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第4話:忍び寄る破綻

#13

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「またえらいトコを選びやがったな…」

 旗艦『ヒテン』の司令官席で、艦橋の前方ビュアー一杯に映るロンザンヴェラ星雲を眺め、ノヴァルナは苦笑を浮かべた。
 
 合同演習が行われるロンザンヴェラ星雲は、トゥ・エルーダ星系からおよそ19光年の位置にあり、濃密な星間ガスは赤く、直径約4光年の範囲にまるで薔薇の花のような形状で広がっている。また内部には、複数の原始恒星が点在しているために重力勾配が酷く、恒星間転移航法のDFドライヴは使用出来ず、長距離センサーなどの遠距離観測装置も、機能が大幅に低下するようであった。

「ノヴァルナ様。シェイヤ=サヒナン殿から通信が入っております」

 通信オペレーターがそう知らせて来ると、ノヴァルナは「繋げ」とぶっきらぼうに命じる。すると前方ビュアーの一部が切り替わり、そこに銀髪とアイスブルーの瞳を持つ、三十代半ばの女性が映し出された。シェイヤ=サヒナンである。

「ノヴァルナ様」

 一応、ノヴァルナの方が上位であるから、シェイヤは会釈と共にへりくだった物言いをした。それに対しノヴァルナは鷹揚に頷き、「シェイヤ殿」と応じる。

「この度の無理な申し出をお受け頂いたこと、あらためて御礼申し上げます」

 シェイヤがそう言うと、穏やかな笑顔で言葉を返すノヴァルナ。

「いえ。我等としても折角の機会。願ってもない話をどうして断れましょう」

 ノヴァルナの言葉に、シェイヤは僅かに笑みを見せて尋ねた。

「…時にノヴァルナ様は、ガルガシアマ星雲をご存知ですか?」

「ガルガシアマ…確かシナノーラン宙域の端にある、かなり大きな星雲のはず」

 シェイヤは満足げに頷いて「さすが、よくご存知ですね」と言い、さらに続ける。

「隣国エティルゴア宙域との境界近くにあるガルガシアマ星雲は、これまでに二度、タ・クェルダ家とウェルズーギ家の戦場となっており、さらに三度目の会戦も予想されております…そして、このロンザンヴェラ星雲は規模は小さいですが、内部の気象環境はガルガシアマ星雲とよく似ています。つまり今回の合同演習では、タ・クェルダ家とウェルズーギ家のガルガシアマ星雲会戦を、自分達であればどのように戦うかを試してみよう、というわけです」

「なるほど、それは興味深い趣向です」

 少々わざとらしい口調で応じるノヴァルナ。無論これが本当の目的ではない事は、百も承知である。

 ノヴァルナの白々しい反応は、シェイヤの方でも当然の事と受け取っていた。双方とも最初から、本気の撃ち合いになるのを共通認識として行動しているからだ。そうでなければこんな常識外れの、突然で無計画な合同演習が実現しようはずもない。

「我が師父タンゲンを何度も翻弄された、ノヴァルナ様のお手並みを拝見出来るのが、楽しみです。二時間後に演習を開始したいと思います。ご異存はありませんか?」

 そうシェイヤが言うと、ノヴァルナは落ち着き払って言葉を返す。

「特には。こちらこそ、タンゲン殿の愛弟子と聞くシェイヤ殿の手腕、勉強させて頂きたく思います」

 するとシェイヤは意味深な気配を感じさせる笑みで告げた。

「ではノヴァルナ様、よろしくお願い致します。くれぐれも事故の無きよう、安全第一で参りましょう…」

 そこで終了する通信。シェイヤの姿がスクリーンから消えると、ノヴァルナは「アッハハハ!」といつもの高笑いを発した。

「なかなか、おもしれーねーさんじゃねーか!」

 そこに艦隊参謀が歩み寄り、まもなくロンザンヴェラ星雲に進入する事と、早くも長距離センサーに障害が起き始めた事を知らせて来る。その直後、艦橋中央の戦術状況ホログラムから、幾つかの情報表示が消えたり明滅したりしだした。今しがたシェイヤが告げた通り、タ・クェルダ家とウェルズーギ家のガルガシアマ星雲会戦のように、手探り同然の状態で遭遇戦となる可能性が高くなるだろう。

「シェイヤ艦隊が離れていきます」

 オペレーターの報告で艦橋の窓を見ると、ロンザンヴェラ星雲の赤黒い雲海の中へと、シェイヤのイマーガラ第3艦隊が姿を消してゆく。今回の合同演習は、名目上はノヴァルナの艦隊がタ・クェルダ家、シェイヤの艦隊がウェルズーギ家の役割を演じ、ガルガシアマ星雲会戦と同様の状況で模擬戦闘を行う事が趣旨となっている。そのためシェイヤ艦隊は一旦、ノヴァルナ艦隊と距離を置くのだ。

「シェイヤ艦隊、まもなく探知圏外」

 同じオペレーターが続けて報告した。やはり濃密な星間ガスの影響で、少し離れただけでセンサーが反応しなくなる。

「重力勾配率増大中。左舷前方に原始恒星」

 その報告に左へ視線を遣ると、黒い雲が綿飴状に絡みついた、溶岩の塊のような誕生寸前の恒星が浮かんでいる。ノヴァルナは不敵な笑みで家臣達に命じた。

「さぁて、おっぱじめるか!!」




▶#14につづく
 
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