泡沫の欠片

ちーすけ

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踏み躙られてこそ花は香る

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酸素供給が追い付いた私はその後、五千円札叩き付けて自力でお家に帰った訳なのだが…。
アレ、だよね。
まあ、壮太のおかげで、何が何で詰まって、頭真っ白になって、おかしくなっていたのかは分かった。
序に言えば、どうしようもないドクズに嵌まる女の気持ちの、そこまでの手練手管の流され方が、垣間見えた。
その気はなくても、強引に進めてモノにしてしまえる感が、半端なかった。
その気がなかったんで、現実叩き込めれば良かったんで、壮太もさっさと見逃がしてくれた感がどうしようもなくあるので、余計腹立たしい。
っていうか、周り見ろ?
絶対周り、ドン引きだったからな!!
そんな心の葛藤持て余しつつ、健吾君や清牙やらの呼び出しは完全スルー。
断言出来る。
今、アイツらと直接顔合わせするのは、絶対に不味い。
そんなこんなでやってきました、今度こその撮影。
今日こそはで、何もかもうっちゃって全力です。
結果として、今現在、監督に「ちょっと斜め上来たけどイイネ」と、褒めてるのか落としているのか分からないOK貰いました。
先週の一回分完全に飛んだ上での丸々のやり直しなので、巻いてます。
やけっぱち勢いも入っているので、ダカダカ撮影は進んでおります。
うちらは美凉華と違って、撮れる所はどんどん撮って行っているので、このまま頑張れば、この章の二人だけのシーンはほぼほぼ終わる。
後はまた、美凉華を滅多刺しにしてバラすシーンですね。
私、何回美凉華殺すことになるんだろう?
精神状態、持ち直すの大変なんだけど?
そんな溜息交じりの私を他所に、壮太は機嫌が良いらしく、肩を抱いてくる。
「もう一回、やりましょうよ。あれ、右から入ってくるより、下から入ってくる方がエロいと思うんですよね」
どうしてどいつもこいつも、エロに拘るのか?
いや、まあ、作風考えれば、そこは必要な訳で…。
「アップと、足からの方が良いかな」
そこに、監督も乗るんですね?
これ、思ったより長くなる?
げんなりしながら、長くなる濡れ場シーンに溜息が出る。
まあ、頭真っ白になって、自分が何をどう動いてるかも分からなくなっていた、先週よりマシなんだけど。



