全てを諦めた公爵令息の開き直り

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続編2 手放してしまった公爵令息はもう一度恋をする

65話 望み

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嬉しくて泣き過ぎたソフィア様は、彼女の侍女に促されて、ウルと共に自室へと退室して行った。
殿下も部屋へと付き添われたが、しばらくすると戻って来られて。

「……あれ?侯爵は?」

それまで共に居た筈のヴァルトシュタイン侯爵の姿が見えず、殿下は首を傾げたが。

「侯爵は、シリルの記憶が無事戻ったのに安堵されて、自国へと戻られました。」
「なんだ、別れの挨拶も無しかよぉ。」
「忙しいのに仕事も家も放って来てくれてたみたいで。殿下によろしく、と言って急いで戻ってしまわれまして。」
「にしたってさぁ~。」

ちぇっ、と口を尖らせた殿下に、僕は苦笑する。

「大切な奥方も待っておられるので。おじさんには悪い事をしました。」
「まーそれなら仕方な……って、アイツ結婚したのか?!」
「えぇ、少し前に。まだ新婚の楽しい時期に、お二人には申し訳ない限りです。」
「いや、聞いてねぇよ!そんな話!言ってくれたら…っ」

初めて耳にする大事な話に驚いている殿下に、僕は申し訳なく思いながら続きを口にした。

「婚姻するかも、とは手紙をもらっていたのですが、まだ確定じゃなかったみたいだったので、僕も黙っていたんです。その後すぐ話は進んだみたいでしたが、その頃、間の悪い事に僕があんな事になってしまって……。だから、侯爵も来るのが余計遅くなってしまい、悪かった、と仰っていました。」
「そっかぁ。そりゃ、侯爵もちょっと気の毒だったけど、ちゃんとお前の元気に戻れた姿見せられて、良かったじゃねぇか。」
「えぇ。ロレンツォ殿下にも、大変ご迷惑をおかけしました。奥方のソフィア様まで伴われて……。仕事にも随分支障が出たのではないですか?戻ったら、今までの分を取り戻せる様、身を粉にしてお勤め致しますから。本当に……。」

改めて謝罪を述べる僕に、殿下は僕の頭をぐしゃりと鷲掴みにして、ちょっと乱暴に髪をかき回した。

「わっ!」
「んな事気にすんなって!どうせあの後は特にする事も無かったんだしな。お前がまた笑ってくれるようになって、本当に良かった。それだけさ。」
「はい。……本当に、ありがとうございます。」

いたずらっぽくニカッと笑う殿下に、微笑み返した。

「それはそうと、体調の方はもう大丈夫か?記憶が戻ったとはいえ、ずっと不調だっただろ?」
「実家に来ている巫子達に治してもらいましたから、体の方ももう大丈夫ですよ。」
「本当か?シリル。」
「ジーノ…。本当だよ。」

殿下だけでなくジーノまで心配してくれて、穏やかに微笑み返すが、殿下は少し渋い顔をした。

「お前の大丈夫は信用出来ねぇよ。すぐ遠慮するからさ。」
「本当ですよ。本当にもう大丈夫ですって。」
「本当か?せっかく良くなった所で、嫌な事を蒸し返す様で悪いが、懸念はちゃんと払拭しときたいんだよ。」
「何がです?」

訝し気に言って来る殿下に僕は目を丸めたが、殿下は一瞬躊躇った後、思い切って口を開いた。

「その…。あのさ、マルシオ達に捕まって記憶を失う数日前から、お前、めっちゃ元気無かったじゃん?最初はそれが記憶喪失の一因かと思っちまったんだよ、俺達。何かあったのか?悩んでる事があんなら、この際ハッキリ言ってくれよ。協力するからさ。」
「……!」

キッパリ言われて、僕は思わず目を見開いた。
そして、その殿下の言葉にハッとなったサフィルにも、横から心配した視線を向けられる。
それは、テオとジーノも。

……いや、しかし。
人前で口に出来る様な内容でもなく、僕はみるみる内に縮こまって俯いてしまったが。
サフィルはそれよりも懸念の方が強いのか、遠慮がちにも尋ねて来る。

「……シリル。私もずっと考えていました。もしかして、あの日の夜の事で…ですか?だったら、やっぱり私の所為、ですよね……。ごめんなさい。何度思い返しても、どうしても思い出せないんです。私は貴方に知らない内に失礼な事を……」
「違うよ!………違うよ…。サフィルは何も悪くない。僕が……僕は……」

前にも何度も謝ってくれた。
でも、謝らせる様な事はされていない。
ただ、僕自身が……。

「……ねぇ。今回、僕、薬の所為とは言え、サフィルの事……裏切ってしまったと思って、死にたくなった。でも、今までたくさんの人に助けてもらって、支えてもらって……今があるのに。そんな人達皆を裏切る様な事、とても出来なかった。でも、自分自身が許せなくて、絶望するしか無くて、目の前が真っ黒になって……。どうしても、貴方を失いたくなかったんだ。」
「シリル……。」

いつか、別れを告げられる事があるかもしれないと、心の何処かで覚悟を決めた筈なのに。
あんな形で貴方を裏切ってしまった、と思わされた僕は。
その現実が受け入れられなかった。

————本当は。

失いたくない、貴方を。
失いたくなくて、見限られたくなくて。
どうしたらいいのか分からなくて、自分自身を見失ってしまった。

けれど、貴方の望みを叶えられないのなら……僕は。

「でも、だからって……僕が貴方を失いたくないからって、貴方に諦めさせるのは、それはやっぱり違うと……思うんだ…。」
「諦める…?」
「本心なのか、つい口から出てしまっただけの…その場限りの勢いだけなのかもしれないけれど……。貴方がもし本当に子供を望むなら、僕は……貴方の隣に居る座を、他の女性に明け渡す事も、受け入れるよ……。」
「………………え?」

本当は、こんな事、口にしたくはなかった。
でも、僕の所為で、貴方の望みを諦めさせる事は……もっと嫌だ。
貴方の重荷になりたくない。
貴方の足枷になりたくない。
貴方の幸せを願える存在に、なりたいから。

「本当は、もう少し……僕だけの貴方で居てほしかった。でも、その望みだけは、僕ではどうしようも出来ないからっ!……貴方が子を望むなら、僕だって望みたい。もう、今までの様には居られなくなっても、時間がある時だけ……たまに、でもいいから。傍に居たい。貴方の奥様になる人に、恨まれる事になっても、たまにでいいから、抱きしめて……くれれば、それで。」

優しい貴方に、そんな狡くて器用な真似をしろと望むのは、相手の女性を傷付けるにほかならず、きっと苦悩させる事だろう。
けれど、我儘な僕は、どうしても貴方との関係を完全に断ち切る自信が無い。
決断が出来ない。

でもそれを、誰にも打ち明けられずに独りでうじうじと悩んでいる内に、あんな事に、なって。

僕は、彼の望みを阻む存在……どころか。
よもや、彼に対する裏切り行為をしてしまったのだと思い込んで。

『いつまでも未練引きずってねぇで、サッサと忘れちまえってぇ。』

言葉のナイフで斬り付けられて、本当にそうなってしまった。
それが解決になるとは、微塵も思っていないのに。
心が悲鳴を上げて、それしかもう、自分に出来る事が無くなってしまった。

彼を手放す事が出来ない。
それなのに彼を裏切った自分自身をどうしても受け入れられない。
八方塞がりの暗闇で、忘却だけがその時の自分には……唯一、救いの道だった。

でも、それは一時的な逃げ場でしかない。
分かっていたんだ。
いつまでも、逃げてばかりはいられない事くらい。
それでも。
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