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第1話:大義の名のもとに
#12
しおりを挟む時を同じくして、ミノネリラ宙域国首都惑星バサラナルムでは、晴天広がるイナヴァーザン城の上空で、二隻の総旗艦級戦艦が向きを前後させ、並んで通信を交わしていた。一隻はドゥ・ザン=サイドゥの旗艦『ガイライレイ』、もう一隻はギルターツ=サイドゥの旗艦『ガイロウガイ』である。
「ではギルターツ。そちらの方は頼んだぞ」
ドゥ・ザンは司令官席に座り、通信ホログラムに映る嫡男ギルターツに告げた。
「うむ。ドゥ・ザン殿も、ご油断なきよう」
ギルターツは大きな目でドゥ・ザンを見据えて応じる。自分の父親を“ドゥ・ザン殿”と呼ぶ異質さは相変わらずだ。
それを合図に二隻の総旗艦級戦艦は、反転重力子の光のリングを放って、それぞれ反対方向へ上昇を始める。だがドゥ・ザン=サイドゥもギルターツ=サイドゥも、ノヴァルナの援護に向かうのではなかった。
ミノネリラ宙域と領域を接するシナノーラン宙域の星大名家タ・クェルダ家と、オウ・ルミル宙域星大名ロッガ家が国境付近に艦隊を移動させて、ミノネリラへの侵攻の気配を見せたため、その備えとしてサイドゥ家も艦隊を出動させるのだ。
タ・クェルダ家は重臣のバルバ=バルヴァとマーサ・トルード=ナイト、マスゲード=ガルーダという、“タ・クェルダ四天王”の内、三人が艦隊指揮を執っており、ロッガ家に至っては当主ジョーディー=ロッガ自らが率いる第1艦隊が動いていた。この威力偵察とは思えない戦力の投入に、サイドゥ家としても主力を出さざるを得なくなったのだ。
シナノーラン宙域方面は“ミノネリラ三連星”を付けたギルターツに任せ、ドゥ・ザンは自らの第1艦隊と、懐刀の重臣ドルグ=ホルタの艦隊を連れ、オウ・ルミル宙域へ向かうつもりである。
ギルターツの乗る『ガイロウガイ』の後ろ姿をスクリーンで眺め、ドゥ・ザンは傍らに立つドルグ=ホルタのホログラムに語り掛けた。
「いやはや、星帥皇陛下とミョルジ家の和解が、このような形で影響するとはの」
「まさに…」とドルグ。
優れた軍略家のドゥ・ザンはタ・クェルダ家とロッガ家の今回の動きが、ノヴァルナと戦う事になったキオ・スー家へのイマーガラ家の側面支援だと見抜いている。娘のノアとノヴァルナの婚約で、イル・ワークラン、キオ・スー、ナグヤというウォーダ家の複雑な事情を、より詳しく把握するようになったからだ。
特にロッガ家はミョルジ家と星帥皇室の争いで、星帥皇室側最大の支援勢力であったのだが、新たに星帥皇となったテルーザ・シスラウェラ=アスルーガが、ミョルジ家と和解して傀儡となる事で、紛争の長期化で皇都宙域が混乱するのを回避したため、戦力に余裕が出来たのだ。
さらに言えばロッガ家は昨年、宇宙艦の恒星間航行に不可欠な希少鉱物、『アクアダイト』の秘密産出の件で、ナグヤ家のノヴァルナに妨害され、それが遠因となってミョルジ家に予想より早く、星帥皇側の戦力が整わないうちに皇都宙域に侵攻された、という大きな“借り”がノヴァルナにあった。
そうであれば、その恨むべきノヴァルナに借りを返すこの機会に、ロッガ家が手を貸すのは必然的とも言える。またタ・クェルダ家については、イマーガラ家と同盟を結んでいるため、協力するのは道理と言える。そしてこの部隊移動に当主のシーゲン・ハローヴ=タ・クェルダがいないのは、イマーガラ家の仲介のおかげで宿敵ウェルズーギ家と休戦する事が出来、新たな支配地となったシナノーラン宙域の経営に専念しているのだろう。
ドゥ・ザンが見たところ、イマーガラ家の目論見はノヴァルナのナグヤ家と縁戚関係を結び、強力な同盟者となったサイドゥ家が、ナグヤ家とキオ・スー家との決戦に、応援部隊を派遣させないための牽制行動と判断して間違いない。
ただ、イマーガラ家の暗躍を見抜いたところで、ドゥ・ザンに牽制行動への警戒部隊を出動させる以外の手立てはなかった。放置しておけば、本当に領域を侵食される事になるからだ。
しかしそのような状況の中でも、ドゥ・ザンは総旗艦『ガイライレイ』の司令官席に背中を沈め、ニタリと人の悪い笑みを浮かべた。その表情をみて、ドルグ=ホルタのホログラムも目を細める。
「ですが、ノヴァルナ様は流石と申せましょうな」
ドルグがそう言うと、ドゥ・ザンは大きく頷いた。
「なにしろ、あのノアが選んだ婿殿じゃからのう」
ノヴァルナはイマーガラ家の策略を読んで、今回の作戦では初めからサイドゥ家に援助要請を出していなかったのだ。そのためドゥ・ザンはタ・クェルダ家とロッガ家に対し、充分な戦力を差し向ける事が出来るのである。どこまでも澄んだバサラナルムの青空を見据え、ドゥ・ザンは告げた。
「この戦いは婿殿が勝つ…その祝賀を兼ね、いよいよノアと婿殿の婚儀じゃ」
▶#13につづく
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