銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第10話:シンギュラリティ・プラネット

#01

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皇国暦1563年6月28日の午後―――

 この日、狐を意匠した仮面を付けたヴァルミス・ナベラ=ウォーダは、不在のノヴァルナの影武者として、ナルガヒルデ=ニーワスや『ホロウシュ』の一団を従えて、皇都惑星キヨウの星帥皇室行政府『ゴーショ・ウルム』を訪れていた。

 ナルガヒルデやラン・マリュウ=フォレスタは、ヴァルミスがノヴァルナの影武者であるだけでなく、その狐の仮面の下にある正体を知っている。


カルツェ・ジュ=ウォーダ―――


 だが今のヴァルミスは、カルツェの名を捨てていた…三年前の“あの日”から。

 新星帥皇ジョシュア・キーラレイ=アスルーガが待つ、謁見の間に続く長い廊下を歩きながら、ヴァルミスは“あの日”の事を思い出していた………



※※※―――



 それは皇国暦1560年3月17日の夜。

 使用人の一人ネイミア=マルストスを、捕えたトゥ・キーツ=キノッサの身の安全と引き換えに脅迫し、飲み物に猛毒を仕込んで、兄ノヴァルナの暗殺に成功したと判断。スェルモル城陸戦隊を率い、自分は側近のクラード=トゥズークと共に、装甲車でキオ・スー城へ向かった。兄ノヴァルナに代わり、ウォーダ家の実権を握るためだ。

 実力が全ての戦国において、星大名家当主の座を手に入れるためならば、親兄弟でも敵となる。
 イマーガラ家の侵攻が近かった当時、性格が好戦的過ぎると思っていた兄ノヴァルナではこの難局をしのぐ事は出来ず、このままではウォーダ家は滅び、オ・ワーリ宙域はイマーガラの兵に蹂躙されてしまうと考え、これが最後の機会と思い、暗殺という手段に出たのである。

 しかし兄は死んでいなかった。それどころか逆に罠を張って、自分達を待ち構えていた。兄の居場所へ通じるとされたエレベーターの扉が開くと、中から出て来たのは『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェス。
 カージェスはハンドブラスターを取り出す。そして短く「上意である」と告げ、自分の隣で唖然としていたクラードの額を、有無を言わせず撃ち抜いた。

 カージェスは次にこちらに銃口を向ける。案内役として一緒に居た筆頭家老のシウテは、呼び掛けても素知らぬ顔だ。

「そうか…」

 野望の終わりを知り、自分はカージェスが構えるハンドブラスターの前に、身を晒したのである。


だが…カージェスは、引き金を引かなかった―――


 ハンドブラスターをホルスターに収めたカージェスは、静かに言った。

「これより先、ノヴァルナ様のもとにお供致します」


 
 カージェスに連れられ、兄ノヴァルナの前に引き出されると突然、兄はこれまで見た事が無いような怒りの表情を見せ、拳で机を力任せに殴りつけた。

 だがそれは自分ではなく、自分を連れて来たカージェスに対してであった。

「てめぇ、カージェスっ!!!!」

 兄が握り締めた右の拳を挙げると、手の甲の指の付け根の皮膚が裂け、鮮血が滲んでいる。これを見た義姉のノアが、困り顔で治療キットを取りに席を立つ。

「なんでコイツが、生きてるんだ!!!!」

 血が滲んだ手で自分に指をさし、怒鳴り声を上げる兄。直立不動の姿勢で主君の罵倒を受け止める、カージェスの背中が自分の右斜め前にある。

「てめぇから、“この先は自分に任せろ”って、言ったんだろが!!!!」

「仰せの通り」

 激怒する兄に怯むことなく、淡々とした口調で応じるカージェス。この辺りの胆力は同じ『ホロウシュ』でも、ラン・マリュウ=フォレスタやナルマルザ=ササーラには、持ち得ないものだろう。

 ギリリ…と音が聞こえて来るほどに、奥歯を噛みしめる兄ノヴァルナ。そしてその怒りの炎を鎮めるように、大きく息を吐くと、口調をやや穏やかにしてカージェスを問い質す。

「てめぇなら、言わなくても俺の考えは分かってると、思ってたんだが…違ったのかよ?」

「いいえ。このヨヴェ=カージェス、ノヴァルナ様のカルツェ様へのお覚悟、充分に理解しております」

「だったら…てめぇの独断で、コイツを生かして連れて来た、って事だな?」

「さようです」

「なんでだ?…俺の考えが、間違ってるってのか?」

 ここまでの話を聞くに、兄は自分を粛清する覚悟を、決めていたようであったのだが、それをヨヴェ=カージェスが独断で生かす事にした…らしい。

 兄の判断は間違ってはいない。今回の兄に対する実力行使による謀叛は二度目であり、前回の失敗時に“次は無い”と言われたうえで許されていたのだ。その禁を破って失敗した以上、自分は処断されて当然である。事実、自分自身もその覚悟で臨んだ二度目の謀叛であり、エレベーターの扉が開いて現れたカージェスが、隣にいたクラード=トゥズークを、有無を言わせず銃殺した瞬間に、自分も全てを悟ったのだ。

