銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第4話:ミノネリラ騒乱

#21

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 主君オルグターツの殺害は、当初からハーヴェンの思惑に無かった。そのため一時間ほどして、オルグターツがイナヴァーザン城から脱出したという報告を、クーケン少佐から受けても、ハーヴェンに残念に思う気持ちは微塵もない。
 そもそもオルグターツを殺害するのであれば、十六名ではさすがに少なすぎる。そうかといって大人数で押しかけたのでは、いくら堕落した検問所で“袖の下”を奮発しても、通されはしないだろう。

 所定の作業を終え、中央指令室へ集まって来たクーケンと部下達に、ハーヴェンは労いの言葉を掛ける。

「お疲れ様。クーケン少佐、それに皆。よくやってくれた」

 そしてビーダとラクシャスの命を絶ったクーケンに向き直り、特に声を掛ける。

「汚れ役を、済まなかった。少佐」

 それに対しクーケンは無表情のまま、ゆっくりと首を左右に振って応じた。

「前にも申し上げた通り、これは無駄死にさせられた、私の部下達の復讐です。それを果たす事が出来たのは、むしろ幸甚。どうかお気になさらず」

「ありがとう」

 クーケンの言葉に礼を言ったハーヴェンは、それでもビーダとラクシャスの冥福を祈って瞼を閉じた。そして哀れなものだ…と思う。

 権力とカネに溺れ、多くの者を苦しめていたとはいえ、最初はあのような人間ではなかったはずなのだ。資料を見れば、奥の院に上がった頃の二人は、息を呑むほど美しく、ただひたすらオルグターツの寵愛を、受け止めるだけであったに違いない。
 それを歪ませたのは、ビーダは“メンタルドミネーション”、ラクシャスはトランサー能力によるNNLへの深々度アクセスという特殊な才能に、それぞれが目覚めた事。そしてその才能をイースキー家ではなく、自分の私利私欲のために使わせたオルグターツの自堕落な振る舞いと、そして何より権力とカネという“蜜の味”を知った事に対する、ビーダとラクシャスの自身の弱さに他ならない。
 それが証拠に、オルグターツ当主がとなった二年前ぐらいから、ビーダもラクシャスも、“メンタルドミネーション”や“トランサー”の力が衰え、最近では使えなくなっていた。すべてが思いのままになった事で、そういった才覚への執着がなくなったせいだろう。人間として劣化してしまったのだ。

 やがてクーケンの部下の一人が、シャトルの発進準備が完了した事を、報告して来る。目的を達した以上、長居は無用だった。

「急ぎましょう、ハーヴェン様。麓に基地のある陸戦隊第1師団が、すでに動き出しているはずです」

「わかった」

 ハーヴェンが頷くと、クーケンは副官のアロロア星人に確認を取る。

「退路以外の隔壁は、全て閉じているな?」

「はっ。エリアごとにセキュリティコードを変更しましたので、簡単には進めないはずです」

「よろしい。離脱する」

 それから約十分後、イナヴァーザン城の天守区画に突入した、イースキー軍陸戦隊第1師団の兵士達は、夜空を駆け上がっていく将官用シャトルを、見上げる事になったのであった………


 
 イナヴァーザン城から成層圏を突き抜けたシャトルは、バサラナルムの衛星軌道上で待機していた貨物宇宙船に収容された。クーケンと部下達が、皇都惑星キヨウからここまでの移動に使用した船だ。
 貨物船にはクーケンの別動隊が保護して連れ出した、ハーヴェンの妻エルナと、嫡男でまだ一歳のデュカードが先に乗っている。エルナはモリナール=アンドアの二女。赤子のデュカードにはハーヴェンのような遺伝子異常はなく、夫婦を安堵させていた。

「あなた。よく無事で」

 デュカードを両腕に抱いて出迎えたエルナに、ハーヴェンは穏やかでいて、申し訳なさそうな笑顔を見せる。

「心配かけて、済まなかったね」

 そこへ声を掛けて来るクーケン。

「ハーヴェン様。すぐにバサラナルムを離れます。席におつき下さい」

 頷いたハーヴェンは妻を促し、キャビンへと向かった。客船ではなく貨物船であるため、機能性一辺倒の無骨な客室へ入り、そこそこ程度の反発性を持つクッションを張り付けた座席に、妻と並んで腰を下ろす。クーケンは細い通路を挟み、ハーヴェンの隣に座った。一分もしないうちに重力変動が起き、貨物船は動き出す。船窓からはバサラナルムの特徴である、極方向に惑星を回る氷粒のリングが、銀色に美しく輝いている。

「そういえば、クーケン少佐」

 前を向いたまま、ハーヴェンは話しかけた。

「は?」

「きみはノヴァルナ公と、直接話す機会があったね。公はどのような方だい?」

 クーケンの隊は四年前に、キヨウへ向かったノヴァルナを殺害しようとして失敗し、捕縛されたものの許されていた。

「はい。巷で噂されていたような、傍若無人なお方ではなく、公明正大にして猛き心と慈悲の心を併せ持つ、名君の器かと」

 これを聞いてハーヴェンが「なるほど」と応じると、クーケンは僅かに微笑んで付け加える。

「正直なところ、ノヴァルナ公をあのような手段で殺害せずに済んだ事は、良き事だったと…あくまでも個人的な感想ですが」

「そうか」

 短く答えたハーヴェンは、おそらくオルグターツとは、全く逆のベクトルを持つであろうウォーダ家の当主に、直接会ってみたいという気持ちを抱いた。

“いつか私も、お会いしたいものだ…この命があるうちに”

 そんなハーヴェンを乗せた貨物宇宙船は数日を経て、ミノネリラ宙域から隣接するエテューゼ宙域へと、抜けて行ったのである………




▶#22へつづく
 
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