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第4話:ミノネリラ騒乱
#22
しおりを挟むハーヴェンとクーケン達のイナヴァーザン城離脱から時間を遡り、こちらはウネマー星系の領主、ジローザ=オルサーのもとを訪れたトゥ・キーツ=キノッサ。
総旗艦『ヒテン』からキノッサを乗せて発進したシャトルは、今の彼の心を映したような重々しく暗鬱な曇天を潜り抜け、ウネマー城のシャトル用ランディング・ベイに向けて降下する。それは奇しくも、バサラナルムでイナヴァーザン城から離陸した、ハーヴェン達のシャトルが空を駆け上がるのと時は同じであり、そしてキノッサがシャトルを降りる頃には、大粒の雨が城郭を濡らし始めていた。
有力な独立管領オルサー家を、ウォーダ側へ寝返らせる事に成功したのに、主君ノヴァルナから与えられたのは、領主オルサーの処刑命令。キノッサの役目はその宣告という、理不尽極まりないものだ。
オルサー家の筆頭家老と三名の事務官、それに六名の護衛兵の出迎えを受けたキノッサは、“スノン・マーダーの一夜城”の件以来、正式に配下となっているキッパル=ホーリオとカズージ=ナック・ムル、さらに与力として付けられたマスクート・コロック=ハートスティンガーを連れ、当主ジローザ=オルサーの待つ執務室へと向かった。
伝える内容が内容であるから、衛星軌道上を遊弋するウォーダ軍第1艦隊は、密かに戦闘態勢を整えている。これは、万が一ノヴァルナの命令に反発したオルサー家が、キノッサ達を捕えたり殺害した場合に対する即応態勢である。
筆頭家老によって執務室の扉が開かれると、机に向かって何かの入力作業をしていたジローザ=オルサーは、相好を崩して席を立ち、キノッサに呼び掛けた。
「おお、キノッサ殿。お待ちしておりましたぞ」
歩み寄って来るオルサーの穏やかな笑顔に比して、キノッサが返す笑顔は硬い。
「遅くなり、申し訳ございません」
「なんのなんの。さ、こちらへ」
そう言って応接用のソファーを勧めるオルサー。するとキノッサはまず、唇を真一文字にしてから、押し殺すような声で告げた。
「その前に、お人払いを」
「?」
軽く小首を傾げたオルサーだったが、すぐに「おお」と頷き、キノッサを案内して来た筆頭家老と事務官や護衛兵に合図し、執務室から下がらせる。キノッサの方もホーリオ達三名に振り向いて頷き、退出させた。好人物のオルサーはホーリオらと一緒に退出していく筆頭家老に、「そちらの方々を控室にご案内し、何かお出しするように」と声を掛ける。そしてキノッサがソファーに腰を下ろすと、オルサーをゆっくりと腰を下ろして切り出す。
「それでノヴァルナ公におかれては、我等の決断にお喜び頂けたでましたでしょうか?…ご拝謁は叶いましょうや?」
「………」
オルサーの問いに思い詰めた表情になったキノッサは、突然跳ね上がるように立ち上がり、ソファーの傍らでオルサーに向かって土下座をする。そして驚いて眼を見開くオルサーに対し、床に額を押し付けながら大声で叫んだ。
「申し訳ございませぬ、オルサー様!!!!―――」
だがガバリと頭を上げてそれに続けたキノッサの言葉は、ノヴァルナが命じたものとは全く違ったものであった。
「に!…逃げてください!!」
唖然としたオルサーは、キノッサに両腕を差し延べて問い質す。
「逃げる?…どういう事ですかな? まずはお座り頂き、事情をお聞かせ下さい」
するとキノッサは、オルサーに包み隠さず全てを打ち明けた。
オルサー家が寝返りを約束したにも関わらず、報告を受けたノヴァルナが、“信用ならない”という理由だけで処刑を命じた事。本来ノヴァルナは、そのような些末な理由で誰かを処刑する領主ではなく到底納得できない事。だが主命には逆らえない立場に、一睡も出来ず悩みに悩んだ事………
その結果、キノッサが導き出した答えが、ジローザ=オルサーを生かして逃がすという事だったのだ。全てが円満に収まると考えていたキノッサには、今の状況が心底口惜しいのであろう、オルサーを見上げる双眸に、涙を滲ませながら訴えた。
「申し訳ございません! このような事になるなど…このような事になるなど、思いも寄らず! この上はどうか、ノヴァルナ様にはオルサー様に勘付かれ、逃げられた事にしておきますゆえ、我等の手が及ばぬところまでお逃げ下さるよう、伏してお願い申し上げまする!」
そう言って、再び床に額を擦り付けるキノッサ。
「キノッサ殿…」
オルサーは小さく息をつきながら静かな口調で告げた。
「キノッサ殿はまこと、善人であらせられる…そのように出られてはこちらも、本心を明かさねばなりますまい」
「は?」
不思議な事を言うオルサーを見上げるキノッサ。
「実はノヴァルナ様への拝謁が叶った際は、その場で私はノヴァルナ様もろとも、爆死するつもりでありました」
「!!??」
今度はキノッサが唖然とする番であった。直接会ったこともあって、好人物だとばかり思っていたオルサーが、本当はノヴァルナを道連れに、自爆しようとしていたなど夢にも思わなかったのだ。
「…我が忠義に二心無し。ノヴァルナ様を討ち取る機会があらば、これを利用しない手はありますまい」
「で…では、オルサー様はわたくしを、騙されたのですか?」
