76 / 508
第4話:忍び寄る破綻
#12
しおりを挟む「えー。突然ですが、イマーガラ家の第3艦隊と、演習を行う事になりました!」
翌日、旗艦『ヒテン』の会議室で主要な家臣を集め、まるで教師のような口調でノヴァルナが発表すると、家臣達は一斉に「えええええ!?」と驚きの声を上げた。さすがに人前であまり表情を変える事がないランも、この時ばかりは目を大きく見開き、机を両手で叩きながら立ち上がって翻意を促す。
「どうか、おやめください!」
続いて立ち上がったのはササーラだ。こちらはさらに、ドーン!と天板が割れそうなほどの勢いで机を叩いたため、周囲の者がもう一度驚く。
「そうです。危険過ぎます!!」
そんな反応は織り込み済みだぜ…と言わんばかりに、動揺という名の渦が巻く会議室の中を、不敵な笑みでグルリと見渡すノヴァルナ。すると第2戦艦戦隊司令として参加している赤毛の女性家臣、ナルガヒルデ=ニーワスが一人、落ち着いた口調で尋ねて来る。教師的な振る舞いではこちらが本家と言える。
「一体どういう事なのか、ご説明を願います。殿下」
「おう。いいねナルガ、その冷静さ」
そのツッコミを待っていた感のあるノヴァルナは、ナルガヒルデを指差して評価し、説明を始めた。
トゥ・エルーダ星系第五惑星ウノルバにノヴァルナ達が到着した昨日、あれからイマーガラ家筆頭家老のシェイヤ=サヒナンより連絡があり、自分の率いる第3艦隊と、この星系の近くにあるロンザンヴェラ星雲で合同演習を行ってもらいたいという、急な申し入れがあったらしいのだ。
銀河皇国の名門貴族にして、オ・ワーリ宙域総督のシヴァ家とミ・ガーワ宙域総督キラルーク家が、今回の会見で友好関係を築き、協定を結ぶような事にでもなれば、シヴァ家の配下であるウォーダ家も、キラルーク家の後ろ盾であるイマーガラ家も争う必要はなくなる。その友好の第一歩として、シヴァ家とキラルーク家が会見している間、ノヴァルナ艦隊とシェイヤ艦隊が合同演習を行って、これまでの諍いを水に流そうというわけだ。
ノヴァルナがそう話すと、ナルガヒルデは遠慮を感じさせない、少々辛辣な印象を与える物言いで尋ねた。
「そのような子供でも罠だと思い至る話を、お受けになるのですか?」
確かに深く考えるまでもなく、誰が聞いてもあからさまに嘘だと分かる話であった。このタイミング…ただの合同演習で終わるはずもない。
シヴァ家とキラルーク家の会見は予定通り行われる。それは仲介に入っている皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナも言った通り、一度承知してしまった以上、貴族の体面と格式に関わるものだからだ。自らも皇国の名門貴族であるイマーガラ家も、これを反古にするような真似はしないだろう。
しかし合同演習中のトラブルで交戦状態に陥ってしまったのなら、これは不慮の事故という言い訳が出来る。ギィゲルトとシェイヤは、気性の荒いノヴァルナであればそういったイマーガラ側の企みも承知の上で、合同演習に応じて来ると読んでいたのだ。
ナルガヒルデの「お受けになるのですか?」という問いに、ノヴァルナは腕組みをすると胸を反らし「たりめーよ!」と景気よく言い放った。
「売られた喧嘩は買ってやるぜ!」
第1艦隊をはじめとするノヴァルナの腹心達は、自分らの若き主君がこんなふうに言いだしたら聞かないのを、充分に承知している。彼等は騒ぐの諦め、“どうしたものか…”と難しい表情で互いの顔を見合わせた。思考を戦術の方へ切り替えたのだ。
「戦うにしても相手はイマーガラ家の精鋭、第3艦隊ですぞ」
