銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶

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第4話:忍び寄る破綻

#20

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 時間は二日前、ノヴァルナが旗艦『ヒテン』の会議室で、イマーガラ家のシェイヤ=サヒナンから、“合同演習”の話を持ち掛けられ、それを受けた事を家臣達に告げた場面に戻る―――


「…と申されますのは、殿下には何か策がお有りで?」

 BSI部隊総監のカーネル・サンザー=フォレスタが訝しげな表情で尋ねた。イマーガラ家のシェイヤ=サヒナンがBSIパイロットとしてもエース級の技量を持ち、それが自分のBSHOで出て来たら脅威になる…と説いたのを、ノヴァルナが「たぶん、そうはならない」と応じたところからの流れだ。

 自分の席の背後に、ロンザンヴェラ星雲の星図ホログラムを展開させたノヴァルナは、「ふふん」と鼻を鳴らすと、恥も外聞もなくあっさりと言い放った。

「戦闘開始と同時に、俺達がケツ捲って逃げっからさ!!」



「は?…」



 ノヴァルナを除いた会議室にいる全員が、今のは自分の聞き間違いではないかといった顔になる。当然だ、いつもは不必要なほど攻撃的なノヴァルナの口から、戦いもせず「逃げる」と告げられたのだ。

「逃げるのでありますか?」

 拍子抜けした声で、真っ先に訊いて来たのはササーラだ。

「なんだてめ、ササーラ。さっきはあんだけデカい声で、戦うのに反対してたろ」

 何が不満なんだと言いたげな声で、ノヴァルナはからかう。

「い、いえ。しかしその前に“売られた喧嘩は買う”とも、仰られていたので…」

「おう、だから買ってるじゃねーか」

「?」

 まるで分からないと首を傾げるササーラ。するとそれに、ほぼ正解を出したのは、女性武将のナルガヒルデ=ニーワスだった。

「つまり…同じ戦わないにしても、演習の申し込みを最初から断るのではなく、受けておいて放棄するのが、この場合の喧嘩の方法だという事ですか?」

「おう。やっぱ、さすがだなナルガは。ただし“放棄”じゃなく“放置”な」

 そう言うノヴァルナの笑みの質が、悪さを帯びて来る。一方のナルガヒルデは、その言葉の意味の違いに気付き、些か面食らったようだった。

「放置…先方のシェイヤ殿に何の連絡もされず、勝手にお帰りになるのですか?」

「おうよ!」

 分かったか!とばかりに胸を反らすノヴァルナ。確かに殴り合うだけが喧嘩の仕方ではない。だが放置された方はたまったものではないだろう。

「しかし、それでよいのですか?」

 そう言いだしたのは『ホロウシュ』のナンバースリー、ヨヴェ=カージェスだ。

「あ?…何がだ、カージェス?」

 腕組みをして、興味深げに不敵な笑いを向けるノヴァルナ。

「これはセルシュ様の無念を晴らす、好機ではありませぬか?」

「は?…爺の無念だと?」

 セルシュの名前を出され、俄かに不機嫌になるノヴァルナ。だがカージェスは、ノヴァルナの心の動きに気付かなかった。

「さようです。イマーガラ家の新宰相シェイヤ=サヒナンを討ち取り、セルシュ様の無念を晴らす、絶好の機会ではありませぬか?」

 その言葉を聞いて表情を険しくしたのは、カージェスと同期のランである。それは少しご主君に対して不躾過ぎる、と同期のカージェスに忠告しようとする。しかし些か手遅れだったようで、ランが続いて何かを言う前に、ノヴァルナは明らかに機嫌を損ねた口調でカージェスに詰問する。

「カージェス…てめぇに、爺の何が分かるってんでぇ…」

 遠雷の到来を思わせる主君の口調に、カージェスはたちまちその場で立ちすくみ、背筋を伸ばして謝罪の言葉をを口にする。

「もっ!…申し訳ございません!」

 ただノヴァルナのこのやり口に、不納得な顔をする者も家臣達の中に何人かはいた。大半がノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』に属する若者だ。その中でヨリューダッカ=ハッチが、躊躇いがちに右手を掲げて言葉を発する。

「意見を述べさせて頂いて、宜しいでしょうか?」

「おう。言ってみ」

 そう応じるノヴァルナは機嫌が直ったようであった。自分が見いだして来たスラム街育ちの連中が、重臣の揃う会議で意見を出すようになったのが嬉しいようだ。

「恐れながら…逃げ出してはセルシュ様の仇を討ち、ご無念を晴らせなくなるのではありませんでしょうか?」

 ハッチの意見に、それまで不納得顔をしていた家臣達が頷く。どうやら彼等も不満に感じている点は同じであるらしい。

 実は『ホロウシュ』達は全員が、セルシュ=ヒ・ラティオの死に責任を感じていたのであった。それはムラキルス星系攻防戦で、セッサーラ=タンゲンに油断している隙を突かれ、主君を守る事も出来ずに乗艦から脱出、結果として単身BSHOで出撃したセルシュが、自分の命と引き換えにしてノヴァルナを救ったからだ。
 それにセルシュは意外にも、『ホロウシュ』達に人気があった。ノヴァルナとつるんで散々悪さをし、その都度セルシュからこっぴどく叱られて来た、『ホロウシュ』の彼等であったが、それでもセルシュは一度として、他の重臣のように彼等の低い出自を、卑しんだりはなかったのである。

 そんな彼等であるから、ノヴァルナがシェイヤ=サヒナンから申し込まれた、“合同演習”の話を受けたと聞いた時には、これはセルシュ様を失った借りを返す、復讐のための絶好の機会だと思ったのも無理はない。それを当のノヴァルナから実際は「ケツをまくって逃げる」と言われては、納得できようはずもなかった。

 いや、『ホロウシュ』だけに限らず、セルシュの実直な人柄を好ましく思っていた家臣は多く、敵対していた当時のキオ・スー家やイル・ワークラン家でも、好人物として評価されていたのである。だから“合同演習”を受けておいて逃げ出すのは、セルシュの死に不名誉を与える事になるのではないかと、他の家臣達も危惧したのだ。

 真剣な眼差しで見詰めて来るハッチを、不敵な笑みで見詰め返し、ノヴァルナは少し軽い調子で尋ねた。

「んで?…俺にどうしろってんだ、ハッチ。本音で言ってみ」




▶#21につづく
 
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