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第10話:シンギュラリティ・プラネット
#02
しおりを挟む星帥皇の謁見の間の前に到着したヴァルミスは、扉を開いた侍従に従って、赤い絨毯の上を静かに進んだ。ヴァルミスの背後には、副将格のナルガヒルデ=ニーワスと、副官のラン・マリュウ=フォレスタがいる。二人共ヴァルミスの正体を知る人間だ。
三人は玉座に座る星帥皇、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガの前へ着くと、片膝をついて首を垂れる。
「よく参られた、ノヴァルナ殿」
その声を発したのは星帥皇ジョシュアではなく、傍らに立つ六十代と思える太ったヒト種の男、上級貴族筆頭のバルガット・ヅカーザ=セッツァーであった。今回ジョシュアが星帥皇の座を奪取した際に功があり、その後の立ち回りで、ジョシュアの補佐役的存在に収まっている。
ただ今はウォーダ家にも味方はしているものの、セッツァーの狙いはかつてのような、貴族院が銀河皇国の実権を握る時代の再来であり、ノヴァルナが目指すものとは、望むベクトルが違っていた。そのセッツァーは、仮面を付けたままのヴァルミスに、穏やかではあるが纏わりつくような口調で、言葉を続ける。
「大功あるノヴァルナ殿に、咎めだてするつもりはありませんが…星帥皇陛下にお目通りされる時は、その仮面をお外しになられては、如何なものでしょう?」
当のジョシュアはセッツァーの物言いに、“そうなのか?”と無頓着な様子だ。現在のバルガット・ヅカーザ=セッツァーは貴族院を纏める役目を果たし、ウォーダ家にも協力的だが、三年前にギィゲルト・ジヴ=イマーガラに上洛を唆し、その際にウォーダ家を征服する事を容認した事を忘れてはならない。セッツァーとはそういう人物なのである。
今の自分はノヴァルナ・ダン=ウォーダなのだ…カルツェ―――ヴァルミス・ナベラ=ウォーダは、仮面の下で改めて自分にそう告げて背筋を伸ばし、セッツァーに向き直る。そして落ち着いた口調で返答した。
「セッツァー様のご意見は尤もなれど、まだミョルジ家掃討作戦は、終わっておりません。この参内もその作戦のうちにございますれば、仮面を外すことは、ご容赦願います」
「ほう…“これも作戦のうち”と仰る?」
探るような眼で見て来るセッツァー。まるであら捜しでもするような視線だ。
「如何にも」素っ気なく応じるヴァルミス。
「それはこの『ゴーショ・ウルム』内に、いまだミョルジ家と通じている、内通者が潜んでおる…と、いう事でしょうかな? 御家の内部も含めて」
セッツァーのウォーダ家に対する嫌味交じりの言葉を聞いて、玉座のジョシュアはすぐに不安げな表情を浮かべ、気味悪げに辺りを見回した。やはり銀河皇国の頂点に立つ人物とするには、頼りなさは否めない。そしてそんなジョシュアに、抜け目無く取り入ろうとするセッツァー。
「ジョシュア陛下。貴族院の中には、そのように不埒な者は一人もおりませぬ故、何卒ご安心下さい。このセッツァーが取り仕切る限り、全員が陛下に忠義を尽くさせて頂きますぞ」
「そ、そうか。宜しく頼む」
ペコペコと頭を下げるジョシュアを見るセッツァーの眼に一瞬、相手を見下した光が宿るのを、ヴァルミスは見逃さない。だがしかし、今はそれをどうこうするつもりは無い。セッツァーを放置して、落ち着いた口調を変えずに、ジョシュアに告げる。
「私が“これも作戦のうち”と申し上げましたのは、然に非ず。今回のミョルジ家掃討戦においては、仮面を被った私のどれが本物のノヴァルナかを、終始ミョルジ家に判別出来ぬようにする事こそが、肝要…それを徹底するためにございます」
「ほほう…」
声を漏らすセッツァーの表情は、高い湿気を感じさせる。しかしヴァルミスは、こういう場合に兄が取るであろう行動を倣って、平然と言い放った。
「仮面を被って参内する事を、お認めになってこそ、陛下の御心が我等と共にあるを、世間とミョルジ家に知らしめるのです」
明快なヴァルミスの返し。それは“仮面のノヴァルナ”としてヴァルミス・ナベラ=ウォーダを演じる、カルツェの明晰さならではのものであった。
それが正解です…とばかりに、ヴァルミスの背後に立つナルガヒルデ=ニーワスが、微かに眼を細めて頷く。確かに星帥皇から、仮面を付けたままでの拝謁を許されていると示すのは、ノヴァルナが全幅の信頼を受けており、ジョシュア自身もこのミョルジ家掃討戦へ、固い決意をもって臨んでいる表れになる。
一方でヴァルミス本人は仮面の下で、可笑しなものだ…と思っていた。
