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最初の追放2
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王女の母国であるレイテは、これまで頑なに魔力や魔術を嫌悪し排除し続けてきた国だった。
しかしそのように長い間魔術を拒否してきた結果、もしも隣国である魔術を認めるルトリア王国と戦争になった暁には、レイテはそのルトリアの魔術による攻撃には為す術もないことを今のレイテ王はわかっていた。
そのため突然ルトリアから申し込まれた政略結婚の申し込みを、拒むことはできなかった。
レイテ王は泣いて嫌がるまだ年若い王女の代わりにルトリアという邪悪な魔術の国へ差し出せる、後腐れの無い別の娘が至急必要だった。
そしてその状況で都合良く思い出したのが、かつて側妃に産ませた「魔女」のマルガレーテの存在だったのだ。
マルガレーテは魔力を持って生まれたために、そのような者たちを国の追放の手から逃すために親たちによって密かに作られた、小さな施設で捨て子として育てられていた。
けれども一緒に育った他の魔女たちが、その瞳の色を隠す術を身につけて次々に親元に帰って行ったのに対して捨て子の彼女には帰る先はどこにもなかった。
つまりマルガレーテはその豊かな魔力の存在を示す黄金の瞳を持っていた、ただそれだけのために、自分の出自も知らされずに幽閉されたまま一生を終える予定だったのだ。
しかしレイテ王はここにきて、ようやくこのかつて捨てた娘のことを思い出し、そして王女として迎え入れた。
もはやその王女が「魔女」であることは、王にとっては些細なことである。
なにしろその娘は、すぐにルトリアに追放同然に送ってしまうのだから。
そんな事情だったから、王女として王宮に住まいが変わっても、魔女であるマルガレーテは誰にも歓迎されなかった。
マルガレーテを王宮の使用人たちは常に「邪悪な魔女」だと遠巻きにして、けっして近寄ろうとはしなかった。そしてあれは邪悪なルトリア王国へ嫁がせるために、王が渋々認めた単なる政略のための駒なのだと口々に噂した。
そして悪魔と同義である「魔女」のその黄金の瞳に見つめられたら、呪われて死ぬという噂もあっというまに広まった。
王宮の誰もが、得体の知れない魔女という存在に対して恐怖と不安を抱えて拒絶していた。
使用人たちはみんな影で魔女である王女の世話を押し付け合い、誰も口をきこうとはせず、仕事が終わるとそそくさと逃げるように去って行く。
王女はただ人形のように黙って決められた通りの規則正しい生活を送り、嫁ぐための準備を淡々とこなし、煌びやかな環境の中で、ひたすら孤独に暮らした。
王は王妃に遠慮しているのかあまり関わろうとはしなかったし、王妃やその娘である異母妹の王女は最初からマルガレーテを魔女から生まれた婚外子と、ことあるごとにおおっぴらに罵った。
「お異母姉様は、私の代わりにあの邪悪な国へ嫁ぐためだけにここにいらしたのでしょう? ならばさっさとお行きなさいな。同じこの王宮に『魔女』がいるなんて、もう私、恐ろしくて耐えられないわ! いつそのおかしな術で呪われるかと思うと、怖くて夜も眠れない。それなのにこの王宮で、のうのうと大きな顔をしているなんて恥を知りなさい! こんな人が異母姉なんて、なんという屈辱。あなたなんて早くルトリアに行って、呪われて死ねばいいのよ!」
年の若い異母妹は、そう言って同じように魔女を嫌悪する王妃と一緒になって顔を合わすたびにしつこくマルガレーテを責めたてた。
でもマルガレーテは、全ての世界から隔絶されたあの魔女ばかりの小さな小さな世界の中で、捨て子として自分が何者なのかも知らないままただ漫然と一生を送ることももう嫌だった。
自分はどこの誰なのか。なぜ私は捨てられたのか。
それは幼い頃からの、彼女の長年の疑問だった。
だから自分がどこの誰かなのかがわかった時は、とても嬉しかったし、思ったのだ。
自分が王の娘として生まれたのなら、王の娘として生きたい。
即座に殺されてもおかしくはない場所に生まれて、それでも今まで生き残った。
そして今、私が必要とされて私にしか出来ない役割があるというのなら、私はそれを引き受けたい。
たとえそれがどれほど辛いものであっても。
たとえその結果政変や陰謀に巻き込まれ、最後には殺されることになろうとも、私は最後まで生まれついた立場で生きるのだ。
そんな覚悟を持ってルトリアに入国したマルガレーテだったが、王都への旅の間はただ馬車に揺られるばかりで何もすることがなかった。
来る日も来る日もただぼんやりと、馬車から流れゆく風景を眺める日々。ルトリアは広く、そして王都は遠かった。
たまの休憩の時もマルガレーテは丁重に扱われるばかりで親しく話す相手もいなかったから、ただひたすら周りを観察するように眺めていることしかすることがないのだった。
