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第4話:ミノネリラ騒乱

#32

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「敵宙雷戦隊、急速接近!」

「迎撃だ。迎撃しろ!」

 正体不明の爆発に混乱するイースキー軍第2艦隊にとって、ウォーダ軍の宙雷戦隊に頭を押さえられる形になるのは非常にまずい。戦艦は副砲を、重巡以下の宇宙艦は主砲を、宙雷戦隊へ向けて撃ち始める。しかし艦列が乱れ、各艦がてんでばらばらに射撃しては、命中率は上がらない。しかも戦艦の主砲ではなく副砲、そして重巡以下の主砲では、“タクバークの雲”を構成する氷塊が障害となる。これに宙雷戦隊が激しく、上下左右にランダムな針路を取って突撃して来るとなれば、命中率はぐんと下がる。

「敵宙雷戦隊、速度変わらず。なおも接近中!」

 イースキー軍のオペレーターの言葉通り、ウォーダ軍の二つの宙雷戦隊には、損害らしい損害がない。僅かに駆逐艦三隻が被弾しただけで、戦闘行動に支障はなさそうである。
 こういった場合、本来なら宙雷戦隊より高機動戦闘に優れる、BSI部隊で迎撃するのが常道であるのだが、緒戦でノヴァルナがBSHOで戦場に出ている事に気付いたイースキー側が、BSI部隊の全力出撃を行ったため、迎撃は出来なくなっていた。

「敵宙雷戦隊。全艦、魚雷発射した模様!!」

 オペレーターの声が緊張の度合いを増す。宙雷戦隊の統制雷撃は、高い能力を持つ基幹艦隊にとっても重大な脅威だ。発射された無数の自律思考式宇宙魚雷が、思い思いに氷塊の間を縫って迫って来る。

「宇宙魚雷。総数約三百!」

「迎撃急げ! 誘導弾発射!」

 各艦が発射した迎撃誘導弾は六百を超える。しかしこちらは誘導式であっても、宇宙魚雷のような自律思考型ではないため、氷塊に激突するものも少なくない。撃破されたのは百本ほどの魚雷で、残りは艦隊へ殺到して来た。ここまで接近されると、艦隊全体の防御というより、各艦個々の防御距離となる。それぞれの宇宙艦がCIWS(近接迎撃武器システム)を起動させ、激しくビームを放ち始める。艦の至近距離で立て続けに起きる、宇宙魚雷の爆発。そしてそれを搔い潜った魚雷より、宇宙艦にもまた爆発が起きた。

 結果としてイースキー軍第2艦隊で魚雷を喰らったのは二十三隻。艦隊の三分の一程度である。戦艦で撃破されたものは無かったが、重巡4・軽巡7・駆逐艦9・空母3が撃破されるという、少なくない損害を受けた。この状況にトモスは艦隊を一時後退させ、態勢を立て直すよう命じる。

 ところがこれが、ノヴァルナの張った第二の罠であった。
 
 状況が悪化しないうちに、態勢を立て直そうというトモスの判断は正しい。彼等にとっては正体不明のノヴァルナからの超空間狙撃も、試射用弾丸が尽きて打ち止めとなった事を知るはずもなく、そちらへの警戒も続けなければならないからだ。

 ただこういった、戦闘経験を幾度も積んだ武将ほど、ノヴァルナの計略に掛かり易くもある。隊列を乱したまま、一時的に氷塊の密集地帯から離脱しようとする、イースキー軍第2艦隊に襲い掛かったのは、ウォーダ軍の魚雷艇部隊だった。

 すでに述べた通り今回のノヴァルナの第1特務艦隊には、八隻の『クォルガルード』型戦闘輸送艦が含まれていて、その内の四隻には、合計二十四隻の魚雷艇が搭載されている。それらは第1特務艦隊がノヴァルナのBSI部隊を出撃させた後、現在位置に達する前に発進。氷塊に紛れて宇宙空間を漂いながら、敵艦隊をやり過ごし、背後へ回り込む事に成功していたのである。

 突撃して来たウォーダ軍の二つの宙雷戦隊の撃退と、立て直しのための後退運動に気を取られていたイースキー軍第2艦隊が、新たに九十六本の宇宙魚雷を感知したのは、その時であった。

「近距離に魚雷反応!」

「魚雷発射を感知! 近い!」

「魚雷発見! 緊急回避の要有り!!」

 イースキー軍の複数の艦で、悲鳴のような報告が上がる。完全に不意打ちを喰らう形となった状況に、パニックが発生した。慌てて針路を変更しようとする戦艦同士が衝突、互いに艦腹を大きく抉り合ったかと思えば、大型の氷塊に真正面から通込み、艦首をグシャグシャに潰される重巡航艦。艦列が乱れた状態で主砲を旋回しながら連射し、味方の空母の艦底部を撃ち抜く軽巡航艦。CIWSによる魚雷の迎撃に成功したものの、至近距離で自爆され、舷側が醜くささくれだつ駆逐艦など、宙雷戦隊が突撃して来た時以上の損害が出始める。

 すでにノヴァルナの狙撃で速度が低下していたトモスの旗艦も、この襲撃で魚雷を一本受け、いよいよ戦闘指揮は難しくなった。

「旗艦を変更なされますか?」

 艦隊参謀が表情を強張らせて、トモスに問い掛ける。これに対しトモスは苦虫を嚙み潰したような顔で「うーむ…」と唸ったあと、絞り出すような声で命じた。

「いや…撤退する」

 ドボラ城への増援は、付近の独立管領ダルタ=ヴェルタに艦隊を出すよう、依頼している。ここはノヴァルナの戦力を引き付けた、という意味でドボラ城への一定の援護は出来たと見るべきだ…と、自分に言い聞かせての言葉であった。




▶#33につづく
 
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