雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

年下の兄姉(2)

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 翌日は子供たちだけで陽だまり部屋に集まり、自作の曲を披露した。
 シユリとバンルは手放しで褒めてくれたし、ルシヴは少しだけぽかんとした表情を見せてくれたので、わたしとしても満足である。

 シユリが、「ではわたくしたちも披露いたしましょうか」と言って、腰飾りに付いていた宝石のようなものに触れた――と思った次の瞬間には、彼女の腕には竪琴が抱えられていた。

 驚きに目を見開いてしまったわたしにシユリが説明してくれる。
 それによると、いつでも演奏できるよう、出し入れ可能な魔道具の楽器を学校で作成するらしい。
 泉でヒィリカが弾いていた竪琴。あれはどこから出してどこへしまったのだろうと疑問に思っていたが、あれも魔道具だったのだ。むしろ、魔道具でない楽器を収集しているシルカルが珍しいのだという。

 そうしてシユリたちも演奏を披露してくれた。みんな驚くほどに上手だ。
 特にバンルは、演奏の腕もさることながら、声変わり途中の歌が切なげでとても良い。うたいながら細められた瞳は優しげで、これは周りの女の子が放っておかないだろう。
 彼は多分、自分の顔の良さをわかっているのだと思う。

 シユリは教師らしい、実直な演奏をする。「お母様の娘としては、もう少し磨きたいのですけれど……」と本人は言っていたが、これだけできていれば十分だろうと思うのはわたしの怠慢だろうか。
 演奏が苦手だと言うルシヴも、まったくそのようなことはなかった。それは確かに、この家族のなかでは見劣りしてしまうかもしれないが……。

「ルシヴは音楽より、舞踊が得意だからね」
「……そう言う兄様は、舞踊も私よりできるではないか」
「そうですよ。バンルはお父様のように、なんでもできてしまうのですから。わたくしも羨ましいです」

 恨めしそうな視線を向けるシユリとルシヴに、バンルは軽く肩を竦めてみせた。

「僕は浅く広くできるだけですよ」
「浅くの基準が違うのです!」「浅くの基準が違うのだ!」

 見事に声を揃えた姉弟の頬は、これまた見事にぷくりと膨らんでいる。勿論それは本当に怒っているわけではなく、その瞳には親愛の光が浮かんでいるのがわかる。
 仲の良い姉弟なのだな、と思った。

「レインはどうですか? 音楽のほかにも、得意なことがありますか?」
「えっ、と……」

 いきなり話を振られたので、返事に詰まる。ぱっと思いつくものはないし、踊りは体育の授業でやったくらいで、とても得意とは言えない。

「絵画はどうだろうか?」
「絵画、ですか……?」
「バンル。まだ聞いていないのではありませんか? 初級生ではやりませんし」
「そうでした。母様なら、音楽の話しかしていない可能性がありますね」

 荷車でのヒィリカたちの様子を思い出し、バンルの予想通りだとわたしは頷く。それを見て、彼はシルカルのように、ハァと息を吐いた。軽く微笑んだままだったので、なんとも悩ましい姿である。

 彼らが言うには、マカベとして、音楽のほかにも芸術を嗜む必要があるようだ。
 彫刻や文学、工芸などがあるが、なかでも男性は舞踊、女性は絵画が、音楽と同様に必須であるという。

「居間に飾られている芸術品は、父様と母様の作品だ。レインの部屋にもあるのではないか?」
「あります。もしかして、あれすべて……?」
「お父様は本当になんでもできますし、お母様も音楽以外は苦手と言いつつあの調子ですからね……」

 遠い目をしたシユリとルシヴに、わたしは心から同情した。

 ……それにしても、絵、か。
 音楽は好きだし、神さまを呼べることがわかっているから頑張れるけれど、ほかはどうだろうか。あまり、頑張れないような気がする。



 マクニオスでの決まりなのか、それともこの家だけなのかはわからないが、演奏を披露するのはいつも陽だまり部屋である。
 となると、必然的に陽だまり部屋で過ごすことが増えるのだが、ここは屋上だ。わたしはある疑問を覚えた。

「雨が降ってきたときはどうするのですか? ここは使えませんよね?」

 今の季節はそういう気候なのか、実は、この世界に来てから一度も雨を見ていない。
 けれども、いきなり降ってくる可能性はある。慌てて使える部屋を探すより、先に確認しておいたほうが良いと思ったのだ。

 この日はシユリと二人きりで、向かいに座る彼女はこてりと首を傾げた。

「雨……? ああ、あの空から水が落ちてくるものですね」

 ……え?

「よその国では降ると聞いたことがありますけれど、マクニオスには降りませんよ」
「雨が、降らない……?」

 衝撃だった。確かに、地下には水脈があって、生活用水はそこから汲み上げているため、水不足にはならないだろうと納得はできるけれど、けれど……!

 胸の奥でもやもやとしたなにかが燻りだす。
 わたしは雨が好きだ。
 レインという名前は周から連想したものだけれど、それだけではない。

 皮膚に吸い付くような霧雨、ざあざあと容赦のない土砂降り。
 降りはじめる前のあの匂いや、傘に降り落ちる感触、ぴとぴとと水たまりを作るあの音も、全部。

 ここにいる間は、それを感じることができない。そのことが、ひどく寂しいように思えた。

 直接否定されたわけでもないのに、それどころか歓迎されていることがわかるのに、それでもやはり、わたしの居場所はここにはないのだと。
 そう、強く感じる。感じてしまった。

 宙ぶらりんになった寂しさを紛らわすように、わたしは無理やり微笑む。

「……では、風の強い日はどうですか?」

 シユリはわたしの変化に気がつかなかったようで、単純に言葉だけを受け取ってクスクス笑った。

「大丈夫ですよ。ここは木の中であって、本当の屋外ではありませんから。吹く風は調節されているのです」
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