監督が他はないと名指しした通り、楓も鈴鹿も下手ではない。
だが、名指しで絶対と云う程ではない。
物足りなさが、最初は拭い切れなかった。
まあ、鈴鹿はほぼド素人で、それでも、全身で全力でぶつかって吸収している、正に勢い任せの輝きが、そこに合って、見応えがある。
何よりも、間違いなく美人だ。
全面に映せば、拙さや緩さや物足りなさを、その姿1つで黙らせる、画力がある。
そして擦れてなくて純粋で、馬鹿正直で、取り繕えない素の可愛さそのものが、駄々洩れて映像に出る。
受けてるこっちだって、それに中てられる。
仕方がねぇなと助けてやりたくなる、その真っすぐな直向きさは、しばらく忘れていたものだった。
その反面、楓には昔の記憶がある。
大した時間ではないが、その記憶は、結構アレだ。
その相手が嫁だけに、どうしたもんかとは思ってはいたが、まあ、下手ではない。
だが、下手ではない、だけ。
鈴鹿の様な鮮烈な純粋さも直向きさも、画面で君臨する美貌もない。
これが嫁で、2章での主演には、弱過ぎる。
見る側を納得させるだけのモノが、感じられない。
正直不安しかない。
出演者が少な過ぎる今回の話は、下手がやれば話にならない。
納得させられる演技、画力、空気感がどうしてもいる。
楓に、そこまでのモノは感じられない。
そんな不安を見て取ったのか、監督は笑った。
「彼女はね。イッちゃった役、かなり巧いんですよ」
なにを、この俺に言うのかと思った。
生まれた頃から舞台に立っていたこの俺に、死ぬほど役者を見てきたこの俺に、と。
一章の山場、浮気され捨てられ、いきなり現れる愛人からの執拗な責め言葉に、不安のまま、暴走する愛人と揉み合い、殺してしまうシーンで、楓は豹変する。
普通であれば、人一人殺して錯乱する場面では、演技が大きく雑に、乱暴になりがちだ。
殺人なんて、実際に経験した奴のが少ない。
そんな特殊な現場、見たことある者も、ほぼいないだろう。
経験がないから、見た事が無いから、出来ないでは、役者は出来ない。
出来ないからこそ、そこをどう処理するかに、役者の個性が出る。
普通ではあり得ない、普通にはない状況なので、想像で補い、そこを強く表現しようすると、大袈裟過ぎる程演技が誇張する。
ましてや、錯乱の上での滅多刺しだ。
普通に一回ぶっすりなら、勢い任せや、とっさの事故など、それなりに上京感情が、簡単に想像出来る。
だが、錯乱のまま何度も…なんて精神状態は、只の混乱程度では有り得ない。
そんな有り得ない状況だけに、無駄に泣いたり叫んだり、人が考える狂気を全身で出来るだけ大きく強く見せようとするから、演技が大降りになる。
無駄に激しく、感情的で大袈裟だ。
そこに飛びつく下手糞は多い。
なのに楓は、ただ、静かだった。
静まり返る、息を飲むことさえ躊躇うような中、ハッとっとして、震える。
そのまま何時間も時が止まったかのように動かなくなり、静かに涙を細々流して笑った。
それから何度も何度も、ゆっくり、驚くほどゆっくり、包丁を握り込んで滑り込む。
小さくゆったりと、最小限で、無様に拙く、怯えながら、泣きすすりながら、早い呼吸のままに。
監督がカットを告げるその瞬間が、酷く長く感じるほどもどかしく、ゆっくりと。
非日常、人が想像することでしか見る事のない、作られた映像の中の静かな狂気が、そこにある。
誰もが思い浮かべる、単純な、暴力ではない。
不安と悲しみと、怒りとそして、安堵に歓喜。
複雑な感情を静かに混ぜ込んだ、不安定な演技。
なるほど、これが、他ではダメな理由なのかと、納得した。
だが、次の撮影で、アイツはどう仕様もないド下手になった。
何でもない、夫婦が夫婦として、どうしようもない下種でありきたりな光景を流すだけの一場面でしかないのに、アイツは上滑りする。
いや、まあ、ド下手は言い過ぎか?
いや、ド下手だな。
愛人殺した時の、静か過ぎて穏やかにも見えた狂気の片鱗が跡形もなく、夫婦どころか、全くの他人よりも中途半端な、そこにいるだけの人としての会話が、噛み合わない。
上滑りする。
怯えている様な、苦し気な、重苦しく、綱渡り過ぎる会話。
とても、夫婦として触れ合える空気はない。
全身で拒絶されているとしか思えなかった。
そこを強引に押し倒すことも出来るが、ソレでは話が変わってしまう。
今回の章では、妻の献身的な愛とやらがテーマらしいので、妻が夫に、愛情を見せなければ意味がない。
物慣れない上目遣いで、怯えながら旦那を見上げる恋女房はいない。
お前、散々浮気されても、見捨てられない、献身的な妻なんだよな?
散々浮気されて愛想尽かして、旦那拒否った挙句、手籠めにされる、可哀想に虐げられた妻では、話になんねぇだろうが。
そんな事は、楓にも分かっている筈なのに、やらない。
いや、やれないんだろうなと、撮影を止める。
怯えと恐怖と、定まり切ってない役のブレが、そこにあった。
無理やり連れだして話を聞いて見れば、そもそもの夫婦の概念の前に、男を知らな過ぎだ。
男と話す。
男と過ごす。
男に触れられる。
そこには何も不自然はないのに、色を付けると極端に硬くなる。
違和感が前面に出る。
男に、女として可愛がられた経験の無さが、顕著過ぎた。
あまりにも良い反応するんで、揶揄い交じりに調子に乗ったら、半泣きで逃げられたが。
あれじゃ、次もダメだろと思っていたら、なぜか、開き直りやがった。
夫婦とは思えない初々しさ前面に出して、ただただ、ダメ男に惚れて、好きで好きでどうしようもない、初心で純真な妻に成り下がった。
顔が見れたのが嬉しい。
話せるのが嬉しい。
触れて、女扱いして貰えるのが恥ずかしくて、でも嬉しくて、溢れる。
鈴鹿の演じた愛人よりよっぽど、純粋でモノ慣れない初心な少女のような妻。
そんな表情見せられたら、大した美人じゃなくても絆される。
ああ、やっぱこいつは可愛いわ。
女房は、やっぱこいつだ…と、妙に納得してしまった悔しさは、監督が名指しする理由だろう。
だが、だからこそ、勿体無いと思う。
男知って、セックス知って、覚えれば、もっと化けて使えるのに…と。



「楓。今日こそ本番行こうぜ」
「誰が行くか! 絶対、真っ直ぐ帰るからな!!」
あの時のキスでも思い出したのか、耳まで赤い、涙目で強気な口調に笑いが出る。
そう云う反応が、面白いし可愛いと思うんだが、分かってないんだろうな。
なんで楓の周りの男は、それを仕込もうと考えないのかが、不思議でならない。
欲に溺れて嵌まり込んだ此奴を、見てみたいと思わねぇのかね?
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