本来、影武者とは本人と瓜二つの顔を持つ人間や、似た顔の人間を整形して、その任に充てるものである。ところがノヴァルナは、背格好が自分と似ている複数の人間に仮面を被せるだけで、“コイツらが俺の影武者だ”と言い切った。ひどくいい加減な話である。それなのに周囲の人間達―――敵味方含めた全員が、思惑通りに振り回されてしまっている。
“これも、兄上ならどんな事もやりかねない…と、皆が思っているからだろうな”
自分の父親の葬儀に、悪役レスラーのコスプレで『閃国戦隊ムシャレンジャー』の主題歌を、ハードロックアレンジで歌ったり、ウォーダ家とサイドゥ家の戦場のド真ん中で、敵方のノア姫との婚約発表をぶち上げるなど、昔から傍若無人の印象があるノヴァルナであれば、星帥皇相手であろうが、何をやっても不思議ではないだろう…という先入観がある。
「仮面が無礼であるのは重々承知の上。しかしながらここは、陛下と皇国のためとご寛恕頂きますよう、お願い申し上げまする」
重ねてジョシュアに訴えて頭を下げるヴァルミスに、ジョシュアは「うむ。そういう事なら―――」と頷き、傍らのセッツァーに顔を向けて問い掛けた。
「協力できる事は協力すべきであろう。ノヴァルナ殿の日頃の功に鑑みても、ここは仮面の着用を認めてよいと考えるが、ヅカーザ卿はどう思う?」
対するセッツァーは、ここで偏屈な態度を取っても、ジョシュアには悪い印象しか与えないだろう…と、瞬時に計算したらしく、即座に深々と頭を下げて賛意を示した。
「拙は陛下のご寛容さに、敬服するばかり…異存はございません」
セッツァーの反応を見て、ジョシュアはヴァルミスに向き直り、鷹揚に告げる。
「ノヴァルナ殿の意向を是とする。作戦期間中はどこであろうと、仮面の着用を許す」
ヴァルミスはこの不毛なやり取りに、終止符が打たれた事を安堵しながら、「ありがとうございます」と再び頭を下げた。
今後も仮面を着用したままの参内が許された事は、一定の成果であったが、ただジョシュアへの拝謁の中身そのものは、これまでのノヴァルナの戦功を褒め称え、ミョルジ家掃討戦を激励するという、あまり意味の無いものだ。
褒美として与えられた、皇都惑星キヨウで太古に栄えた文明の宝刀の模造品を、副官のランに持たせ、長い廊下を戻りながら、ヴァルミスはナルガヒルデに小声で語り掛けた。
「この拝謁…ノヴァルナ様であれば今頃、機嫌を損ねられていただろうな?」
ナルガヒルデは真っ直ぐ前を向いたまま、「おそらく」と同意する。会議などでもそうなのだが、兄ノヴァルナは意味のない公用をひどく嫌う。今回の拝謁も本人であったなら、“勝ち切ってもいない戦いを褒められても意味はねぇ!”とか言って、腹を立てているに違いない。
それにセッツァーに見識を求めた、ジョシュアの態度にも不機嫌になっていたはずである。兄が亡き前星帥皇テルーザと目指したのは、旧態依然の権威主義を振りかざす貴族勢力の排除だったからだ。
「ああいった“妖怪”達ともこの先、対峙していかなければならないのか…」
呟くように言うヴァルミスに、ナルガヒルデが静かに応じる。
「そのための、ヴァルミス様です」
「ああ。わかっているよ…今の私は、ノヴァルナ様の“闇”の部分だからね」
ノヴァルナの闇…後ろ暗い部分。それはあの日、『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスがカルツェを生かしたまま、ノヴァルナと引き合わせた時に生じた。
本来なら不必要な争いを仕掛け、双方の家臣を無駄に死なせることになったカルツェの処断を、一度は決意したノヴァルナだったが、実際に生きたカルツェと顔を合わせた事で、再び処刑を命じる事が出来なかった。
表向きは処刑した事にして、独断専行のカージェスも合わせ、助命してしまったのだ。心の奥底に潜む甘さが出て、公明正大である事を放棄したその時、カルツェの存在は、ノヴァルナにとって、隠しておくべき“心の闇”となったのである。
無論、人の世を見渡せば、そのように自分の身内には甘い事例など、掃いて捨てるほど存在する。だがノヴァルナにすれば“他人は他人、自分は自分”なのだ。
「ノヴァルナ様が光であるなら、私はその影となる闇…闇が濃くなるという事は、それだけ光が増しているということ。ならばせいぜい濃くならねばなるまい…」
仮面を被るヴァルミスの表情は窺えないが、その言葉の響きには、静かだが確固とした意志が感じられた………
▶#03につづく
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