「そうなりますな」
だがそういうオルサーの表情からは、心苦しさが感じられた。
言い方を悪くすればノヴァルナが口にした通り、ジローザ=オルサーは信用ならない人物であった。
しかしそれは視点を変えればウォーダ家に寝返る事無く、主家のイースキー家に忠義を尽くしている事になる。それなりに戦力はあってもまともに戦っては、勝てはしないオルサー家であるから、当主ジローザは自らの命と引き換えに、ノヴァルナを討ち取る可能性に賭けたのである。
そうとは知らずキノッサは、オルサーの好人物の面のみを見て口車に乗せられ、ノヴァルナへの拝謁をすぐに手配しようとしたのだ。
それらの事をキノッサに告げてから、オルサーは破顔した。
「キノッサ殿は甘い…だがしかしまぁ、逃げろとは。ワッハハハハ!」
不意に笑い出すオルサーに、眼を丸くするキノッサ。
「おそらく、コーティ=フーマ殿が私の目論見を見抜き、予めノヴァルナ公に警告しておったのでしょう」
コーティ=フーマは元サイドゥ家の武将であり、オルサーとも面識がある。そのフーマが事前交渉を行った際、忠義者のオルサーが比較的容易く、寝返りを承諾した事に違和感を覚え、事前に罠の可能性をノヴァルナに知らせていたのだ。
「では、ノヴァルナ様はそうと知ったうえで、わたくしに黙っておられた、という事でございましょうか?」
問い掛けるキノッサに、オルサーは頷いて尋ね返す。
「おそらく。ノヴァルナ公に騙された…と、お思いか?」
「いえ…ノヴァルナ様にどのようなお考えがお有りかは分かりませんが、意味の無い事をなさるような方ではありません。何も知らないわたくしが、どのような判断をするか、試されたのかも知れません」
「それで下されたキノッサ殿のご判断が、およそ武将らしくない、敵将の私に“逃げろ”…と」
「はい」
「それで、私が逃亡して…キノッサ殿は、どうされまする?」
「嘘を付き通します。オルサー様に処刑の命令を勘づかれて、まんまと逃げられてしまった…と」
「すぐにバレそうな嘘ですな」
「それでも、つき通します!」
強い口調で言い張るキノッサに信念の存在を感じ、オルサーは「ふぅむ…」と声を漏らす。この若者は少なくとも、考えに考え抜いて本心から、自分を逃がそうと決めたに違いない。そうであるなら全てが露見した以上、義には義をもって、礼には礼をもって返すのが武人と武人である。
「分かりました…死にましょう」
ノヴァルナからの処刑宣告を、受け入れるオルサー。ところがキノッサは首を縦ではなく、横に振ってきっぱりと言い放った。
「いいえ。やはりオルサー様はお逃げ下さい!」
「なんと申されるキノッサ殿。やはり逃げろ、と?」
オルサーはキノッサの言った事に困惑した。ノヴァルナ爆殺の企みを見抜かれていた以上、そして眼前のこのキノッサという若者の善人ぶりを知った以上、四方丸く収めるには、ノヴァルナの命令通り処刑されるしかない、と覚悟を決めたのである。だが当のキノッサがそれを承諾しない。
「さようにございます」
淀みなくそう言って、頭を下げるキノッサ。
「なぜにございます。それではキノッサ殿の、お立場が苦しくなるだけ…」
「構いません」
再び明快に告げたキノッサは、オルサーの眼を真っ直ぐ見てその理由を続けた。
「オルサー様の企てをノヴァルナ様がわたくしに、予めお告げにならなかったのであれば、それは知らなくともよい事か知るべきではない事。そのうえでノヴァルナ様の名代として、わたくしがここへ窺っている以上、わたくしはわたくしが考えて決めた事にのみ従いまする」
「ふむ…」
興味深げな眼になるオルサーに、キノッサはさらに訴えた。
「オルサー様のような忠勇の士は、このような事で死すべきではございませぬ。これが己の栄達、私利私欲のための企みであれば、ご自身でノヴァルナ様もろとも、爆死しようとはなさらないはず。そうまでされて、主家に忠義を尽くそうとなさるは、まこと武人の鏡! あまりにも惜しゅうございます! 何卒、速やかなるご退去を、お願い申し上げます!」
真摯な響きを帯びたキノッサの言葉に、オルサーは瞼を閉じて顔を上げ、深く考え込んだ。
「………」
「オルサー様!」
衛星軌道上で第1艦隊を率いている、ナルガヒルデ=ニーワスへの対処も考えれば、時間を掛けたくないキノッサが呼び掛ける。やがてオルサーは眼を開けて、静かに応じた。
「キノッサ殿の申し出を受け、逃げると致しましょう…」
「おお!」
ノヴァルナに知られると、どのような譴責を受けるか分からないと言うのに、あからさまに喜ぶの表情になる変わり者のキノッサを見て、オルサーは可笑しさを覚えた。
「ハッハッハッ…ご貴殿のような方は初めてです。キノッサ殿」
照れ臭そうに「恐れ入ります」と応じるキノッサに、オルサーは深々と一礼すると、自らの新たな決意を告げる。
「今は逃げまする。だがいつの日か…私を、キノッサ殿の臣下に加えて頂きたい」
それから幾つもの年と月と日が流れ、その頃には名を変えていたキノッサの家臣団の中に、ジローザ=オルサーとその嫡男の表記が、読み取れるようになったのであった………
▶#23につづく
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