冥府魔道の正体は……苦難の果てにささやかな誇りを得る「英雄への旅路」か、それとも栄光と破滅が表裏一体の「堕落への旅路」か? 同じ作者の「世界を護る者達/御当地ヒーロー始めました」「青き戦士と赤き稲妻」と同じ世界観の話です。 「なろう」「カクヨム」「pixiv」にも同じものを投稿しています。 こちらに本作を漫画台本に書き直したものを応募しています。 https://note.com/info/n/n2e4aab325cb5 https://note.com/gazi_kun/n/n17ae6dbd5568 万が一、受賞した挙句にマルチメディア展開になんて事になったら、主題歌は浜田省吾の「MONEY」で……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

書き出しと最後の一行だけで成る小説

音無威人
現代文学
最初の一行と最後の一行だけで成る実験小説。内容は冒頭とラストの二行のみ。その間の物語は読者の想像に委ねる。君の想像力を駆使して読んでくれ! 毎日更新中。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

Wild in Blood~episode dawning~

まりの
SF
受けた依頼は必ず完遂するのがモットーの何でも屋アイザック・シモンズはメンフクロウのA・H。G・A・N・P発足までの黎明期、アジアを舞台に自称「紳士」が自慢のスピードと特殊聴力で難題に挑む

処理中です...