二度捨てられた白魔女王女は、もうのんびりワンコと暮らすことにしました ~え? ワンコが王子とか聞いてません~

吉高 花

文字の大きさ
1 / 64

最初の追放1

しおりを挟む
 そして王女はただ一人、国境沿いの荒野に残された。
 王女をここまで連れてきた嫁入りの隊列は粛々と去って行き、後ろを振り返るものもいない。

 その身分を表す唯一といえる豪華なレイテの衣装を風になびかせて、王女はただ一人、前を見つめて立っていた。

「王女、良いのですか。王女が望むならこちらも話し合いの用意はあるのです。侍女やごく少数の側近ならば、今からでも多少融通を利かせることもできますが」

 国境の向こう側から、困惑を隠せない表情でルトリアの代表が言った。

 しかし王女のために残ろうという者が一人もいないというのに、いったい誰を連れて行くというのだろう?

 だから王女は静かに顔を横に振って言った。

「いいのです。ルトリア王国に入るのは私一人です。どうぞこれからよろしくお願いいたしますね」


 数刻前。
 
 王女の輿入れ先であるルトリア王国の軍勢が、レイテとの国境沿いで待ち構えているという事実をレイテ側は誰も把握していなかった。
 
 だからたとえそれが政略結婚という名の体の良い人質として差し出されたものだとしても、それでも仮にも王女という立場のために豪華にしつらえられたレイテ国王女の嫁入りの隊列が、突然物々しいルトリア王国の軍勢によって阻まれたことでレイテ側は色めき立った。

「ここからはルトリア王国となりますので、マルガレーテ様のみこちらにお渡りいただきます」

 しかもルトリア側の代表はレイテに対し、いきなりそう通告してきたのだ。

「これは一体何事か。そのような話は聞いていない。我々は我が国のマルガリータ王女殿下をルトリア王国の王宮まで送り届ける命を我がレイテ王から受けている。ここで王女のみを差し出すわけにはいかぬ」

 レイテ側の代表は答えた。代表が知らないと言うことは、レイテが認めた事態ではない。決して認めるわけにはいかなかった。

 しかしルトリア王国側も譲らなかった。

「我が国は魔術師による魔術の国である。他国による害のある魔術を、万が一にも入れる可能性を残すわけにはいかぬ。我が国の方ですでにマルガレーテ様についての全てをご用意している。王女にはお一人で国境を越えていただき、こちらでご用意したものに着替えていただきます」

 つまりは全てを捨ててこいということだ。レイテ側からは何も、いやなんの魔術も持ち込ませない、そういう意図のようだった。

 対して王女の母国であるレイテは、ルトリアとは反対にもう何百年もの長い間「魔術」というものを忌み嫌い、邪悪なものとして頑なにその存在を拒否し続けてきた国だった。そのため、
 
「なんと……! この素晴らしい慶事に魔術などというものを持ち出すとは、不吉にも程がある! しかもそのような邪悪なものを我々が行使すると思われるとは非常に心外、いやもはや侮辱である! なんと失礼な!」

 魔術、それは、おそらくどんな言葉よりも簡単にレイテを怒らせる言葉だった。レイテでは魔術と言う言葉は、悪魔やその他の最悪の言葉と同義なのだ。
 それはレイテにとって、なによりも邪悪で許されざる「忌むべきもの」だった。

 しかしルトリア側は譲らない。

「そちらの国が魔術を嫌うことは知っている。しかしだからといって我々が警戒しない理由にはならない。マルガレーテ様のみ、こちらに来ていただくこちらの意思は変わりません。これは我が国の規則です。我が国に嫁ぐお覚悟があるのなら、王女も我が国の決まりに従えるはず」

「王女……」

 ルトリアの頑なな態度に困り果てたレイテの代表が、ちらりと王女の方を見た。
 だから王女は、その代表ににっこりと微笑んで言ったのだ。

「では、私だけが参りましょう。私はルトリア王国の意に従います。あなたたちはここまでで結構です。今まで世話になりましたね。ありがとう」

 するとその言葉を聞いたレイテの代表は、とたんにほっとした顔をして、即座に、

「はっ。ありがたきお言葉。しかと陛下にお伝えいたします。それでは王女殿下、お元気で」

 そう言って形ばかりの礼をした後はさっさときびすを返して、今まで王女を運んできた隊列に向かうと即座に号令をかけた。

「全員、これより帰還する!」

 そうして隊列の全てがただ一人王女だけを残して、全くの未練も躊躇もなく、ただ来た時と同じように粛々と帰って行ったのだった。 


 そうしてレイテ国のマルガリータ王女はただ一人歩いて国境を越え、そこで全てのレイテの衣装と装身具を脱ぎ捨て、ルトリアの用意したものだけを纏って迎えの馬車に乗りこんだ。 

 マルガリータ、いやルトリアの言葉でマルガレーテとなった王女は、ルトリアの馬車に揺られながら思っていた。

 帰って行ったレイテの人たちはきっと、これでやっと「魔女」から離れられたと今頃はほっと胸をなで下ろしていることだろう。もしかすると祝杯くらいはあげているかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

処理中です...