 兄の詰問にカージェスは淀みなく応じた。

「いいえ。ノヴァルナ様のお考え、お覚悟は正しく思います。そのうえであえてカルツェ様を、ご存命のままお連れ致しました」

 一拍置いてさらに告げるカージェス。

「ここは何卒、カルツェ様をお許し下さい」

「俺に…筋を曲げろってのか!?」

 そう言う兄の言葉に含まれる、怒気の割合が再び大きくなり始める。無理もないと思う。これまで星大名家当主としての、兄の考え方を否定して来た自分だが、兄の物事に筋を通すという考え方は認めていた。

 するとカージェスが思い切った事を言う。

「はい。全てはこの私の独断。代わりに我が命にて、償わさせて頂きます」


なぜだ?…と思った。


 カージェスは兄ノヴァルナの忠実な親衛隊、『ホロウシュ』のまとめ役であり、自分の家臣ではない。反逆者である自分を、命を懸けてまで助命嘆願する義理は、毛の先ほどもないはずである。自分を妙に庇い立てするカージェスに「てめぇが、なぜそこまでする?」と、兄も不満げな様子だ。

 そんなカージェスの意図はしかし、やはり主君、兄ノヴァルナの事を考えてのものであった。

「たとえ筋を曲げる事になっても、ノヴァルナ様はご自分の弟君を、殺害なさるべきではありません」

「………」

 兄は無言のまま、眼光鋭く睨みつける。言葉を続けるカージェス。

「ただしカルツェ様におかれましては、表向きは処刑された事にし、その名と地位を捨てて頂く事となります。顔を整形し、新たな名と地位を得て、全くの別人となられるのです」

 おそらくカージェスは、予めこの計画を用意していたのであろう。単なる衝動から自分を撃たなかったのであれば、このような話が順序立てて、すらすらと出て来るはずはない。カージェスはさらに自分の考えを伝える。

「無論…この事を世間が知れば、“身内には甘い当主”という、批判を受ける事にもなりましょう。しかしそれでもこの先、弟君の命を自分が奪った事を後悔なされ続けるより、生かした事を後悔なされ続ける方が、ましだと存じます」

「カージェス! てめぇは!!―――」

 怒鳴り声を上げそうになった兄ノヴァルナだったが、「チッ!…」と忌々しそうに舌打ちをして顔を背け、「誰もそんな事、頼んでねぇってのによ…」と、ため息混じりに言う。

 ただ今の自分はこの時のカージェスの判断と、兄の心情を理解する事が出来る。

 謀叛人の弟を一度ならず二度も許す。それは兄自身では出来ない…認める事が、出来ない決断なのだ。であるからしてカージェスはあえて、“虎の尾を踏む”ような真似をし、星大名家当主として筋を通すためには、どうしても弟を殺さねばならないという、兄の悲壮な決断に逃げ道を作ったのである。

 治療キットを取って来たノアが隣に座って、手の治療を始めると、兄ノヴァルナは怒りを幾分鎮めて、呻くようにカージェスに訴えた。

「俺とコイツの諍いで、どんだけの兵が死んだと思ってんだ…それを、死んだ事にして隠せだと?」

「仰せになりたい事は分かります」とカージェス。

「だったら!…」

 一瞬語気を荒げかけた兄だったが、続く言葉を飲み込んで、大きな吐息と共に天井を見上げる。“だったら殺せ”と言いたかったのだろう。その代わりノア姫と見つめ合い、互いに何事かを視線で伝えてこちらに向き直る。初めて見る逡巡の表情を浮かべておいて、兄は口を開いた。

「…ったく、余計な事しやがって。カージェス!!」

「は…」

「てめぇは死ななくていい!」

「しかしそれでは…」

「いいっつってんだろ!!」

「申し訳ございません…」

 頭を下げるカージェスをひと睨みし、兄は次に自分に視線を移す。

「てめぇも顔は整形しなくていい。その代わりにてめぇ用の仮面を用意すっから、ほとぼりが冷めるまでそれ被って、どっか辺境の星で大人しくしてろ!」

 そして自分は中立宙域近くのとある植民惑星に軟禁され、ウォーダ一族の傍流のそのまた傍流で過去の戦場で行方不明となっていた、ヴァルミス・ナベラ=ウォーダの名と、狐を意匠した仮面を与えられたのであった………



▶#02につづく
 
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