雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

文字の大きさ
上 下
24 / 54
第一章

年下の兄姉(3)

しおりを挟む
 シユリは妹になったわたしを心から気に入ってくれたらしく、なにかと世話を焼かれるようになった。
 せめてその好意を無下にしてはならないと、寂しさを押し隠しつつ、笑顔で応える。
 もっとも、笑顔の裏でなにを考えているかわからないヒィリカよりよほど――他人のことは言えないけれども――、わかりやすく好意を示してくれるシユリのほうが好きだけれど。

 シルカルとヒィリカは仕事を優先し、その代わりにシユリが、教師としての準備をしながらわたしの面倒をみてくれる。

 していて楽しいのは、やはり音楽の話だ。そのことにシユリも気づいたのか、途中からあからさまに音楽の話が増えたのが面白い。……一応白状しておくと、下心はあった。
 二人で演奏できる曲も教わった。学校ではとても流行っている曲らしく、「レインは音楽の才能がありますから、合奏をきっかけにしてお友達を作ったら良いと思いますよ」と言われた。友人を作るかどうかはともかく、バンド経験者として、合奏には惹かれる。

 流行りと言えば、ツスギエ布の纏いかたについてもあれこれ仕込まれた。

「お母様の世代はたっぷりと余裕のある、真っ直ぐなひだを作ることが流行っていたようですけれど、今は複雑な曲線を描くようにしたり、模様に見せたりする方法が流行っているのです」
「ここのところが、とても素敵ですね。どのようにして石を付けているのですか?」

 そう言ってわたしが指差したのは、小さな石が連なって花をかたどっている部分だ。ビーズのように穴が開いているわけでも、接着剤が使われているわけでもなさそうなので、不思議だった。

「こうして石を使うのは、成人してからですよ」
「まだまだ先でしたか……そのころには流行りも変わっていそうです」
「ふふ、でもそうですね……石がなくても、お花のようにすることはできます。紐を掛ける最初の段階で、このように形を作って――」

 いくつか教わったところで気づいたが、姿見の魔道具を使ってツスギエ布を纏うのにはかなり頭を使う。
 ひだを図形として捉え、完成形へ導く空間認識の能力や、そのために必要な紐や布の掛け方を割り出す計算能力も必要なのだ。

 トヲネ経由で、花びらの服から着想を得た新しい型のツスギエ布が届くと、シユリは纏いかたを一緒に考えたがった。
 わたしは、昔好きだったワンピースを思い出しながら再現してみる。森に住む女の子が着ていそうな、白くて、幾重にも重なったレースが流れるように揺れるワンピースだ。
 それにはヒィリカもシユリも大絶賛で、さっそく自分たちの分も欲しいと言い出した。



 秋が近くなると、何度か、披露会というものに参加させられた。
 夕食後に客を呼びもてなす、大人の時間。
 そんな場所にわたしが入り込んでしまって良いのかと思ったが、一応、子供の存在を周知する場でもあるらしい。その最大の目的は、主催者が芸術を披露し、その家の美しさを知らしめるものだという。
 ジオ・マカベの妻であるヒィリカにとっては特に重要で、彼女自身はひと月に何度も開催しているのだ。

「レイン様は次のマカベの儀に出られるのですよね? どのような曲を演奏なさるのかしら」
「気立子でいらっしゃるから、珍しい曲ではありませんか?」

 わたしは自分が様づけで呼ばれたことにビクビクしていたが、尋ねられたヒィリカは、身内だけがわかる、含みのある笑みを浮かべた。

「まだお見せできる技量ではないのです。マカベの儀までの、お楽しみにさせてくださいませ」

 ……あれ?
 ヒィリカとシユリとトヲネの四人で開かれたときには、わたしも演奏を披露したし、とても褒められたものだ。それなのに、今の言葉は。
 違和感はあったが、わたしは微笑むだけに留めておく。余計なことをせずに笑顔で流すのは得意だ。
 納得した客人のなかには、哀れむような目を向けてくる人もいた。

 あとから聞いたところでは、普通の気立子は魔力量が多いが芸術はさっぱり、というのが共通認識らしい。それをマカベ夫妻が娘に迎えたことで、遠回しに悪く言う人もいるようだ。

「あの場で驚かれたり、騒がれたりするのは困りますからね」
「まあ。お母様もお人が悪いですね。マカベの儀ではじめてレインの演奏を聞かせられたら、それこそ驚くでしょうに」

 つまり、見せられるほど練習が進んでいないよ、ではなく、こんなすごい演奏はまだ見せられないよ、ということだったのだ。
 その含みにどれだけの人が気づいたかは知らないが、わたしはもっと頑張らなくてはいけない。

 そして演奏よりも気にしなくてはならないのが、所作である。
 ほかの大人に会ったことでわかった。最初に出会った四人は別格だ。洗練されすぎている。
 シユリたち兄姉も、彼らと比べて遜色がない。
 それに慣れてしまったことで、ほかの人はあまり美しくないな、などと思ってしまうあたり、わたしもこの世界の感覚に染まってきている気がする。

 どうせやるなら格好良く決めたいではないか。
 完璧な所作を身につけて日本へ帰り、恋人の啓太を驚かせるのだ。彼が前から行きたがっていた、フレンチレストランのフルコースを食べに行ったって良い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春乞いの国

綿入しずる
ファンタジー
その国では季節は巡るものではなく、掴み取るものである。 ユフト・エスカーヤ――北の央国で今年も冬の百二十一日が過ぎ、春告げの儀式が始まった。 一人の神官と四人の男たち、三頭の大熊。王子の命を受けた春告げの使者は神に贈られた〝春〟を探すべく、聖山ボフバロータへと赴く。

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クズ聖王家から逃れて、自由に生きるぞ!

梨香
ファンタジー
 貧しい修道女見習いのサーシャは、実は聖王(クズ)の王女だったみたい。私は、何故かサーシャの中で眠っていたんだけど、クズの兄王子に犯されそうになったサーシャは半分凍った湖に転落して、天に登っちゃった。  凍える湖で覚醒した私は、そこでこの世界の|女神様《クレマンティア》に頼み事をされる。  つまり、サーシャ《聖女》の子孫を残して欲しいそうだ。冗談じゃないよ! 腹が立つけど、このままでは隣国の色欲王に嫁がされてしまう。こうなったら、何かチートな能力を貰って、クズ聖王家から逃れて、自由に生きよう! 子どもは……後々考えたら良いよね?

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...