そんなマルガレーテは、あるときルトリアの隊列の中に一人のりりしい青年がいることに気づく。
黒い髪の、きりりと涼やかな目元が綺麗な人。
しかしそのように長い間魔術を拒否してきた結果、もしも隣国である魔術を認めるルトリア王国と戦争になった暁には、レイテはそのルトリアの魔術による攻撃には為す術もないことを今のレイテ王はわかっていた。
そのため突然ルトリアから申し込まれた政略結婚の申し込みを、拒むことはできなかった。
レイテ王は泣いて嫌がるまだ年若い王女の代わりにルトリアという邪悪な魔術の国へ差し出せる、後腐れの無い別の娘が至急必要だった。
そしてその状況で都合良く思い出したのが、かつて側妃に産ませた「魔女」のマルガレーテの存在だったのだ。
マルガレーテは魔力を持って生まれたために、そのような者たちを国の追放の手から逃すために親たちによって密かに作られた、小さな施設で捨て子として育てられていた。
けれども一緒に育った他の魔女たちが、その瞳の色を隠す術を身につけて次々に親元に帰って行ったのに対して捨て子の彼女には帰る先はどこにもなかった。
つまりマルガレーテはその豊かな魔力の存在を示す黄金の瞳を持っていた、ただそれだけのために、自分の出自も知らされずに幽閉されたまま一生を終える予定だったのだ。
しかしレイテ王はここにきて、ようやくこのかつて捨てた娘のことを思い出し、そして王女として迎え入れた。
もはやその王女が「魔女」であることは、王にとっては些細なことである。
なにしろその娘は、すぐにルトリアに追放同然に送ってしまうのだから。
そんな事情だったから、王女として王宮に住まいが変わっても、魔女であるマルガレーテは誰にも歓迎されなかった。
マルガレーテを王宮の使用人たちは常に「邪悪な魔女」だと遠巻きにして、けっして近寄ろうとはしなかった。そしてあれは邪悪なルトリア王国へ嫁がせるために、王が渋々認めた単なる政略のための駒なのだと口々に噂した。
そして悪魔と同義である「魔女」のその黄金の瞳に見つめられたら、呪われて死ぬという噂もあっというまに広まった。
王宮の誰もが、得体の知れない魔女という存在に対して恐怖と不安を抱えて拒絶していた。
使用人たちはみんな影で魔女である王女の世話を押し付け合い、誰も口をきこうとはせず、仕事が終わるとそそくさと逃げるように去って行く。
王女はただ人形のように黙って決められた通りの規則正しい生活を送り、嫁ぐための準備を淡々とこなし、煌びやかな環境の中で、ひたすら孤独に暮らした。
王は王妃に遠慮しているのかあまり関わろうとはしなかったし、王妃やその娘である異母妹の王女は最初からマルガレーテを魔女から生まれた婚外子と、ことあるごとにおおっぴらに罵った。
「お異母姉様は、私の代わりにあの邪悪な国へ嫁ぐためだけにここにいらしたのでしょう? ならばさっさとお行きなさいな。同じこの王宮に『魔女』がいるなんて、もう私、恐ろしくて耐えられないわ! いつそのおかしな術で呪われるかと思うと、怖くて夜も眠れない。それなのにこの王宮で、のうのうと大きな顔をしているなんて恥を知りなさい! こんな人が異母姉なんて、なんという屈辱。あなたなんて早くルトリアに行って、呪われて死ねばいいのよ!」
年の若い異母妹は、そう言って同じように魔女を嫌悪する王妃と一緒になって顔を合わすたびにしつこくマルガレーテを責めたてた。
でもマルガレーテは、全ての世界から隔絶されたあの魔女ばかりの小さな小さな世界の中で、捨て子として自分が何者なのかも知らないままただ漫然と一生を送ることももう嫌だった。
自分はどこの誰なのか。なぜ私は捨てられたのか。
それは幼い頃からの、彼女の長年の疑問だった。
だから自分がどこの誰かなのかがわかった時は、とても嬉しかったし、思ったのだ。
自分が王の娘として生まれたのなら、王の娘として生きたい。
即座に殺されてもおかしくはない場所に生まれて、それでも今まで生き残った。
そして今、私が必要とされて私にしか出来ない役割があるというのなら、私はそれを引き受けたい。
たとえそれがどれほど辛いものであっても。
たとえその結果政変や陰謀に巻き込まれ、最後には殺されることになろうとも、私は最後まで生まれついた立場で生きるのだ。
そんな覚悟を持ってルトリアに入国したマルガレーテだったが、王都への旅の間はただ馬車に揺られるばかりで何もすることがなかった。
来る日も来る日もただぼんやりと、馬車から流れゆく風景を眺める日々。ルトリアは広く、そして王都は遠かった。
たまの休憩の時もマルガレーテは丁重に扱われるばかりで親しく話す相手もいなかったから、ただひたすら周りを観察するように眺めていることしかすることがないのだった。
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