ノヴァルナを振り向いて、そう口を開いたのはBSI部隊総監のカーナル・サンザー=フォレスタであった。『ホロウシュ』でノヴァルナの副官、ランの父親のフォクシア星人だ。
「精鋭なら俺達も負けてねーだろ?」
不敵な笑みを絶やさず応じるノヴァルナ。サンザーはさらに訴える。
「それに相手の司令官シェイヤ=サヒナンは、BSIパイロットとしての腕もエース級として、鳴り響いております。もし彼女がBSHOで出て来たら厄介な事となります」
シェイヤ=サヒナンのパイロットとしての技量の高さは、イマーガラ家でもトップクラスと言われていた。事実、数カ月前のムラキルス星系攻防戦では、ノヴァルナが戦ったタンゲンのBSHO『カクリヨTS』に、シェイヤの戦闘パターンが組み込まれていたため窮地に陥り、その結果、後見人のセルシュ=ヒ・ラティオを死なせてしまっている。
「あ?…なんだサンザー。てめ、俺が負けるってのか?」
ノヴァルナは斜に構えて問い質した。サンザーはノヴァルナにとっては、BSI操縦の教官であり、訓練では“鬼のサンザー”に徹底的に鍛えられたものである。その鬼教官から負けると言われては、ノヴァルナも不本意極まりない話だ。
不敵な笑いを苦笑に変えて、大柄のサンザーを見上げるノヴァルナ。サンザーは生真面目な表情を変えずに告げる。
「そういうつもりはありませんが…と申すより、シェイヤ殿が出て来たら、私が迎え撃ちますので、殿下は―――」
「すっこんでろ!…ってか?」
ノヴァルナはサンザーの言葉を自分の言葉で遮ると、「アッハハハ!」といつもの高笑いを発した。そして右手を掲げてヒラヒラと振って続ける。
「心配すんなサンザー。たぶんシェイヤのねーさんが、出て来る事にはなんねーよ」
「と申されますのは、殿下には何か策がお有りで?」
訝しげな表情を向けるサンザーに、ノヴァルナは「ふふん」と鼻を鳴らすと、会議室の前面に合同演習の場所に指定された、ロンザンヴェラ星雲周辺の星図ホログラムを展開させて、自分の思惑を家臣たちに開陳し始めた………
そして二日後早朝。第五惑星ウノルバの行政府では、カーネギー=シヴァとライアン=キラルークの会見を二時間後に控えていた。皇国貴族としての儀礼的な挨拶の交換を皮切りに、両家とその領有宙域に関する情報交換、さらに昼食後には友好関係の確認と友好協定の締結まで進める予定だ。
会見には仲介役としてイマーガラ家当主ギィゲルト・ジヴ=イマーガラと、皇国貴族ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナ。さらに新キオ・スー=ウォーダ家から外務担当家老のテシウス=ラームも同席していた。
このシヴァ家とキラルーク家の間で友好協定が結ばれると、名目上とはいえオ・ワーリ宙域とミ・ガーワ宙域の支配者同士の和平成立という意味合いが発生する事で、シヴァ家の“家臣”であるウォーダ家と、キラルーク家の後見人であるイマーガラ家も、その友好協定の対象となって、むやみに交戦するわけにはいかなくなる。
そういった点からもイマーガラ家筆頭家老のシェイヤとしては、この機会にノヴァルナを葬っておきたかった。それ故に目論見通りノヴァルナが、合同演習の話に乗って来た時は内心でほくそ笑んだ。ノヴァルナの方でも新たにギィゲルトの懐刀となった自分を、この機会に葬りたいに違いないと、シェイヤは読んでいたからだ。いわばシェイヤは自分自身を餌にしたという事だ。
イマーガラ家第3艦隊旗艦『スティルベート』に座乗するシェイヤは、右舷側の宇宙空間を随行するノヴァルナ艦隊を一瞥し、独り言ちた。
「タンゲン様、見ていてくださいませ…」
▶#13につづく
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる